5 祀られている腕
じゃり、じゃり。神社の地面には一応玉砂利が敷き詰められている、草が生え放題なので見た目は悪いが。それでもこの音は砂利を踏む音だ。笹木も一応琴音と一緒に扉に張り付いてはいるが、不思議そうな顔をしている。
――笹木には、聞こえていない。
じゃり、という音はゆっくりと本殿を一周しているようだ。しかし中に入って来る様子はない。本殿に入れないというのは本当らしい。しかし、入れなくても「見つかって」しまったら終わりだ。歯を食いしばり、必死に音を立てないよう音が去るのを待ち続ける。
じゃり、という音が止まった。心臓がバクバクと鳴り、息が荒くなりそうなのを手で押さえて必死にやり過ごす。
砂利を踏みしめる音は徐々に遠ざかって行った。完全に聞こえなくなったのを確認し、口から手を放して大きく息をつく。
「もう大丈夫……」
「事情を知らなきゃ完全に不審者だ」
「何も聞こえてないんだ、やっぱり」
「俺には君がいきなり慌て始めた様子だけしかわからなかった」
改めて二人は木箱の中身を見る。それは確かに子供の腕の骨だった。笹木がライトで照らして注意深く観察する。
「火葬された様子はない、そのままの腕の骨だ。専門家じゃないから詳しいことはわからないが」
「本当に腕があったんだ。ちゃんと祀られてた」
不気味なものだというのに笹木は気にした様子もなく腕の骨を持ち上げると隅々まで観察をする。祟られたりしないか、と不安になったが笹木はそういった事は気にしない性格のようだ。そして木箱にそっと戻すとポツリとつぶやいた。
「新しいな」
「え?」
「骨が新しい。遥か昔から祀っているものならもっと古いはずだ」
そう言われて恐る恐る骨を手に取ってみた。骨の古い新しいはもちろんわからないのだが、確かにその骨はしっかりしていて形が崩れていることも変色していることもない。
「それほどきれいじゃない状態だっていうのは村人たちが何らかの後ろめたい事から雑に扱っていると考えても、この骨がここに入れられたのはそんなに昔のことじゃない」
何か含みのある言い方に疑問を感じたがすぐに思い立って思わず大きな声が出そうになった。咄嗟に声を抑えられたのは自分が今かくれんぼの最中だというのを常に頭に置いていたからだ。息を殺して小さな声で言った。
「嘘でしょ。まさか、そんなこと」
「あくまで可能性の話だ。この腕が望月日和だって事はな」
はっきりと言われ琴音の体が震える。確かにそれが一番今のところ可能性は高く辻褄も合う。行方不明、遺体も見つかっていない。しかしそうなると日和はオニワさんに見つかって食べられてしまったわけではないということになる。
「加賀清春がヒヨちゃんを殺して腕だけここに納めたっていうこと」
「俺は犯人説を推してるからその考えに至っただけだ。もともと加賀の家に引き取られたという話だし虐待を受けていた。望月日和は加賀清春の残虐な一面をしていた可能性は充分ある。それは逆に引き取った少女が自分の本当の性格を知ってしまっている、と加賀清春もわかっていたはずだ。殺す動機と見つからないように細工するのもおかしなことじゃない」
腕の処理が雑なこと、絶対に見つからない場所であること、たとえ見つかっても村の者たちが必死に隠しDNA鑑定などを拒否することができる。そんな最適の隠し場所はオニワさんの伝説を利用してここに置いておくことだ。
「他の、体は」
「まさか同じ場所に置いておかないだろう。これだけ自然の多い場所だ、いくらでも捨てられる場所がある。頭がいかれていると思えばバラバラにされている可能性が高い。……大丈夫か」
自分の友人がどんな状態になってしまったのか目の前に突きつけられるのはとても辛いことだ。必要なことだから笹木は話していたが琴音にとって辛い事だというのもわかっている。
「フラッシュバックとかは無いから大丈夫。精神的に大丈夫かって聞かれるとあんまり大丈夫じゃない」
気がついたら自分で額を撫でていた。さすがに今までのようにすぐに気分が良くなると言う事はないが冷静さを取り戻せたと思う。自分でも不思議に思う、何故こうすると落ち着くのだろう。
「この腕は後で警察に連絡するとして。問題は本来のオニワさんの腕がないって事だ」
