1 それぞれのやるべきことを
焦点が合わない景色をぼんやりと見つめる。しばらく考えた後それが天井だということにようやく気がついた。数回まばたきをしてわずかに体を動かすと近くでノートパソコンを操作していた笹木がチラリと琴音を見た。
「気分は」
なぜ目覚めに気分を聞かれたのかがわからず無言でいると笹木はスマホの画面を見せる。そこに表示されていたのは十二時五十八分。それを理解した瞬間一気に目が覚めた。
「昼!?」
「その様子だと問題はなさそうだな。なんでこの時間に起きたのか自分でわかってるか」
真剣な顔で聞いてくる笹木に琴音は嫌な予感がしながらも正直に首を振った。
「朝起こそうとしたら声をかけても体揺すっても起きなかった。何か寝言を言っていたから聞いてみたら、どうも夢の中であの日のかくれんぼをやっているようだった。先輩に電話して聞いたら、無理やり起こすなと言われた」
言われてみれば確かに何か夢を見ていたような気がする。しかし残念ながら内容が全く思い出せない。こんなに時間を無駄にしておきながら内容思い出せないなど、よりにもよってなんでこんなタイミングでと焦燥感が募る。
「自己嫌悪に陥ってるところ悪いが現状説明するぞ。朝一加賀の家に何人か訪ねて来ていないのかと騒いで帰っていたが、その中の声に元嫁の親父もいたみたいだ」
加賀の家に仕込んできたと言う盗聴器。ここからでも十分音を拾えたらしい。
「昨日はあれから見える血筋の連中が会議をして加賀の家に突撃する結論に至ったみたいだな、結局加賀はまだ帰ってきてないが」
「なんで加賀の家?」
「連中の会話では加賀なら解決できるはずだ、みたいなことを言っていた。加賀家しか持っていない何らかの情報があるみたいだ。だからこの村の連中、特に見える家の連中は加賀に逆らえないみたいだ」
「ああ、ピラミッドの頂点にいるってこと」
それなら彼らの怒りも当然だ。不審死が起きて加賀から何か指示があって従っていたのなら、こんなことになってどういう事だと詰め寄るのは自然な流れだ。不満が溜まっていたのならなおさら。
「この状況は使える。おそらくこの村で加賀の味方はいないはずだ。興信所にはもう一仕事してもらっている。うまくいけば加賀の口を滑らせることに誘導できるかもしれない」
「具体的にどうするの」
「どれだけ詰め寄っても物的証拠がないんじゃかわされるだけだ。だったら完璧に事件を隠せていると思っている部分を違う形で壊すしかない。具体的には加賀清春の証言を手に入れたってことにする」
「そんなのどうやって……あ、サトさん?」
「その通り。加賀清春本人と会うことができなかったが奴を知っている人物から聞き取りをしてもらっていた。この人物は清春に裏切られた時のために詐欺の電話をかけてるときの音声を録音していたらしい。その時の声の特徴や喋り方をサト君に真似してもらって録音を頼んだ。わざと性能の悪い録音器具を使った風を装って声質をちょっといじる。少し感情的になればますます本人だとは気づきにくくなるはずだ」
その手法になんとなく心当たりがあった琴音はなるほどと納得した。
「振り込め詐欺っぽい」
「まんま、その通りだよ、やり方を教えたことがあるが俺はやったことない」
なんだか聞いてはいけないものを聞いたきがしたが、そういえばマルチ商法でだいぶ稼いでいたと自己紹介をしていたことを思い出した。昨夜はまともな人なんだろうと思ったが、やはりそれなりにはろくでなしだったのだなと思う。
「結構難しい賭けだね。それだけ言ってもやっぱり他人と息子の声の区別ぐらいがつくと思うけど」
「世の中そういう考えを持っている人間がごまんといる中で詐欺が減っていない時点で答えは出てるようなもんだ。手は打つ、冷静な判断ができない位怒りを煽って追い詰められている状況を理解させて精神的にボロボロにすれば気づかないだろう」
