6 本当にオニワさんの仕業なのか?
するとすぐに笹木が部屋に入って来る。先ほどの激情などなかったかのようにいつも通りの表情だ。琴音を見ると口を開きかけたが琴音が先に言った。
「謝らなくていいから」
「……」
笹木を静かに見つめ、そして眉をハの字にして笑う。
「ろくでもないクソ親父だって思ってる方が、気が楽」
その言葉に笹木は呆れたように息をつき、片桐は小さく吹きだした。
「まあ確かに、謝ったらそれで終わっちまうね。許さなくていいんだよこんな奴」
「はいはい。まあその方が俺も気が楽だからいい」
「お前全部終わったら血祭りな」
「考えておきます」
二人の会話からお互い信頼しているのがわかる。言いたいことは言う、叱るべき時は叱る、相手を信頼しているからこそだ。そんな相手が琴音にも十年前七人いた。ずっと六人だと思っていたが、もう一人いたのだ。
「少しおさらいしていいですか。私、何を言っていたかも知りたいです」
「そうだな。途中から受け答えが途切れ途切れになったから君が何を見たのかこっちも詳しく知りたい」
そこまで言うと笹木は時計を見る。琴音の診療が思ったより長引いたため、もうすぐ助手たちが出勤してくる時間だ。
「俺たちはここで失礼します」
片桐はあまり納得していない様子だが、琴音に自分の携帯番号を渡した。
「もし何かおかしな症状があったらここに連絡して。今回は俺が個人的に請け負った事だから、医院は通さないで連絡が欲しい」
「わかりました。ありがとうございました」
「あとこのバカに何か言われたら連絡していい」
「はい」
「はいはい」
「お前には言ってねえよアホ」
軽く掛け合いをしながら手早く帰り支度を済ませ、見送りは良いと笹木が言って二人で医院を出た。車に乗ってひとまず出発する。
「一旦家まで送るが話もしたい、どうする」
「この時間じゃ店開いてないだろうから、いいよ、どこかの駐車場で」
笹木は少し遠回りをして二十四時間営業のドラッグストアの駐車場に止めた。笹木だけ降りて店に入り、すぐに出てくる。どうやら飲み物を買ってきたらしい。脳みそ使っただろ、とカフェオレを差し出してきたのでありがたく受け取った。一口飲み、深呼吸をする。
「まず確定事項から。君が思い出せなかった子は望月日和、何らかの理由で加賀家に身を寄せていたがどうやら虐待があり竹林のぼろ小屋に避難していた」
「うん。私、昔からずっと一緒に居たんだと思ってたけど違う。七月から十月の四か月だけだったんだ。村の人たちはほとんど認知していなかった。もしかしたら気づいてる人もいたかもしれないけど」
琴音は先ほど見ていた記憶、会話の内容を事細かに覚えていた。催眠にかかっている間だけ覚えていて正常に戻ると忘れてしまう人もいるようだが頭がすっきりと冴えて全て覚えている。
日和を面倒事だと認識していた村の人たちは事件に関わっているかどうかなど全く興味がなかったのだ。翌週には施設に行くことが決まっていたので施設に行ったんだろうなと思っていたのかもしれない。十年前の事件は実際には被害者六名、生存者一名、そして行方不明者が一名だったのだ。
「拓真と御園歩はオニワさんが見える家系だった。オニワさんを見つけてはいけない、相手にしていけないということを昔から知っていたんだ」
「私もちょっとだけ見える家系だったのかもしれない、今まで気がつかなかっただけで。あと、もしかしたらあの時期にオニワさんが頻繁に出るようになったんじゃないかな、私急に見るようになったし。理由はわからないけど」
琴音の言葉に笹木も少し考え込む。タバコを取り出したがチラリと琴音を見るとそのままタバコをポケットにしまった。
「吸わないの」
「世の中が喫煙者を殺しにかかる勢いで厳しいんでね」
「タバコを吸ったほうがいいアイディアが出るって言うんだったら吸っていいよ。お店でもタバコ吸う人たくさんいたから気にしない」