オニワさんの腕がない。もともとなかったか捨てられてしまったのか。それは加賀清春にしかわからない。たとえ以前本当にあったのだとしても探すのは困難だ。
「もともとなかったとか……」
目の前の事実に険しい表情する琴音と違い笹木は冷静にどうだろうなったと言った。
「山上の意見を参考にするならオニワさんの封印は十年前とっくに解かれていたことになる。約束が果たされているのかいないのかわからんが、今君がやらなきゃいけないのは望月日和を巻き込んだかくれんぼを終わらせることだけだ」
それはあくまでオニワさんとの約束が腕を持ってくる、あるいは本殿の中から腕を出して封印を解くことであった場合だ。約束が達成されていて初めてかくれんぼに集中できる。そこまで考えて思わず笹木の顔を見た。
「つまりヒヨちゃんはまだオニワさんに見つかってないってことだよね、まだあいつがうろついてるなら」
「たぶんな。君もかくれんぼの対象とは言ってもオニワさんが見つけたいのは望月日和のはずだ」
かくれんぼをしようと仕切り直したのは日和だ。あの会話は二人の一騎打ちのような状況だった。
「あのオニワさんは人を食う。君が望月日和を救いたいなら」
「絶対あいつより先に見つける。でも」
見つかったら食べられてしまう、日和の遺骨が。腕はひとまず安全だ、アレは本殿の中には入れない。だが腕を見つけた所で本当に「見つけた」とはならないだろう。
「この村の中から探さなきゃいけないの、明日までに。難しすぎる」
しかも体のパーツ全て同じ場所にはないだろうと先ほど推測したばかりだ、オニワさんから隠れながらできるかと言われると難しいどころの話ではない。
「加賀に聞くしかないな、息子相手にするよりこの状況なら親父の方に聞くのが手っ取り早い。それともやるだけのことはやってみる精神で探してみるか?」
そこまで言われて琴音は考え込む。何か違和感があった。うまく言えないが、何かがちがう。
「探す、本当にそうなのかな。ばらばらになったヒヨちゃんを?」
「というと?」
「なんだろう、私たちってかくれんぼしてるはずなんだよ、宝探しじゃない。誰々ちゃんみっけ、みたいな。その人を探してるっていうか」
その人の靴や身につけてきたものを見つけても「見つけた」ことにはならない。もし五体バラバラになっていたら五箇所すべてみつけた、とやらなければいけなくなる。それはおかしいことだ、人は一人なのだから。同じ人間を五回見つけた、なんて遊び方普通はしない。
「理屈はわかるがどうするんだ」
「昔みんながよく隠れてた場所、そこを探して痕跡を見つけるしかない。望み薄いけど、たしかヒヨちゃんは一番かくれんぼ上手かった気がする、いつも最後までみつからなかったの。そんな所に隠れてたの、って所によく隠れてた」
それは賭けだ。隠れていた場所で殺害されなんらかの痕跡がなければ成立しない。そしてそれがオニワさんの判断で「見つけた」ことになるかどうかもわからない。
「加賀に聞くのは、それはそれでやっておきたいけどね。殺人の後処理手伝いしてるだろうから」
「それは最初からやる予定だ。頭に血が上って口を滑らせるのを誘導するしかないな、物的証拠はないはずだ」
時刻は夕方となりつつある。村に着いたのが予定より遅くなった事と、オニワさんから隠れながら移動していたので思ったより時間が経っていた。
「加賀は夜までには家に帰るだろうから俺は車で待機する、あの盗聴器は近くにいないと音が拾えない。君はかくれんぼ続けるか?」
その提案に琴音は考え込んだ。できればそうしたい、時間がないのだ。しかし外は夕暮れ、自分たちがよくかくれんぼをしていた時間だ。夕暮れは明るすぎず暗すぎず、一番視界が悪くなる。ましてや相手は影だ、目の眩みから見間違い、いや、見逃しが起きやすい。
雑木林、伸び切った雑草の中、建物や物の影、そんなところを探していて鉢合わせにでもなったら。しかし恐怖で葛藤している場合だろうかと思考が堂々巡りとなる。
「逢魔時って言葉がある。薄暗い時は普段目に見えない奴らが跋扈するんだそうだ。直感を信じるなら、やめとけ。部が悪すぎる」
黙り込んでしまった琴音に笹木なりに考えた事を伝えた。




