第三王子は謀反を起こす
書いているのに行き詰ったので
その日。王城は多くの兵に囲まれて、玉座に座る王は剣を突き付けられていた。
「ロ……ロナウド。これはいったいどういうことだ……」
玉座に腰を下ろしていなかったら腰を抜かして倒れていただろうと思われるほど青ざめている王を一瞥するロナウドの傍には一人の女騎士――いや、辺境伯令嬢の姿。
「どういうこと? それは貴方がよくご存じだと思いますよ。――父上」
微笑んではいるがその目は全く笑っていない冷たいまま告げると、
「王命通り。王太子になりに来たんですよ」
と答えたのだった。
辺境伯に身売り同然で婿入りしたロナウドの元に王家から手紙が来た。
「ミリアーナ。義父上。王家から手紙が来たんだけど」
頭が痛いと思いつつ辺境伯令嬢と辺境伯が見回りを終えて帰ってきたタイミングで声を掛ける。
「手紙? ロナウドが5歳の時に無理やり辺境の婿だからと送りつけてから手紙なんて一通もなかったのに?」
鍛えられたそれでいて女性らしさを損なわないミリアーナはそっと手紙を受け取り宛名がロナウドなのを確認するとみていいと判断したのかそっと中身を取り出して広げる。
「………王太子に命じるのですぐに帰ってこい」
書かれた一文を見て、すぐに手紙を握り潰そうとするのを慌てて取り上げる。
握り潰したいのは事実だが、それを行うと面倒なことになるのは分かり切っている。
「どうやら、兄たちがやらかしたようです」
側室の産んだ第一王子。
正室の産んだ第二王子。
第一王子派と第二王子派は常に争い合って、どちらが次の王になるかともめていた。そして、そんな女同士……派閥争いに疲れた王は偶々目に付いた洗濯女に手を出して、第三王子の自分が出来た。
ちなみに洗濯女であった母はあくまで一回限りでその後興味なかったが、王家の子供を身ごもっている可能性があるというだけで無理やり城に留め置かれて、婚約者がいたのに引き離されて、家族とも連絡が取れず派閥争いに巻き込まれて亡くなった。
もともと一回だけ摘み食いした女の子供であった自分に父は興味はなかったようで、辺境伯の跡取りが娘だと聞いて婿として押し付けたのだ。まだ子供だったのに養育費も一切出さず。
厄介者としてどう扱っていいものか困っていただろう辺境伯とその家臣だったが、
『貴方が私の婚約者? よろしく』
辺境伯令嬢のミリアーナはあっさりと受け入れて、冷遇されて痩せ細り、ろくに世話をされておらず、教育に一切触れていなかった子供に手を差し伸べた。
辺境伯は常に国外の敵から国を守る存在。必然武力を持つ必要があり、その部下たちも同じような力を持つ者が求められた。だが、ロナウドは王族であるのに世話をしてくれる人が最小限だったという結果で体力などが劣っていて、ましてや常に最前線の辺境で武力を身に付けたくても誰よりも弱かった。
(このままだとただのお荷物になるだけだ)
ならば、他に出来ることはないかと探して探して、見つけた手段が内政だった。
辺境伯領で暮らして学んでいくうちに辺境伯とその側近らがことごとく脳筋……。どんぶり勘定と勘でのみ領地を治めていたのでお金とか大事なことは大まか過ぎたのだ。
「このままじゃだめだ!!」
数少ない内政を担っていた領主夫人と夫人の秘書に実戦で書類仕事を学ぶ日々。
「ロナウドはすごいな」
そんな日々の中。ミリアーナは訓練から戻るたびに執務室に遊びに来るような感覚で覗きに来て声を掛けに来ていた。
「私はこんな文章を読んでいるだけで眠くなる」
「それは訓練で疲れたからだよ」
横目で書類を見ながら椅子に座っているロナウドの隣にやってきてもたれかかってくる。
「眠~い」
「なら、寝てきなよ」
もたれているミリアーナに声を掛けると、
「ロナウドも~」
甘えるようにくっついて、ソファーを指差す。
「抱っこ~」
「抱っこって……」
運べるかなと不安になりつつそっとソファーまで連れて行く。抱っこは無理だったので引き摺るような形になっていたが、何とかソファーまで連れて行くと。
「枕~」
とぽんぽんとソファーを叩いて座るように伝えたと思ったら膝枕にされた。
人の膝を枕にしたと思ったらあっという間に眠ってしまうのを困ったように苦笑いをする。困ったが、それと同時に甘えてもらえることが嬉しくて頬が緩んでしまう。
王城で暮らしていたころは知ることなかった幸せ。誰かのぬくもりがこんな心を落ち着かせるものだったとは思わなかった。
動き回るのに邪魔だと貴族令嬢でありながら短く切った金色の髪をそっと撫でながら微笑む。
ここに来てよかったと日々の幸せを噛み締めていた。
――だからこそ。
「第一王子と第二王子。それぞれの派閥が王位争いをしていると思っていたのですけどどうやら恋に狂ってその自分の派閥に泥を掛けるようなやらかしをしたようです」
