6 「みっけ」「ありがとう」
「お願い!」
泣きそうになりながら日和の骨や服などがないか地面を掘る勢いで探りながら進むが何もない。手に当たるのは石などだけだ。もう時間がない。オニワさんが、抜鬼が、もうやってきてしまう。
「助けられないの、私じゃ」
目に涙があふれる。このままでは日和は見つかり食われ、約束を果たせない自分も食われて終わりだ。せっかくここまで来たのに。いや、自分が食われるのはいい。日和だけは、なんとしても鬼から助けたい。十年前のあの日、日和は自分を助けるために時間稼ぎをしてくれたのだから。
はあ、はあ、と自分の荒い呼吸音が響く中。ガサ、ガサ、と何かが落ち葉を踏みしめる音が聞こえてきた。息を殺していると、本殿の土台隙間から外に人間とは思えない足が見える。キュウリのように細くもやもやと黒い霧の集合体のような奇妙な足。それを見て絶望が琴音を支配する。
――来た、来てしまった。もうだめなのだろうか。間に合わないのか。
自分では、日和を助けられないのか。ぎゅっと目をつぶり蘇る日和との思い出。どんくさくて足も遅い自分をいつも気にかけてくれた優しい日和。逆上がりの練習も日が沈むまで付き合ってくれた。何かしてあげたいと思っても、何もできなかった。日和は隠れるのがとてもうまくて、琴音が鬼になった時は絶対に見つからなかったのだ。半泣きで見つからない見つからないと探し続け、ここだよ、と日和が出てきて終わっていた。それを何とかしようと日和が言ったのだ。
――じゃあ一回だけ、ヒントをあげるね。この辺にいるかなって思ったら、合言葉を言って。聞こえたら、返事するからね。声のしたところを探してみて。
合言葉。二人だけの、こっそりかわした約束。そうだ、その言葉は。
「ヒヨちゃん、みーつけた!」
大声で叫んだ。オニワさんにこの場所が見つかるのは時間の問題なのだ、どうでもいい。日和が見つかれば。
「まだみつかってないよ~」
声がした。日和の、柔らかく優しい声。一緒に遊んでいた時見つかってないよ、の声がしたところを重点的に探して、やっと見つけていたのだ。声のした方を勢いよく振り返る。
神社の柱を支える石の土台の横。そこに日和がしゃがんでいた。体育座りをする形で顔を伏せ、なるべく小さく縮こまって。あの日のままだ、シャツに半ズボン。髪はショートカットで一瞬男の子と間違えそうになる恰好。
「ヒヨ、ちゃん……み、みっけ……」
涙があふれる。一度目はみーつけた、と言い本当に見つけたらみっけ、と言う約束。琴音の言葉に日和はあはは、と笑った。
「あ~あ、見つかっちゃった!」
顔を上げてニカっと白い歯を見せて笑う。ジャリ、という土を踏みしめる音がすぐ近くで聞こえ、そちらを見れば黒い影がすで入り込んできていた。暗闇とわずかな夕日の逆光によりどんな見た目をしているのかは見えないが、大きい頭に細すぎる胴や手足、とても人間には見えない。四つん這いにならないといけない琴音と違い、抜鬼はこの狭い場所の中でも平気で立っている。先ほど外に立っていた時は足しか見えなかったというのに。
かくれんぼをする鬼、抜鬼。どんな場所に隠れている子供も見つけてしまうとうのは、どんな場所にも入れるということだ。ほんの数センチの隙間、狭すぎる空間、自分の姿形を縮めて。
抜鬼は腕を伸ばしてきている、日和の方に。それを見てカッと頭に血が上り抜鬼に向かって叫んだ。恐怖など、微塵もない。
「全員見つけた! 鬼の私が見つけたんだから、これでかくれんぼは終わり!」
あの日、かくれんぼの鬼は琴音だった。日和以外全員見つけて日和が最後だった。そして日和を琴音が先に見つけた。
「これは私達のかくれんぼだ、お前のかくれんぼじゃない! 消えろ!」
抜鬼を睨みつけながら怒鳴りつける。抜鬼は、少しの間そこに佇んでいたが、くるりと踵を返すとゆっくりと歩いて行き、そのままどこかに行ってしまった。
再び日和に視線を戻す。日和はまるで何事もなかったかのようににこにこ笑っていた。
「ごめん、ヒヨちゃん、ごめん」
大粒の涙があふれた。ひっくひっくとしゃくりあげて上手くしゃべることができない。
「忘れないでって、言われてたのに。もっと早く見つけることできたはずなのに、遅くなってごめん。十年も抜鬼から隠れなきゃいけなかったよね、怖かったよね。いないんじゃないかって思ってごめん、オニワさんだって疑ってごめん。ごめんね、ごめん……」
最後は声にならない声だった。ひっくひっくとしゃくりあげて上手くしゃべることができない。加賀清春に殺されただけでなく、抜鬼に食われるかもしれないという恐怖に十年耐え続けた。まだ九歳の少女が。
「コッコ、泣き虫のまんま」
あはは、と困ったように笑う日和に琴音は這いながら近づく。涙でぐしゃぐしゃの酷い顔をしているだろう。日が落ちそうな暗い中ではあるが、日和の姿ははっきりと見えた。
「ヒヨちゃん私……」
「ありがとう」
琴音の言葉をあえて遮って日和は笑った。驚いて日和を見れば、恐怖も怒りも何もない。ただひたすら柔らかく微笑んでいる。
「私を見つけてくれて、ありがとう。かくれんぼ見つけるの下手だったのに、オニワさんより先に見つけてくれてありがとう」
日和が琴音に顔を近づける。こつん、とおでことおでこがくっついた。大切な約束をするときは指切りだったが、もっと大事な誓いをするときはおでこをくっつけたのだ。あとは、相手を安心させる時やありがとうを伝える時、泣いている琴音を励ます時にもこうしていた。まるでチュウするみたいで恥ずかしいね、と笑い合っていた。
「コッコが謝る事、何もない。ちゃんと思い出して探してくれた。オニワさんに勝ったんだよ、スゴイよ。最後かっこよかったよ、あんなに大きい声出せるようになったんだね」
昔は声が小さかった。気が強い人に言い返すことができなかった。いつも日和が琴音の本心を代弁していた。
「ちゃんと見つけてくれた。信じて待ってた」
「ヒヨちゃん、私は」
「ありがとうコッコ」
顔を離し、また歯を出してニカっと笑って日和は消えた。あ、と手を伸ばしたがもう日和はいない。まるで土下座をするように地面を頭にこすりつけ、大声で琴音は泣いた。




