4 抜鬼
そこまで見て、今朝見た夢を思い出した。影たちはすべてこの死に方になぞって倒れていった。自分は、その状況を何故知っているのだろう。見たのか? 実際に。
「顔色が変わったな。何か核心でも見つけたのか」
声を掛けられちらりと笹木を見れば鋭い目つきだった。資料を見て琴音がどんな反応をするか観察していたようだ。なんとなく思っていたことが確信に変わる。笹木もまた、他の保護者同様に琴音に良い感情は持っていないようだ。息子を殺されたのだから当然だ。事件を覚えてないと言ってのうのうと生きている琴音にそう言う感情を持つのは当然の事。ただし琴音を責め立てる事なく、あくまで客観的に事件を見直そうとしているのは間違いないようだ。
自分を信用するかは好きにしろと言ったり資料を見せたり、彼が求めているのは事実と証明だ。目的をはっきりさせていてそれに向かって一切無駄な事はしたくないという強い意志を感じる。一歩間違えれば琴音を危険に晒すタイプかもしれないが、人の話を聞かず一方的に責め立てる過去の人間たちに比べれば幾分かはマシに思えた。
それに笹木の前で嘘や誤魔化しは一切効かない気がした。そんなことをすれば関係が悪化してますます面倒なことになる。手ごわい相手に虚勢は無意味だと、店にいた時ママから何度も教えられた。
「今朝、夢で」
「夢?」
「本当に突然なんだけど、昨日から急に事件の事が気になり始めたの。白昼夢みたいのを見たり、突然誰かの声が聞こえたり。夢では子供の影がこんな殺され方をして倒れて行って、私は身動きが取れなくて……でも、影は一つ残ってた。あれ、誰なんだろう」
「君は殺害現場を見ていた可能性があるって事だな。……一個疑問が思いついたが後にしよう。影については新聞記事を見てくれ、俺が君を探した理由も話そう」
続いて新聞記事を見る。その記事はかなり小さく、数行書かれていて終わりだが「変死事件」として書かれていた。琴音出身の村で住民が謎の変死を遂げる事件が起きている。それも毎年十月二十一日だ。被害者は四名、捜査は難航。詳細はまったくわかっていないらしい。
「これは?」
「あの村でここ数年事件があった日に死人が出ている。全員死因は不明だが、肉体の一部が欠損しているそうだ」
「一部って」
「両腕がない」
その言葉に思わず顔を顰める。少しリアルに想像してしまったからだ。例えば電車に轢かれて肉体が欠損したならわかるが、死因が不明という事はそんな激しい事故などではないはずだ。それなのに腕がない、それも両腕となると猟奇殺人しか思いつかない。明らかに殺人事件で犯人は異常な思考の持ち主なのだろうか。
「警察が捜査状況を明かしてないから詳細はわからない。地元だとオニワさんの仕業だって噂が出てるらしいな。覚えているだろう、オニワさん」
「村に住む人を食べる鬼だっけ」
「ああ。店でも言った通り正式名は“抜鬼”という。オニワさんと呼ばれている云われは諸説あるがはっきりとしたことはわからない」
琴音が住んでいた村には伝承があった。それはオニワさんと呼ばれる鬼が人を食べてしまうというものだ。子供の姿をしていて子供たちが遊んでいるといつの間にか紛れ込んでいる。そしてかくれんぼ、鬼ごっこというような「鬼」の役目が必要な遊びに紛れ込み、遊んでいる子供たちを食べてしまうという。
「抜鬼、抜く鬼と書くには理由がある。遊びに抜鬼が入り込むと一人増えるだろう、だから鬼の役をやっていた子をまず食べてしまって自分がその鬼になって変わるというものだ。一人抜くから抜鬼。この伝承は親から子、孫へと伝えられ強く信じられているんだ。閉鎖的な村にありがちな深い信仰心がまだ根付いているんだろう」
確かに琴音もオニワさんの話を村のいたるところで聞いてきた。子供たちはまたその話か、とあまり本気にしていなかった。親世代の大人たちもそこまで深く信じていないようだ、遊んでいると笑いながらオニワさんが紛れてないか気を付けろよ、と声を掛けられていた。
しかし老人たちはオニワさんに関して冗談が通じなかった気がする。オニワさんがいかに怖い存在かをとくとくと説明し、飽きたそぶりを見せれば怒鳴られたものだ。オニワさんは怖いのだから真面目に話を聞け、とゲンコツをもらった事もある。あの村は都心では考えられないが、自分の孫でなくても平気で叩くし怒鳴る風習が残っている。普段は優しいのにオニワさんの話になると途端に怖くなるので、そのギャップが受け入れられず当時の琴音はあの村の老人たちが苦手だった。
「つまり、十年前の事件はオニワさんの仕業だって考えてるんだ、村の人たち」
「ああ。そしてその後も続く不審死はオニワさんの仕業だってな。子供たちに紛れて遊ぶはずのオニワさんが何で普通の奴を食べに来るんだって突っ込みはあるが、俺が知らない伝承が何かあるんだろう」
そこまで話すと笹木は一口飲み物を飲んだ。酒ではなくウーロン茶だ、琴音もアルコールではない。バーなのに酒を飲まないというのも不自然だが酔って話す内容ではない。わずかに目が疲れてきて一度強めに瞬きをすれば、それさえも笹木は見逃さなかったようだ。
「眠くなってきたか」
「最近は規則正しい生活してたからね、前は明け方に寝るのが当たり前だったけど」
「眠気が来てるんじゃ集中力も続かないだろうから早めに切り上げるとするか。明日からの予定は」
「あるけど調整できる。今の話聞いてだいたい予想がついた。つまり、笹木さんは次の被害者は私になるんじゃないかって思ってるってことであってる?」
「そうだ。イカレた殺人鬼がいるのか、それとも本当に抜鬼が存在するのかはわからないが、どちらにせよ君に危害が加えられる可能性は高い。これは明らかに十年前の事件とかかわりがある。何故なら被害者は全員十年前亡くなった子供たちの親も含まれる。全員じゃないが」
その言葉に一気に眠気が覚めるようだった。いや、実際覚めた。固まってしまった琴音に別の新聞記事を見せ被害者の名前が載っている部分を指さした。苗字は確かによく遊んでいた友達の苗字がある。
「もし殺人犯があの村にいて、殺人無しに生きられない本当のクズだったとしたらまた遊びたくなったのかもしれない。本物の抜鬼の場合はさすがに想像もつかないが」
笹木は抜鬼の仕業もきちんと視野に入れているようだ。普通なら殺人犯の方を選んで抜鬼など伝説に過ぎないと一蹴するところだが。どこまでも客観的な考えができる人のようだ。
「ところでさっき気になったことって?」
「君が夢で見た子供の影とやらの死に方が実際の殺害状況と一致しているのなら見たんだろう。遺体が見つかった場所は結構バラバラだ。君が鬼役で探し回っていて遺体を見つけたのなら、君は何で助けを呼ばずに社隠れたんだって話だ。殺人犯がうろついてて怖くて隠れるっていうのもしっくりこない。家の中とか限定的な場所なら隠れるが、あれだけ広い敷地なら木や建物に隠れながら逃げた方が早い。かくれんぼで隠れる側だったのなら、何故遺体の詳細を知ってるのか謎だ」
言われてみれば確かにそうだ。琴音は社の中にいるところを警察が発見した。その時すでに意識はなく起きても何故社に隠れたのか覚えていなかった。