情報屋から仕入れた情報によると第一王子と第二王子が学園に通っている時に男爵家に最近引き取られた妾の娘が現れたそうだ。自由奔放と言えば聞こえがいいが要は常識知らずな行いに今まで見たことない女性だとあっという間に心を奪われた第一王子と第二王子にはそれぞれ自分の派閥の婚約者がいたのだが、その婚約者を蔑ろにしてその男爵令嬢にアプローチを続けて、様々な物を貢ぐ日々。
それを最初は諫めていたそれぞれの婚約者だったが、その諫める行為を虐めだとか嫌がらせだと男爵令嬢が騒いで王子たちが婚約者から男爵令嬢を庇い……。
それどころかその諫める行いを男爵令嬢に対する罪だと喚いて捕らえさせたとか。
「王子二人は素晴らしいことに今まで仲たがいしていた両派閥を一枚岩にして、最初は王子たちの火遊びとか一時的な物だと楽観視していた王家が事の重大さに気付いて慌てて王子たちを廃嫡してすっかり放置して忘れていた第三王子を呼び戻すことにした。と言うことですか」
辺境伯が簡単に書かれた報告書を何とか理解しようと口に出して読んで、結論を述べる。
「はい。で、どちらかの派閥の令嬢と結婚しろという命令も込みで」
「――ロナウドは私の婿だが」
ミリアーナが意味が分からないと口を挟んでくるので、
「白い結婚だからいいだろうと。辺境伯の婿だと王位を継げないから」
どこまで人を馬鹿にしているのやら。
辺境伯令嬢の婿として育ててきたのにそれを奪う行為の意味を知らないとは。
「――ところで義父上」
二通の手紙を取り出す。その押印をしっかり見えるように。
「このような文も来たのですけど」
それは第一王子。第二王子それぞれの婚約者だった家の家紋がしっかり押されている。
「悪手だったんですよ。辺境伯令嬢への婿入りが決まっている第三王子を今更呼び寄せて、兄の婚約者二人のどちらかと結婚しろと」
「な、何が悪い!! 王位を継げるのに」
頭がどれだけお花が咲いているのかまだ理解していないようだ。
王家の行いがどれだけ家臣を馬鹿にしている行いなのか。
「冤罪で娘を罪人にされた二大公爵家に謝罪もせずに別の王子を宛がう行為も、辺境伯から婿である王子を無理やり奪う行為も、悪手ですよ」
そんなことも知らないなんて。
そんな悪手を行う王家に誰が忠誠を尽くすか。
「二大公爵家は辺境伯に婿入りする僕に玉座に着くように頼んできましたよ。辺境伯令嬢ミリアーナと結婚して玉座に着いてもいいと」
国は荒れるだろうけど、ここまで考え無しの王家が続いて行く方が将来的に国が荒れると判断されたのだ。
「それでは辺境の守りがっ!!」
「ならばもっと辺境伯を大事にするべきでした。都合の悪いことばかり押し付けて」
いや、他の貴族にもそんな態度だったのだろう。だからこんな反乱にほとんど血が流れなかったのだから。
「自分たちのやらかしが原因なので」
ミリアーナが兵に命じて王を含む王族を牢まで連行させていく。
「よかったのか」
そっと誰も居なくなったのを見計らってミリアーナがそっと手を繋ぐ。
繋がれて自分の手が震えていたのに気づいた。辺境伯令嬢の婿として、武術訓練はしていたけどそれを人に向けるなんて初めてだった。
「だ……」
「嘘は通じないぞ」
大丈夫だと言い掛けたのを遮られる。
笑って誤魔化そうとしたけど、上手く笑みが作れずに強張ってしまい、一瞬だけ表情が抜け落ちる。
「………僕って薄情なのかな」
辺境に送られて久しぶりに会う肉親。会うと家族の情で剣先が鈍るかと思った。だけど、人に向けるのが怖かったし、他の貴族から向けられる重圧が怖いと思ったが、家族の情は一切湧かなかった。
牢屋に送られていくのは自業自得であって、同情など一切の感情は湧かない。
「あっちが先に捨てたから当然だろう」
ミリアーナが告げる。
「あっちが捨てて、捨てたのに利用するから悪い。どっちかと言えば、肉親というものを盾に言うことを聞かせようとするロナウドを守れなかったことが悔しい」
といきなりそんなことを言いながら無理やりお姫様抱っこしてくる。いや、その場合逆でしょう。いや、体力とか実力的には正しいけど。
「私が恥ずかしいからとまだ肉体関係がなかったから白い結婚だと言われて脅されたんだ。だから」
「いや、いきなり何を言い出すのっ!!」
バタバタと暴れるけどびくともしない。
「もちろん。他の者に取られないように手を出すだけだ」
「逆でしょうぅぅぅぅ!!」
さっきまでのシリアスどこ行った。慌てるがミリアーナは全く動じることなく寝室に運ばれていった。
第一王子と第二王子の元婚約者はその後別の婚約者と結婚して、将来的に王族の姫を降嫁させるという約束を交わした。
そう。ほくほくとした顔でお腹を見せつけるミリアーナが普段使わない頭を使って他の貴族を寄せ付けなかったのだった。
あれ、シリアスどこ行った?