4 殺意
「なんなんだよ、なんであのクソはしゃべってんだ。どんだけ俺が苦労したと思ってるんだ。なんでテメェは今来るんだよ、どうでもいいだろうがそんな大昔のことなんて」
酔っていることも多少勢いをつけているのだろうが危険な状態だ、口調はあくまで穏やかで語りかけるかのようなのに行っているのは明らかな暴行。その異様な光景に琴音は止めに入るのを忘れ固まってしまう。
「神社でギャアギャア騒いで遊んでやがったクソガキどもなんざどうでもいいだろうがよ、静かになったんだから良いだろう。お前だって害虫がいたら駆除するだろう。同じだよ、清掃活動しただけだ、何か悪いか」
この一見優しい喋り方。優しい声なのに逆らうことを許さない、そんな有無を言わせない圧力的な何か。
――そうだ、聞いた。この声を、しゃべり方を知っている。
「お前の子供はどうやって死んだやつだ。いや、見覚えがないツラだから、一回外に行って戻ってきた馬鹿は柳瀬の家か。じゃああれか、公園で捨てる寸前のボロ雑巾みたいになって死んでた一番うるせえガキの親か。なるほど親子そっくりだな、ハエみたいにうるさい」
――忘れなさい、思い出さなくていいんだよ、何もみてないよね、みてるはずがないんだよ。何もみてないよね? もし変な事を言ったら、どうなるかわかってるだろうね? 一人いない? そんな人間村にはいないよ、いるはずないんだよ、いないって言ってるだろう、物分かりが悪いガキだな。
言い聞かせるように何度も何度も病室で、頭を手で挟み込むように押さえつけ繰り返された言葉。
どくどくと心臓がなり頭が痛い。何も見てない? 何も?
いや、十年前影をみたとき。神社で見た影はやけに背が高かった。姿を自由に変えられるのかと思ったが違う、あれは、あの大きな影はオニワさんではない。逆光になっていた、あの影は自分達よりもう少し年上の。
「ハエなら死んで当然だな、ハエだからな。ぐちゃぐちゃになって死んだだけだろ、それがどうかしたのか」
加賀がいい終わると同時に琴音は後ろから思いっきり加賀の頭を殴り付けていた。武器なりそうなものがなかったが我慢ができなかったから、自分の手で殴ることとなった。骨と骨のぶつかり合いだ、琴音の手もかなりのダメージがあった。しかしそんな事気にならないくらい、今琴音は怒りに震えていた。
加賀が一瞬うめいて琴音を振り返るが今度は笹木が加賀の鳩尾に思いきり蹴りを入れた。さすがに防ぎようがなかったためダメージがそのまま入り体をくの字に曲げて咳き込む。
琴音は前に回り込んで改めて加賀の顔見た。苦しそうに歪んでいる顔は吐き気がするほど気持ち悪い。
「ゴキブリ以下のやつが偉そうに言うな、気持ち悪いんだよ」
怒りをあらわに吐き捨てるようにそういう琴音を見た加賀は頭をさすりながら何でもないことのようにまっすぐ見据えてくる。
「……ってえな、誰だよ」
「誰だっていいんだよ、ゴキブリ野郎」
正直に伝えたところでまた腹の立つこと言われるに決まっている。こいつとまともな会話をするのは無理だししたくもない。
チラリと後振り返れば笹木は鼻血を拭いていた。一方的に殴られ蹴られていたというのに痛がる様子もなくぞっとするほど無表情だ。
「呆れてたら反撃するの忘れてた」
何でもないことのように言っているがおそらく今、笹木は穏やかではない。それは琴音も同じだが笹木のそれは比べ物にならないはずだ。琴音の怒りが赤く派手に燃える炎なら、笹木の心情はおそらく青い炎。青い炎の方が、温度が高い。
「かくれんぼはいいのか」
「いい。あの子がかくれんぼしてるのは多分私じゃない。姿が見えて隠れてきたけど、私は隠れる必要なんてなかったんだ」
僕が鬼だからことちゃんは隠れてね。影にそう言われた時おかしい、なんで、と思った。なぜそう思ったのか、それは知らない子が勝手にかくれんぼに混じってきたからではない。
「だって、あの日のかくれんぼの鬼は私だったんだから」