その言葉に笹木はタバコに気をつけて一口吸った。一応配慮をしたらしく車の窓を開けて外に向かって煙を吐き出す。
「十月は神無月、八百万の神々が出雲大社に出張する月だ。神がいない月、で神無月だからな。山上にいわせれば、神無月は良くないモノが騒ぎを起こしやすい月なんだそうだ」
「あの神社も何かご利益があるって言われてた。神様がいなくなったから、オニワさんが歩き回ってきた?」
「俺はそれを肯定も否定もできない。君の中でとどめていてくれ。二十一日まで特に大きな話はなかったから飛ばすぞ。事件当日、望月日和が翌週には村から出ることが決まった、思い出を作ろうと君達はかくれんぼをすることにした」
「ちょっと待って、今だったら全部覚えてるから一回紙に書き出す、じゃないと忘れちゃう」
カバンからメモ帳を取り出し自分が経験したことを事細かに書いていく。フローチャートのように矢印を使いながら時系列順に書いて笹木に渡した。それを一通り見た笹木が険しい顔で何かを考え始める。
「君は殺害現場を全く見ていないんだな」
「見てない、私が見たのは遺体だけ。駆け付けた時はもうみんな死んでて、オニワさんが傍に立ってた」
「つまりオニワさんがみんなを殺すところも見てないわけだ」
その言葉に琴音は驚いて思わず笹木を見た。
「……言われてみれば確かにそう。オニワさんは死んでる皆を見て、見つけたって言ってた」
あんな光景を見てしまって頭がパニックになったからてっきりオニワさんが一人ひとり殺していったのだと思っていた。しかし笹木の言う通り琴音が見たのはひどい状態で死んでいるみんなの遺体だけ、オニワさんはその近くに立っていただけだ。殺すところを一人も見ていない。
「オニワさんが殺したんじゃない? いやでも普通の人間じゃないんだから何か不思議な力があってもおかしくない」
「その考えを言われると反論できないな、確かめようがないんだ。俺はあくまで犯人が子供たちを殺している説を推してる」
これこそが白黒決着法だ。自分が正しいと思ったことを言い相手の話で矛盾や疑問がある場合はそれをぶつけていく。今のところ二人の言い分に優劣は無い。どちらも矛盾がないからだ。
「催眠療法の時は君が神社に行った後から応答がなくなった。これを見る限りでは御園歩と望月日和の最後がかなり曖昧だな。最後の悲鳴は二人のどちらなのかわかるか」
琴音は頭痛を感じて片手で頭を抑える。映像が鮮明に頭に蘇り心が悲鳴をあげているようだ。たっぷり数秒沈黙になったが笹木は黙って待ってくれていた。
「わからない。私はヒヨちゃんの悲鳴だと思ったんだけど、二人とも声の高さ似てたから」
「生きたまま殺されたという御園歩。口には砂が詰められていたが、もしそれが予想以上に大きな悲鳴だったから黙らせるために詰めたのだとしたら、その悲鳴は御園歩のものである可能性は十分にある。望月日和がどうなったのかわからない以上、まだ結論付けることができないが」
「そこが一番知りたい。ヒヨちゃんは結局あの後どうなったんだろう。……生きてない、とは思うけど……」
公になっていないのなら間違いなく望月日和は死亡している。そしてその遺体はまだ見つかっていない。犯人がいるのなら殺してどこかに捨てられただろうし、オニワさんに見つかってしまったのなら食べられてしまったのだろうか。
「これを見る限り君はオニワさんと別の約束をしている、聞き取れなかったのか思い出せないのかわからないが」
「もう一回治療を受けられないかな、何を約束したのか知りたい」
「無理だ。俺も心理学をかじっていた人間として言わせてもらうと、君はもう二度と催眠やらないほうがいい、アフターケアができないくらい取り返しのつかないところに行ってしまう」
今こうして普通にしゃべれているしフラッシュバックや眩暈などもない。何も問題ないと自分では思っているが、自分以上には専門知識を持っている笹木がそう言うのなら、客観的に見て全く大丈夫では無いようだ。理解はできないが納得するしかない。




