死者の集会
「さあ、ついたぞ」
将生が車を止めていった。
国道から山道に入り、少し走った場所で、辺りには街灯などもなく真っ暗だった。
「えっ? ここ? 寺なんかないじゃないか」
助手席の卓也が、キョロキョロと周りを見渡した。
後部座席の明は、黙ったまま二人を交互に見ている。
「ここからは、歩きだ」
将生が車のエンジンを切った。
「ええっ! まさか、こんな所を?」
卓也が大きな声をだした。
明は懐中電灯を握り締めて、
「おれはもういい。帰ろうよ。十分ドライブできたし」
と、か細い声で言った。
三人は同じ大学の同級生で、将生はこの前、車の免許をとったばかりだ。ドライブしようということになり、そらなら心霊スポットに行こう、となったのだ。
「何いってんだよ。せっかく来たんだから、寺までいってみようぜ。他に奴らの土産話にもなるし」
将生は懐中電灯を収納ボックスから取り出すと、車から降りた。
湿ったむし暑い空気が体を包む。風がひとつも吹いていない。将生は光を前方に照らした。
けもの道のような細い道が、木々の間から見えた。けっこう急な上り坂になっている。
「うへ~、ちょっと気味が悪いな。本当にこんな所を歩くのか?」
卓也が懐中電灯を四方に向けながら言った。
「そうだよ」
将生はニヤリと笑ってから、
「おい、明も早くこいよ。置いて行くぞ。一人で待っているつもりか?」
と車に向かって言った。
明が慌てたように車から出て来た。
将生を先頭に三人は歩き出す。
「でも、お前、こんな所よく知っているな」
卓也が将生の背中に向かって言った。
「一度、サークルの先輩に連れられて、来たんだ。あの時は昼間だったけどな」
「なんか、入ってたよな。文芸サークル? 小説サークル? そんなやつ」
「うん、怪奇小説サークル。怖い話や、不思議な話を書いて、みんなの前で読むんだ。おれは聞くだけだけどな」
将生が笑った。
「でも、実は、その連れてきてくれた先輩、その後、行方不明になっているんだ」
「行方不明?」
「うわさじゃ、心霊スポットに一人でいったまま、帰ってこなくなったらしい」
「またまた~。大学に来なくなった人間を、面白がってそんなことをいう~」
「いや、本当に行方不明なんだって。家族が捜索願を出したっていうぞ」
「うわさだろ、どっちも。家出してどこかで楽しく暮らしているんじゃないの?」
「まあ、そうだったらいいんだけれど」
会話が途切れ、生ぬるい風が吹いた。
「実は・・・」
将生が話し出したが、話しにくそうに、すぐに言葉をきった。
「なんだよ。また実はかよ。実はなんだよ。早く言えよ」
卓也がじれってそうに言った。
「実は今から行く寺が、先輩が行方不明になったって言われている、心霊スポットなんだ」
「へえ、 そうなんだ」
卓也は特に驚きもせずに言った。しかし、一番後ろを歩く明は、
「いやだ~、やっぱり、帰ろうよ~」
と、情けない声を出した。
「怖がりだなあ、明は。でも、ほら、もう着いた」
将生が懐中電灯を上の方に向けた。
暗がりの中に古い寺が浮かび上がる。
「ふ~ん、思ったより、立派な寺じゃん」
卓也も自分の懐中電灯を上に向けて言った。
「あれっ、前に来た時と様子がちがう。前に寺を見たのは昼間だってけれど、こんなにきれいじゃなかった。ぼろぼろで、今にも崩れ落ちそうだったのに」
将生が首をかしげた。近づくとあの時のようにガラス戸も割れてなく、本堂の中を、懐中電灯で照らすと、りっぱな本尊が安置されているのが見えた。
「おい、奥に明かりが見える」
「ええっ! 本当か?」
二人がガラス窓を覗くと卓也が言った通り、ほのかに明るい明かりが見えた。
その明かりはゆらゆら揺れながら、本堂に向かってやってくる。
人だ。何人もの人がロウソクを持って歩いているのだ。
「法事でもあるのかな?」
「まさか、こんな夜中に」
三人は顔を見合わせた。
「あっ」
後ろを振り返った明が小さな声を出した。
二人が振り返ると、今、三人が登ってきた細い道を、ロウソクを持った人たちが列をなして、昇ってきている。ロウソクの炎は薄暗かったが、はっきりと姿が見えた。
ほとんどが老人で、何人か若そうな人たちも混じっている。みんな青白い顔をして、うつむいて歩いている。
あっけに取られて見ている三人をよそに、集団はみるみる坂を登ってきて、三人はいつに間にか列に加わっていた。
ガラス戸が開いて、一人ずつ本堂の中に入っていく。三人も前に進むしかなかった。しかたなく三人も皆と同じように中に入った。
たくさんの座布団が置いてあり、順番に人が座っていく。老人たちは祭壇の横に置いてある、ロウソク立てにロウソクをさして、座布団に座っていった。
三人も座布団に座った。
「あっ」
将生が、隣りに座った人の顔を見て言った。
「先輩!」
隣りに座ったのは、行方不明になっている先輩だった。
先輩は人差し指を立て、自分のくちびるに当てて、シッと言った。
薄暗いせいか、先輩の顔色はすごく青く見え、口は堅く結ばれて、いつも笑っている先輩とは別人のようだった。
将生は、黙ってうなずいた。後ろを見ると、ほとんどの座布団が埋まっていたが、誰一人口をきくものはいなかった。
静寂の中、読経が始まった。
隣りの先輩に目を向けると、先輩は虚ろな目をして、うつむき加減のまま微動だにしなかい。
長く思われる読経が続いたが、もう、終盤らしく、老人たちは口々に経を唱え始めた。
「お前たち、読経が終わったら、すぐにここを出るんだ。絶対に口をきくな。振り返ってもいけない」
先輩がささやき声で言った。
三人はうなずいて、読経が終わるのをまった。
そして、読経が終わり、三人はすぐさま本堂から抜け出た。
将生がそっと、一歩を踏み出そうとした時、ほっとして気がゆるんだのか、卓也が横で、急にくしゃみをした。明が後ろ振り返る。
本堂にいる老人たちが一斉に振り向いた。無表情な口元に、目だけが大きく見開かれ、光っていた。
「うわあ~!」
三人は坂道を転がるように車まで走り、飛び乗った。
「早く出せ!」
卓也が叫び、車はタイヤを軋ませてUターンした。
何人かの老人が追いかけてきたが、他の老人は本堂の前に立って、三人を見下ろしていた。
それから、一週間後。将生は行方不明の捜索願が出ていた先輩の手がかりを探しに、警察の人とあの寺に向かった。
寺から帰ったその夜から、将生は高熱が三日続き、起きられない状態だったが、やっと、動けるようになったのだ。
二度も行った所だから、道も覚えているし、間違うはずもない。それなのに、どこを探しても、けもの道のような細い道もあの寺も、見つけることができなかった。
その後のうわさでは将生たち三人は、異次元の世界に迷い込んだということになっている。