鬼である自分が隠れる必要がないはずなのに、隠れる側にならなければいけないと言う事実に疑問を抱いた。しかしいざ始まってみるとあの影はどこにでも現れるし次々とみんなの遺体を発見してパニックになってしまった。隠れなければ自分も殺されると思った。かくれんぼをして隠れていたのではない、殺されるかもしれないという恐怖から身を隠していた。
「何の話だ」
「今ちょっと大事な話をしてるんだ、静かにしてろ」
「何の話してるんだよ」
先ほどまでの余裕な態度とは違い加賀は明らかに不愉快そうに顔を歪めている。笹木が何でもないようにそっけなく返したがその反応が不満だったようでみるみる顔が怒りに歪んでいた。
「あれは無視していい、で?」
笹木がそう言うと加賀はいきなり怒鳴り声を上げた。
「何の話をしてるんだって聞いてるだろう! お前が黙れよ、しゃべっていいなんて言ってない! そこの女、今なんつった? かくれんぼって言ったか!」
「うるさい、静かにしてろ。オニワさんのことだからお前には関係ない」
冷たい声で琴音がそう言うと火に油を注いだように喚きちらし始める。
「関係ないわけねえだろうが! それを管理するのは俺だ、なんでテメエが抜鬼のことを話してる! さっきの奴もそうだ、なんで村の人間じゃない奴がそんなことまで知ってるんだよ !俺しか知らないことなんで知ってる!」
オニワさんの話をした途端に態度が豹変し食いついてきた。見える家系の人間が怯えていたように、加賀にとってもこの話題は最優先でありタブーである。そしてそれは平常心を簡単に粉々にしてしまうほどの破壊力があるようだ。
琴音が何かを言おうとしても加賀の声がギャーギャーとうるさく声を遮られてしまう。笹木が立ち上がり動こうとしたがその前に琴音が思いっきり叫んだ。
「だから! オニワさんは自分を殺したクソ野郎共を殺して食べるために探し回ってるって言ってるんだよ!」
ほぼ確信を持ってそう叫んだ。その言葉に加賀は騒ぐのをやめてまるで一時停止をしたかのようにピタリと止まった。
あのオニワさんがかくれんぼしているのは間違いなく日和だ。だがそれとは別の事もしていたのだろう。腕がなくなっていた被害者たちのなかに十年前の事件の被害者家族がいたから関連性があると思っていたが、実際はそうではない。殺されていたのは見える家系、拓真の母方と資料で見た御園歩の親、そして見覚えのない苗字の人たち。彼らは全員オニワさんが見える血筋の人間であり、今現在のオニワさんを作り出した直系の人間だ。おそらく彼らもオニワさんと約束をしたのだ。
次のオニワさんを持ってきて、持って来なかったら食べちゃうからね。
祖父母の代なら必死に対策をしたのだろうが琴音の親たちの世代はそこまで真剣にオニワさんに関わっていない。時代と共にただの言い伝えだろうと興味をなくし疎かにしていた結果だ。
そしてそれを疎かにしてはいけないと、オニワさんは本当にいるのだと確信を持っているのは今目の前にいる男。その証拠に今琴音が叫んだ内容は確実に衝撃を与えている。
「あんただって見えるんでしょ、昨日から影がそこら中をうろうろしてるけどよくフラフラ歩いてられるね。そんなに死にたいわけ?」
嫌味を込めて笑いながらそういえば先程とは打って変わって顔色を白くした加賀が周囲を見渡す。琴音の目から見ても今あの影はいない。だが、先ほど間違いなく加賀の真後ろからずっと加賀を見ていた。
「死にたいんだったら、早く死ねよ。そこに突っ立ってればあと十分ぐらいで死ねるんじゃないの。さっきアンタの事じいっと見てたから。どんな約束したの? 期限守ってる? ちゃんと次のオニワさん用意した? ああ、望月日和が次のオニワさんだっけ? でもあの影がウロウロしてるってことは認められてないってことでしょ」
認められてない。その言葉に加賀は悲鳴を上げた。
「まさか、あの馬鹿! 手順を守れとあれほど言ったのに!」
望月日和が殺害されいまだ行方不明であり、腕を祀られた理由。次のオニワさんを作るために他ならない。しかし、オニワさんの存在を信じていなかったとしたら、ただ殺す欲求を満たしただけだとしたら、正しい手順で次のオニワさんを用意していない。




