2 加賀との対峙
探しながら考える。なぜ日和自身を丸々忘れてしまったのか。事件のショックで忘れるのなら殺害現場だけを、事件当日の事だけを忘れているはずなのに。実際に拓真達の事は覚えている。どんなことを話してどんな遊びをしていたのか。それなのに日和の事だけはまるっきり覚えていなかった。出会って間もなかったとはいっても四ヶ月も一緒にいたのに全く覚えていないと言うのは不可解だ。事件の事は確かに忘れたくて忘れた。しかしたった一人の人物を、その人だけを丸ごと忘れてしまうというのがどうしても腑に落ちない。
それはきっと忘れろと言っていたあの声だ。事件の後精神が不安定になっている琴音に忘れることを強要した人物。ここまできたらもう一人しかいない。
加賀。警察の彼なら取り調べと言うことで人払いをして琴音に近づく事は容易にできる。行方不明にしたら事件が長引いてしまうから日和の存在自体をなかったことにしてしまった。イライラした気持ちを鎮め琴音は神社の中を必死に探した。
探せる場所はしらみ潰しに探したが、手がかりらしいものすら見つからない。何を見つければ見つかったことになるのかわからないが、ここにいるかなと目星をつけたところを探すたびに「ここじゃない」という思いがわき起こる。
そしてしばらく時間が経ち所は目ぼしい所は大方探し尽くした。しかしそれは大人になった今の琴音の感覚だ。例えば見れていない場所はまだある。普通だったら入ってはいけない場所、祭りの道具が仕舞われていると思われる物置の中や関係者でなければ開けてはいけない場所。立ち入り禁止と書かれているほど大人は入らないが子供は入っていくものだ。日和は最初加賀たちから逃げて隠れていた。結局探しに来なかったと言っていたが、大人に見つからなさそうな場所を選んでいたんだろうと思う。
それは例えば、一度入ってしまったら見つかった時逃げ道がない場所は避けていたのではないだろうか。見つかってもすぐ逃げられる場所、ある程度広い場所であるはずだ。
時計を見れば探し始めてすでに二時間経っている。次第に焦ってくるが諦めることだけはしたくない。もう一度最初から、見落としているところがあるのではないか。スマホの画面を見ながら考えていると端にチラリと黒い影が見えた気がして咄嗟にしゃがんでいた。草が腰の高さほど伸びていてしゃがむと完全に見えなくなる。そっと草生かき分け影が見えた方向注意深く見てみると黒いものがもぞもぞと動いているのは遠くに見えた。影が動いても草はかさかさという音がならない。近づいてきているのか離れているのかがわかりにくい。
じっと見つめていると影が突然来消え別の場所に移動している。まただ、またあの移動の仕方。次にどこに行くのかが分からないのでいきなり真後ろに立っていたと言うことも考えられる。緊張しながら必死に目で影の移動先を追っていく。
あのオニワさんは十年前からずっとかくれんぼをしていることになる。いくら探しても日和が見つからない。あのオニワさんが探すのが下手だったとしてもなかなか見つからないとなると本当に意外な場所に隠れているとしか思えない。この村に来てからあちこちに見かけていたオニワさんは他の場所はもう探し尽くしているはず。
突然影が消えた。ここを探すの諦めたのだろうかと思ったが、スマホにメッセージが入る。
「加賀が来る」
笹木のメッセージを見て自分も一度本殿に戻ろうと立ち上がった時遠くに人影が見えてもう一度しゃがんだ。オニワさんではない、住民だろう。
中年の男性で真っ直ぐ神社に向かっている。まさか、あの男が加賀だろうか。遠いので顔はよく見えないが弱々しい印象はない。背も高く雰囲気は強めな印象だ。ぶつぶつと割と大きな声で何かをぼやいているように聞こえる。
――先程消えた影、まさか加賀がきたから消えた?
雑木林の時も人が来たら消えた。かくれんぼなどに密かに紛れている存在だから、他の存在がいる時は逃げてしまうのかもしれない。それか、この村の人間が嫌いか。いや、大人が嫌いなのかもしれない。特別な家系でありながらオニワさんにさせられた子、どんな事情があったのか知らないが、村から出ることができず存在し続けなければいけないのは苦痛でしかない。
笹木から電話がきたので通話を押し、スマホからワイヤレスイヤホンに音を飛ばし会話を聞く準備を整える。
なるべく本殿に近づいて様子を伺うと笹木は本殿の扉の前で腰掛けていた。本殿には木でできた階段があり、そこを登って本殿に上がるようになっている。笹木が腰かけているのは階段の一番上の段だ。そこに先程の男がやってくる。やはりあれが加賀だ。
「お前か、ふざけた手紙を置いたのは」
イヤホンから会話が聞こえる。加賀の声は低く、喋り方もドスが効いているような印象だ。気が弱い人間は苦手なタイプだろう。警察がヤクザのような喋り方でどうするんだと言ってやりたい。笹木は、どう出るのだろうか。
「せっかくの長期休暇中に悪いな、酒は抜けたかチンピラ警察」
「ああ!?」
まわりこんで加賀の顔を見る。見覚えはないが少し顔が赤いので今日も飲んでいるのだろう。家に帰って紙を見て怒りのままここに来たようだ。笹木は相手が酔っているとわかりまともな話し合いは諦めたようだ。この時間まで飲んでいたとなると相当荒れているのだろうということがわかる。
「村の人間じゃないな、誰だ」
「十年前お前の息子に殺された子供の父親だよ」
「またその話か。妄想に取り付かれた奴らがそんな噂をしてた時期があったな。面白そうなネタだから小説でも書いて売ったらどうだ」
加賀の言葉に琴音は思わず顔をしかめた。先程の義理の父親も酷かったが加賀はもっと最悪なタイプだ。権力もあり逆らう者がいないとこんな人間になるのかと馬鹿馬鹿しさしかない。加賀の挑発に笹木は乗ることなく持っていたタブレットを操作しているようだ。
「加賀清春、二十五歳、小学生の時から引きこもりで十七歳で都心に出た。定職につかず軽犯罪で飯を食って生きている。詐欺容疑五回、恐喝四回、スリと万引きは数え切れない位だから割愛でいいよな。逮捕歴は随分と回数が多いが立件されたのはゼロ、警察のパパが全部揉み消してくれたみたいだ。そのパパは今仲間と思っていた奴らに嵌められて優雅にド田舎で長期バカンスの最中、違う点があったら訂正してくれ」
「……」
「威嚇してるチンパンジーみたいに無駄にでかい声で喋るな、この距離だから聞こえてる。まだ酔いが覚めないんだったらもうちょっと追加情報言うか? 加賀清春の同年代の奴に聞いた頭のいかれたサイコパス野郎について」
もったいぶらずにいきなり核心を言う笹木。相手は一人とは言え荒事に慣れ訓練を受けている現役の警察だ。いきなり笹木に襲い掛かったりしないかと内心ヒヤヒヤする。
「お前のお友達の長崎と小谷な、内部調査に協力してくれた礼に昇進するらしい。お前が復帰したら同僚になってるからおめでとうって言ってやってくれ、お前降格になってるだろうから」
「……なるほど? で?」
先ほどまでは大きな態度だった加賀の声のトーンが下がった。ここで怒り散らしていたら扱いやすい奴だと思ったが、そこを長年警察に勤めているだけの事はある。感情を理性で制することができるのだ。