淡々と喋ってはいるが心なしかちょっと楽しそうに見える。ワクワクと楽しそうな方ではない、無表情になっていたときのあの雰囲気だ。今までが冷静な人だっただけにこの人の歯止めが効かなくなったらどうすれば良いのだろうと少し心配になる。
元妻や琴音にも感情的になることがあった。一番核心に触れる人物を前に笹木は冷静でいられるだろうか。
「加賀の家には貼り紙をしておいた。当初の予定通り煽り文を書いて神社に来いって。仲間がいると面倒だと思ってたが昨日の様子だと仲間がいなさそうだからな」
「どこかで飲んだくれてるんだったら二日酔いの状態で来るかもね」
「それもプラスされておいて欲しい要素の一つだな。君には悪いがそこの腕は使わせてもらう。追い詰めるために必要だ」
その言葉に琴音は一瞬迷った。できればこのままそっとしておきたいし、全てが終わったら弔ってあげたいと思っている。誰も触らず全てが終わるまでこのままにしておきたかった。しかし笹木が加賀をどう追い詰めるのかわからないし、今の笹木は否定をさせない強い雰囲気がある。おそらく今何を言っても彼は絶対に譲らない。使うと宣言をしたことが彼なりの最大限の譲歩だ。
「わかった。まさか壊さないよね」
「それは加賀の出方次第だな」
冷たい声だった。琴音はそれ以上何も言えなくなってしまう。それに気づいた笹木は画面から目を離さないまま何でもないことのように言った。
「骨は骨だ。埋葬しようが木箱に入っていようが何も変わらない。拓真の骨だってさんざん俺は騒いだが拓真がそこにいるわけじゃない」
たっぷり数十秒間が空いた。しかしそれでも琴音は自分の考えを口にする。考えている事はちゃんと口に出さないとわからないと拓真に昔言われたからだ。
「私はその考えよくわからない。まだ何かに縋っていたいから」
「……それが普通だ」
チラリと笹木の顔を見ればどこか憂いの表情だった。
軽く食事をして琴音は意を決して本殿から出て日和を探すことにした。範囲は神社の中のはずだ。他の場所、公園や竹林だったら他の子のように目立つ形で殺されているはずだ。オニワさんに見つかるリスクが高いがこのまま何もせず入ることができない。加賀の話はあくまで犯人が加賀清春ということを確認するためのもの。琴音はオニワさんより先に日和を見つけなければいけないのだから。
日和はかくれんぼが一番上手かったはずだ。普通に探したのでは絶対に見つからない、そんな気がした。その話を聞いた笹木は一度作業を止めて声をかける。
「俺はかくれんぼで遊んできたことがないからアドバイスはできないが、子供の目線になることを忘れるな」
「そっか、私も身長伸びてるし大人目線で探しても見つからない。子供の目線なら普通じゃ気がつかない隠れ場所があるかも」
当時はそれでも見つからなかったのだが、笹木が声をかけてくれなければ普通に探そうとしていた。
「俺は加賀を捜して動き回るわけにはいかない、不審者がいるって騒がれるからな。加賀が戻ったら連絡を入れるから、くれぐれも音を切っといてくれよ」
かくれんぼをしているときに音が鳴ったらたまらない。連絡が来たらわかるようにバイブレーション設定にしていたがそれも全て切った。
「じゃあ行ってくる」
琴音は本殿から出て周囲を確認しながら走り出した。
子供が隠れられる場所なら建物の屋根の上などは行けないはずだ。あくまで物の影、何かの中。もっと日和のことを思い出せていれば彼女の隠れ方の特徴がわかって探しやすいのかもしれないが、今は何も手がかりがない。わかっているのはそんな所に隠れ場所があったのか、と驚くような場所を日和は見つけるのが上手かったということだ。こんな所にいるわけがない、こんな所には隠れられない、そんな思い込みを利用した隠れ方をしていたのだと思う。
神社は人が住んでいない割にそれなりに広い。鳥居、灯篭、手水、一通りのものは揃っているようだ。まさかそれらの影に隠れるだけなど単純なものでは無いだろうと無視して神社の端の方から探していく。




