4 かくれんぼ、再開
じっと影の足を見つめる。そのままいなくなる事を願っていたがゆっくりと移動を始めた。影と対角線になるよう琴音も音を立てないように移動する。ぐるりと反対側、助手席側に移動する。影は今運転席側だ。
「あいてる」
この声にビクンと体から震えた。運転席のドアは完全には閉めていない、音を立てられなかったからだ。息を凝らしてじっと足を見ているとふわりと足が浮いていく。
車に乗り込中に乗り込んだ。そう思った瞬間このまま車の影に隠れていてもだめだと頭の中で警鐘が鳴る。車の前方に出たらフロントガラスで丸見えになってしまうので視界が悪いリヤ側にまわり、体勢を低くしたままそのまま一気に雑木林に駆け込んだ。チラリと後ろを見るがまだ気づいていないらしく追って来ていない。追ってきてはいないが車の中で黒い何かがもぞもぞと動いている様子が見えた。あまり奥には行かずある程度進んだところで木の影に隠れ車の様子を伺う。相手が見えないところまで逃げてしまったら元も子もない。本来のかくれんぼではやってはいけないが鬼の姿を確認しつつ距離をとって隠れる場所を変えて行く。
荷物を全て車の中に置いてきてしまったが、こうなったときのためにとポケットには単眼鏡持ってきている。それを使って車の方を見てみると影は車の周りをぐるぐると回り立ち止まってまっすぐと雑木林のほうに歩いてきた。伸び放題の雑草や笹は身を隠すにはちょうど良い。
少し恐怖はあるが最初の頃のような得体の知れないものに対するビクビクした気持ちは無い。自分だって昔は散々かくれんぼしてきたのだ、鬼ごっこではないのなら慌てる事は無い。かくれんぼが得意だったわけではないが、いつも最初に見つかっていたというわけでもない。
雑木林の前に立った影は突然消えるとそこから数メートル離れた場所にいきなり立っていた。その様子にぎょっとする。
そうだった、十年前もやっていきなり別の場所に移動していたのだった。いきなり難易度が上がったかくれんぼに少し焦ってくる。
消えたり、現れたり、歩きまわったり。様々な方法で雑木林の中を探し回っている影。琴音も細心の注意を払いながら適度に距離をとりつつ影の目の前には行かないようにうまく逃げていく。
「それでね、私言ってやったのよ。変ですね、これやったのあなたのはずなんですけど、って」
「やだあ、そんなにはっきり言ったの? 川西さん相変わらず度胸あるわあ」
あははは、と中年の女性の笑い声が聞こえる。近くの道を住民が通り掛かったようだ。影の注意がそちらにそれるだろうかと期待してじっと見つめていたが、影が急に消えた。女性たちが通り過ぎた後もしばらく様子を伺っていたが影が現れる事はなかった。何度も周囲を確認しゆっくりと雑木林から出る。
「探してる途中なのに消えた……?」
疑問を感じながら車に戻ろうとすると笹木の車が近づいてくるのが見えた。笹木も琴音に気づきスピードを緩める。
「戻ってきてみたらいないから焦った。現れたのか」
「そう、心臓止まるかと思った。とりあえず撒くのには成功した。いや撒いたと言うよりは向こうがいきなり消えたかな」
言いながら素早く車に乗り込む。オニワさんに見つかりたくはないが住民にも見つかりたくない。その時の状況を説明すると笹木は少し考え込んだ。
「大人か、大きな声が嫌いなのか。逃げ切るためのヒントになるかもしれないが、不確定なことが多いからわからないな」
「オニワさんの情報が少なすぎるから。期待はしない、思い込んで行動して取り返しがつかなくなっても嫌だから。一つ確かなのは、私がいるってことがばれてるってことかな」
はあ、とため息をついて額をぬぐった。いつの間にか汗をかいていたからだ。走り回ったわけではないが緊張から冷や汗がでていた。
「ところでそっちは」
「電話でも話したが留守だったから少し細工しておいた。貼り紙はさすがにやめた、仲間を呼ばれたら厄介だからな」
