4 十年前、オニワさんに殺されていく
「もう決まったことだからしょうがないよ。今日はさ、思いっきり遊ぼうよ」
暗い雰囲気を打ち壊すかのように日和が明るく言った。皆無理矢理笑いそうしようとテンションを上げる。琴音だけは暗く沈んだ様子でうん、と小さくうなずいた。
「今日は何する?」
「今日は私に決めさせてよ。主役だよ主役」
日和が胸を張って言うと全員あははと笑って大きくうなずいた。日和はしばらくうーんと考えていたが、やがて一つ思いついたと顔を輝かせる。
「今日はかくれんぼにしよう。隠れる場所はいつもよりもっともっと広く、公園とここと神社。もういいかいとまあだだよは聞こえないだろうから百数えたら鬼は探しに行く、どう?」
「いいね、燃えてきた」
「最初に見つかったやつ罰ゲームな」
「罰ゲーム何にする」
「それは鬼が後で考えよ。とりあえずじゃんけんだ」
そして皆が散り散りとなりかくれんぼ始まった。
鬼は誰かな
……
ことねちゃん、僕の声は聞こえてる?
……
「ことちゃん、みーっけ」
「見つかってないよ、だって」
どこからともなくその声が聞こえる。周囲を見渡しても誰もいないというのに。しかし確かに目の端には黒い影が時折スッと横切る。
「誰?」
「みんなもさがさないとね」
聞いたことのない声、友達の誰でもないクラスの誰でもない、知らない子の声だ。
「みつけたら、たべちゃっていいよね」
何度周囲を見渡しても姿が見えない黒い影、食べちゃうと言う言葉に琴音は声の正体にようやく気づいた。
オニワさんだ。オニワさんがかくれんぼに混ざってきたんだ。おばあちゃんたちが言っていた事は本当だった。影は突然消え、数メートル先に立っている。歩く様子などない、突然違う場所に次々と移動していく。それを目で追っていくと、突然消えた。どこだろうときょろきょろ辺りを見回していると、突然耳元で声がした。
「ぼくがみえてるんだ、ことちゃん。みえるんだ、ふうん。わかった」
その言葉にびくりと体を震わせる。拓真達から見てはいけない、見えないふりをしろとあれほど言われていたのに目で追ってしまった。
「もういいかーい」
影が呼びかける。ダメだ、みんなを見つけては、食べちゃダメ。そう言いたいのに体が震える。みんなを助けないと、自分も隠れないと、大変なことになる。
ことねちゃん、僕の言うことが聞こえているかな
……。かくれ、ないと。
走って走ってまずは竹林にたどり着いた。ここには隠れる場所がたくさんある。日和が住んでいる小屋もあるし竹がたくさん生えていて身を隠す場所は多いはずだ。
急いで小屋に隠れようとしたが、小屋の前に何かが転がっている。よく見ればそれは。
「祐介、君?」
ピクリとも動かない、頭の形が少し変わっているそれは間違いなく今日祐介が着ていた服を身に着けていた。頭がある地面は真っ黒に湿っていてそれが一体何なのか理解するのに少し時間がかかった。なぜならそんなに大量に溢れているのを見たことがなかったからだ。もしかして、血? ようやくその考えが出てきた。
大丈夫? なんて声をかけられなかった。どう見ても大丈夫ではないからだ。頭の形が変わっていてその中身が見えているというのに一体何が大丈夫だと言うのか。頭からはみ出ているものを見てしまって、胃の中からごぽ、とせりあがって来るものがある。
遠くから暗い影のようなものが近づいてくる。それを見つけて慌ててしゃがんで草の中に隠れた。恐ろしくて顔を上げることはできないがその影は祐介の近くに歩いてきて止まったのがわかる。そして。
「ゆうすけくん、みーっけ」
影が、面白そうにケラケラと笑いながら言った。あの影は琴音だけでなくみんなを対象にかくれんぼをしている、みんなを見つけようとしている。あいつがやったんだ、祐介くんをあんな風に。
このままではみんな殺されてしまう。みんな普通にかくれんぼをしているはずだ。自分がみんなに教えないと、見つからないように逃げないと、そうしないと大変なことになってしまう。琴音は震える足を無理矢理動かし音を立てないようにしてゆっくりとその場を離れた。
