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オニワさんとかくれんぼ  作者: aqri
十月二十一日
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7 終わった と、思った

 手も足も土だらけで膝や手の平からは血も出ている状態で、琴音は本殿の階段に腰かけながらぼうっと遠くを見ていた。さんざん泣いて、日和のいた辺りを入念に探ったが骨や遺品は見つからなかった。日和の魂、想いだろうか。それだけがあそこにいたのだ。おそらくかくれんぼで本当に隠れていたのはあそこだった。歩が殺される際の声や音が気になって外に出たのだろう。そこを加賀に見つかり殺された。遺体は別の場所に移動され、腕を祀られた。あの悲鳴は歩の悲鳴だったのだ。

 日和はバラバラにされた可能性が高い。そして腕以外はどこかに捨てられただろう。それはこれから警察が調べればわかることだ。警察がどこまで動くかわからないが。オニワさんは琴音を食べに来ない。あの日、確かに何かを約束したと思ったのだが。だが、隠れていた社の中で聞いた会話ではオニワさんは日和に向かって「食べちゃうからね」と言っていた。それが自分を食べちゃうからね、と混ざってしまったのかもしれない。

 近づいて来る人影に顏を上げれば笹木だった。琴音を見て少し表情を柔らかくする。


「無事、とは言えない見た目だが助かったんだな」


 その言葉に琴音も苦笑交じりに笑い返す。


「終わったよ、全部。あとは事件がどう取り扱われるかだけど。加賀は?」

「逃げられた。首を絞める一歩手前までいったが君の言葉を思い出してね、思いとどまったところで逃げられた。俺より年上のくせに逃げ足はやたら速くて。追うのも疲れるしこっちが気になったから。……ありがとうな」


 そのお礼は殺すな、と叫んだあの時の事を言ってるのはわかった。しかし、それはあくまで琴音の立場から見た時の言葉であって、笹木の立場から見れば余計なお世話のはずだ。殺してやりたかっただろう、憎い相手を。


「良かったの?」

「さあね。加賀もその息子もクズには違いないし、正直本当に殺そうとは思ってた。弔いだとか俺が裁いてやるとか、そんなんじゃない。ただ憎かっただけだ、自分の為だった。でも何だろうな。君が殺すなと叫んだあと、本当に久しぶりに拓真を思い出したよ」


 笹木はよっこいしょ、と言いながら琴音の隣に腰かける。そして懐から煙草を取り出すと火をつけ一口吸った。


「いつだったかな。離婚調停前でまだ一緒に暮らしてた時。確か、拓真とキャッチボールをしてた時だったか。遠くに立てた缶にボールを当てられるかって競争したんだ。そしたら俺が一発で当てちゃって。こういう時は子供が先に当てるまで手を抜くもんじゃないか、親として。やっちまった、と思った。でも拓真は目きらきらさせて、お父さん凄いやって大喜びで」


 相手を思ってやることが、本人は望んでいない場合は複雑な心境になるものだ。時には大きなお世話、時には自分を害する悪意となる。拓真は自分を立てるために手抜きの競争などしたら喜ばない子だ。本気で父親が相手をしてくれたことに喜んでくれたのだ。


「それ思い出したら、馬鹿みたいな話だが怖くなった。拓真がもし天国かどっかから俺を見ていたら俺は“凄いお父さん”じゃなくなるんじゃないかってな。もう墓には拓真の骨はないが、それでも墓前で拓真に真正面から向き合えるかって思ったら踏みとどまった」


 極限まできた殺意を理性で制する。それはきっと誰にでもできることではない。最後の一押しを、一線を越えてしまうのは簡単だ。しかし笹木はそれを止めて見せた。十年という月日は事件当時から考え方を少し変えるには十分な時間だ。良いか悪いか、正しいか誤りかではない。事件に立ち向かう事とは別に、思い出や故人、自分を見つめ直すことができるかどうか。


「もう拓真はいないのに、まだ俺は拓真の良き父親でありたいんだな」

「いいじゃん、何か悪いの?」


 琴音の言葉に笹木はじっと黙ったままだ。琴音の次の言葉を待ってくれている。


「拓真君、もういないんだから。どれだけ悲しくても、納得できなくても、今ここにあるのは生きてる私たちの身勝手な思いと願いだけだよ。我儘でちっぽけで虚しい、自己中心なもの。それ、誰かに正義とかで評価されないといけないものじゃないでしょ」

 琴音の言葉に笹木はふう、と煙草の煙を吐き出した。今彼が何を考えているのか、琴音にはわからない。自分で広げた憎悪は自分で打ち止めするしかないのだ。


「まさか二回りも年下の子に人生論を諭されるとはね、俺も年取ったもんだ」


 苦笑交じりにそう言うと笹木は立ち上がった。


「ケガの具合は」

「平気、かすり傷。加賀のオヤジをぶん殴った手はかなり痛いけど」

「手水場で冷やしてくれ。応急処置が済んだら出るぞ。とりあえず交番に通報しても話にならんから、警察署だな」

「うん」


 琴音も立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。日はもうほぼ落ちている。雲に夕日が反射され、オレンジと紫が混ざり合った不気味な空模様となっていた。逢魔時、この世ならざるものが活動する時間帯。あの抜鬼はどこに行っただろう。また新たなかくれんぼ相手を探しているのだろうか。過疎化が進むこの村で鬼が必要な遊びをする子供が今後いるとは思えない。一人で延々彷徨い続けるのだろうか。

 それを確認することはできないししようとも思わない。ただ、終わったのだ。一つの事件が、かくれんぼが。




 帰りの車中で笹木は加賀の事を詳しく教えてくれた。あの後すぐに追いついて捕まえたが、喚きながら暴れてぎゃあぎゃあと自分は悪くない事をまくし立ててきた。放せ、アイツが来る、大声でわめきながら。


「自分は悪くないの一点張りだ。息子をかばう言葉はなかったし、本当に自分の事しか考えてないって感じだった。神社で聞いたのとはレベルが違う胸糞悪い罵詈雑言の嵐だったから無視した」


 その言葉を聞いてもなお殺意を止めて見せたのだ、笹木は。普通はカッとなって簡単に一歩を踏み越えてしまうだろう。この人はその一歩を踏み留める人なんだな、と。自分では到底及ばない人だった。


「結局俺がボヤっとしてるうちに逃げられたけどな。まあいいさ、どうせ遠くへ逃げるなんてしない。証拠隠滅するだろうから」

「証拠?」

「神社に祀られてた腕のDNAを調べれば一発だ、探せば親族がわかるだろう。一致するDNAの型が必ずある。腕の回収はしたようだから、残りの部位を処分しようとするはずだ」

「回収したって、腕なくなってたの?」

「ああ。車取りに戻る時見たがなくなってた」


 その言葉に、琴音は言いようのない不安がこみ上げる。確かにおかしなことではない、そんなものが見つかれば大変なことになる。だが、なんだ? 何かがおかしい。殺人犯がいたと現実的な調査をしていた笹木からすれば証拠隠滅の為になくなった、という考えになるのは当然だ。しかしずっとオニワさんがいると信じて実際オニワさんと対峙した琴音には、「祀られたはずの腕がない」という不気味さが際立っている。

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