「細工って?」
「俗に言う盗聴器ってやつだよ。今時は千円でも買える」
これで加賀の動きを少し見張れるようになった。電源につなげられるものでは無いからあまり性能が良くないらしい。それでもこの神社と加賀の家の距離ぐらいなら問題ないだろうと言うことだった。笹木は左耳時にワイヤレスイヤホンをつける。
「予定変更で神社に行く。余所者の俺が村の中を捜しまわるわけにはいかないからな。俺も時間が空いたから何か手伝うが、何をする」
「神社に祀られてる腕、それを確認したい。本当に私が約束したのは腕を持ってくることなのかわからない、でもやれることはやりたい」
「相手の本拠地か。いや、オニワさんは本殿内に入れないんだったか、だったら安置だな」
「入れないのは本殿の中だけ、敷地内はかくれんぼの場だからハイリスクには変わりない」
話しているうちにすぐに神社の近くまで着いた。加賀の家と神社は目と鼻の先だ。誰も使っていなさそうな木々の影に車を停める。
「まず俺が行く、住民が居たら面倒だ、本殿に侵入しようとしてるわけだからな」
笹木は車を降りてドアを少し開けたまま神社に向かった。先ほどの二の舞はごめんだ、琴音もいつでも外に出られるように準備をする。程なくして誰もいないとメッセージがきた。何度も周囲を確認して素早く移動する。神社の裏から入る形となり、舗装されていない獣道を進むとあまり綺麗とは言えない敷地が見えてきた。ゴミが落ちているわけではないが、とにかく植物の伸びがひどい。夏に草刈りをしていない様だ、それも何年も。
笹木は先に本殿の入り口を開けようとしている。琴音はオニワさんと住民が来ないか警戒しながら見張りの役割となった。
笹木は工具を持ってきたらしくゴソゴソと何かをし、入り口の扉を引っ張ると少し開いた。琴音は素早く入り口のほうに向かって駆け出しまず琴音が先に中に入る。笹木も周囲を確認してから中に入り扉を閉めようとした。しかし、生ぬるい風が本殿の中から外へと吹き抜けていく。まるで真夏の日中熱風が吹いているかのように、この時期にはあまりにも自然な暖かい風。それはほんのわずかな隙間から出ていたため風圧からか、すぐに扉を閉めることができなかった。笹木がやや力任せに扉を引っ張ればようやく扉は閉まる。
「何、今の」
「わからん。密閉空間でもあるまいし、陽圧になってとは考えにくい」
本殿の中は先程の風のような気温ではない。むしろひんやりとしていて肌寒い位だ。
あまり大きくない本殿は簡単な装飾と何かの台座のようなものがあるシンプルな作りだった。中に電気は通っていないらしく明かりのようなものは見当たらない。持ってきたスマホのライト機能を使って辺りを照らすと台座の上には古い木箱が載っていた。その周囲にはそれを囲むように正方形に杭がうってあり注連縄で囲まれている。
それに近づき木箱をよく観察するが何か文字を書いてあった特別な事は何もない。意を決して木箱の蓋を開けた。
「……骨」
そこに入っていたのは子供と思われる小さな腕の骨だった。てっきりミイラか何かが入っていると思っていたので意外だ。所々には何かの塊のようなものが付着している。おそらく干からびた肉片だ。生々しいものを想像してしまって思わず顔をしかめてしまうが、祀られているにしてはあまりふさわしくないものだなというのが琴音の感想だった。なんというか、きれいに洗われているわけでもない、雑な印象だ。それは笹木も同じ感想を抱いたようで骨を不審そうに見つめる。
「骨、とは意外だな」
「だよね、普通は」
じゃり、という音が外から聞こえ琴音は黙った。不審そうに琴音を見た笹木に人差し指で口元をおさえ、声を出さないよう伝える。窓などはないので外から見られる心配はないが扉は一部格子状になっている。明るい外からでは暗い中の様子は見えないだろうが、扉の真横に張り付き外から覗かれても絶対に見えない位置についた。