いつもみんなが隠れる場所はなんとなく予想がつく。あの影よりも先に見つけて行かないと。
もう一カ所心当たりがある。同じ竹林の中にある古い井戸の近くに大量にゴミが捨てられているのだ。そのゴミが積み上がっているところ、あそこにいつも誰かが隠れている。ゴミを自分たちで積み替えながらとても狭い場所に入り込んだりもしていた。周りを注意深く見ながらその場所に近づくが、井戸の前に既にあの影がいた。
「しょうたくん、みーっけ」
井戸の中を覗き込んで影がそう言うとあっという間に影はいなくなってしまった。また戻ってこないかしばらく待っていたが、影が戻らないことを確認すると恐る恐る井戸に近づき中を見る。
ひゅうっと大きな音を立てて息を吸っていた。井戸の底には体が少しおかしな方向に曲がりまるでタコのように足が折れ曲がっている翔太がうつぶせの状態でいた。
ハァハァと息が荒くなる。じわじわと目に涙があふれてきた。間に合わなかったのだ、翔太はもう。オニワさんがみんなを見つけるペースの方が少し早い。急がなければみんな殺されてしまう。涙を流しながらそれでもみんなを助けるために琴音は走りだした。
次に向かったのは公園だ。公園には隠れる場所がたくさんあり、二人か三人は絶対にいると思ったのだ。
公園に急いで入ってまず真っ先に目に入ったのは公園の遊具に首を挟まれておかしな方向に首を向けてぶら下がっている晴斗だった。顔は紫色になっている。丁度顔がこちらを向いていて、舌がだらりと口から出て目が半開きだ。かっこいい顔をしていた晴斗の顔とは思えなくて琴音は無意識に自分の髪の毛をぐちゃぐちゃに掴んでいた。今下ろせばまだ助かる、早く助けなきゃと駆け寄ろうとしたが、遊具のすぐ近くにまたあの影がいた。咄嗟に公園入口のフェンスの影に身を隠す。
「はるとくん、みーっけ」
影が再びそう言うとじゃり、じゃり、と音を立てて歩き始める。一瞬で消えた先ほどと違ってゆっくり歩く影におびえながら、音をたてないようにゆっくりとフェンスの外側を回り込んで対角線に移動をする。するとフェンスの隙間から見えた、公園中央に転がっている二人。
「たくまくん、めいちゃん、みーっけ」
信じられない思いでその様子を凝視した。地面に横たわっていたのは遠めに見ても拓真とめいだった。そして、二人は見たことのない服を着ている。おかしい、二人とも今日は白いTシャツだったはずなのに二人ともお揃いなのかと思うほど真っ赤な服を着ている。
いや、違う。あれは血だ。
声を出さないよう必死に口を抑えているが、もう嗚咽が止まらなかった。拓真は一番琴音を気にかけてくれていたみんなのリーダーだった。めいも明るくムードメーカーで積極的に琴音に声をかけてくれていた。
どうして、なんで、私達何も悪い事してないのに。ひっくひっくとしゃくりあげ、歩と日和を探すため四つん這いになって移動する。
いつどこから影が現れるのかわからず、恐怖で頭がどうにかなりそうになりながらも必死に走った。神社だ、あとは神社しかない。神社は公園や竹林以上に隠れられそうな場所が多く難易度が高い。涙と鼻水を袖で拭って隠れられそうな場所を探そうとした。しかし、境内の中に黒い影が見えた。ひっと息をのんで慌てて神社の中にある林の方へと走った。先ほどの影、今まで見てきた影よりかなり大きい。大きくなったり小さくなったりできるのだろうか、わからない。オニワさんの事はほとんど知らない。いつもお年寄りの話を聞き流していたからだ。こんな事ならちゃんと聞いておけばよかった。
パニックになりながら走ると小さな社が見えてきた。その時思い出したのだ、いつだったか拓真と歩、二人に影の事を話した時二人から同じことを言われた。
――もし影が追いかけてきたら、神社の社の中に逃げるんだよ。あの社はね、人しか入れないから。影はあの中に入れないから。




