5 オニワさんより先に見つけなければ
十年前にオニワさんを作っていると安心していたのだろう。今になって人が死んでいるのも息子が遊び半分でやっていると思っていたのかもしれない。期限が迫っている、オニワさんとの約束の期限が。
「アンタたちって次のオニワさんを用意していかないと食べられちゃう一族なんだね、可哀想! ざまあみろクソ野郎!」
わざと大きな声で、声が裏返りながら叫ぶ。日和の場所を探すのが目的なのに完全に我を忘れて罵倒する。人を人とも思っていない見下す発言が多いのにもうんざりだし、あんなに大きな態度だったのに自分が殺されると分かった途端右往左往するのも苛々する。恐怖に顏を歪めて頭をかきむしる姿が本当に醜い。
「さっさと食われろ!」
その言葉に加賀は血相変えて本殿の方に向かって走ってきた。本殿にはオニワさんが入れないと知っているからだ。しかし本殿の扉の前には笹木が立っている。
「邪魔だどけぇ!」
必死の形相で殴りかかってくる加賀。笹木は少し体をずらしてどいたように見えた。そのまま加賀は中に入ろうとするが笹木の目の前に来た時加賀の顔面を思いきり殴りつけた。慌てていて油断したせいか防ぐこともできず階段の転げ落ち痛さにのたうち回る。階段の横に立っていた琴音はそれを汚いものでも見るかのように睨み付ける。
「おとなしく自白するなんて思っちゃいなかったが、手がかりさえつかめれば後はさっき言ったみたいに地域で調査を続ける予定だった」
静かに語りかけるように笹木は加賀に向かって言う。笹木の瞳にはもう加賀しか映っていないようだ。友達を貶されたことに琴音も頭に血が上ったが、今の笹木の状態を見て急に血が下がっていくような気がした。
「糞の親は糞に決まってる。まともな会話を期待してはいなかった。腹立つことも言われるだろうなぁと思っていた」
ゆっくりと階段を降りていく笹木にようやく起き上がった加賀はものすごい形相で睨みつける。
それは近くで見ている琴音が一瞬怯んでしまうほどの殺気満ちた表情だったが、笹木はまるで見えていないかのように全く気にした様子がない。
「このままいくとお前はそのオニワさんとやらに殺されちまうんだって? それじゃあ意味がないんだよな」
その言葉に琴音はまさか、と危機感を抱いた。まさか、笹木がこの村に絶対に行くと強く思っていたのは。
「予定を変えるつもりだったが、いろいろ言ってくれたからやっぱり変更なしだ」
事件の真相知りたいと言っていた。犯人逮捕や裁判をして罪を償わせるという類の事は一度も聞いていない。笹木の目的は、そんな事じゃない。
「今殺すから今死ね」
「クソがああ!!」
笹木と加賀の叫びはほぼ同時だった。そして笹木を睨みつけていた加賀の表情が一瞬にして凍りつく。その方向を琴音が振り返ると、本殿の扉の前、笹木の真後ろ。そこには。
ゆらゆらと揺れる子供の大きさの影。影なのに、何故かはっきりとわかる。
嗤っている。口がニィっと三日月の形をしている。
「ひ、ひいいあああ!」
本殿とは反対方向の神社の外へと向かって走りだした。笹木は無言のまま一気にトップスピードで走り出す。止めなければ、と思ったが今何を言ってもきっと笹木には届かない。だが何もしなければ間違いなく笹木は加賀を殺す。迷っている時間がなかった。琴音が今彼に言うことができるのは一つだけだ。
「殺さないで!」
その言葉に一瞬立ち止まりそうになったが結局止まることなく笹木は加賀を追って走っていく。それを追いかけたい衝動にかられたが琴音が今やるべきことはそちらではない。見ればオニワさんがいない。果たして加賀との約束の期限と日和との約束の期限、今どちらが先にきてしまうのだろうか。いや、確実に日和の方が先だ。
時間はすでに夕方、だんだん辺りがオレンジ色に染まって来た。時間がない。あの日、オニワさんと約束したのが何時かわからないが日が落ちる直前くらいだったはずだ。資料では確か最初の遺体が見つかったのは十七時半くらい、その時間から三十分も経っていないはずだ。自分が先に日和を見つけなければ。
手がかりは何もない、神社の中は探しつくした。焦れば焦るほど考えがまとまらないが、先ほどの山上の言葉を思い出した。
「本殿を中心に、鬼門か裏鬼門? なにそれ、どこ鬼門って!」
聞いたことのない単語に慌ててスマホで調べようとするが、村に来てからずっと通話状態にしていたのですでに電池がない。通信容量が足りず、ネットに繋がりにくくなっていた。
「何でこんな時に! しっかりしてよぉ!」
泣きそうになりながら叫ぶ。方向がわからないと探しようがない。時間がないのに。どうしていつも自分はこう要領が悪いのだろうか、何をやってもビリで周囲の子たちより劣った存在だった。口下手で運動音痴で言いたいことも言えない。足が遅いので障害物がない鬼ごっこはいつも捕まってしまう。
――じゃあだるまさんが転んだ、やろうよ。足の速さとか関係ないじゃん?
晴斗が言ったのだったか。
――いいねえ、燃えてきた。
体を思い切り動かすのが好きな拓真はいつもノリが良い
――じゃあいくよ、せーの。はじめのいーっぽ!
歩の言葉にみんなで鬼を前に一歩踏み出す。はじめの一歩。一歩分、踏み出したらそれは確実に一歩だ。
琴音は深呼吸をして思い切り自分の頬を両手で叩きつけた。笹木が言っていた、いい加減自分勝手な己を認めろと。認めろ、自分はどんくさくてトロくて、でもどれだけ負けっぱなしでも諦めずに次は勝つと何度だって皆に挑んだ。
「馬鹿、しっかりするのはスマホじゃなくて私! 私なんだから!」
自分で自分に言い聞かせる。ヒントはきっとある、今まで笹木から言われた言葉。それは物理的な何かではなく考え方や姿勢だ、問題を解決するための糸口。昨夜から今日にかけてどれだけの助言をもらっていた、思い出せ、思い出せ。
「子供の視点、子供しか見えない場所。それに、本殿から一歩でも出たらそれはもう外なんだ。敷地内を全部探す必要なんてない」
例えば、そう、目の前にある本殿に上がるための階段だってそうだ。ここも本殿の外である。それなら。
本殿の、真下は?
子供にしか気づかない場所。それは身長が低い彼らに見やすい場所に他ならない。階段は木で作られていてしっかりとかかっているが、確かに階段を横から見ることはない。回り込んでよく観察すれば、奇妙な継ぎ目のような箇所がある。そこを思い切り蹴飛ばすとあっさりと外れた。朽ちて取れてしまったのをはめ込んでいるだけなのだ。そこは大人一人が通るのは難しいが、中学生くらいまでの子なら入れる大きさだ。琴音は力の限り穴の周辺を何度も蹴りつけ、自分が通れるくらいのまで穴を広げる。やがてバキ、と音を立てて木の一部が崩れて穴が広がった。古い、そして手入れされていない神社だ。あちこち脆くなっている。無理やり穴に飛び込み、肩や足にわずかな痛みを感じたので木で擦ったようだが気にせず四つん這いになって無理やり入り込む。
夕暮れが隙間から差し込んでいるが暗くてほとんど前が見えない状態だ。時間を見ると十七時七分。
「どこ!?」
真っ暗に近い空間を這いつくばる姿勢で必死に探す。しかし手がかりになるものはどこにもない。ここではないのだろうか、と不安になって来る。




