3 十年前、突然のお別れ
「いつからいるって?」
晴斗が聞くと女の子は七月入ってからと言った。つまり半月以上前から女の子はこの村にいたのだ。それが普通じゃないという事はさすがに琴音たちにもわかる。
「どうしよう、お父さんたちに言ったほうがいいんじゃないかな」
普通じゃない事態に琴音がそう言うと女の子はそれはやめてほしいと言った。
「あの人たちの家に連れ戻されるの嫌だ。うるさいし、叩くし、ご飯もくれない。私の事を探してるかと思ってずっとここに隠れていたけど、そんな様子もないし。ここにいられるんだったら私はここにいたい」
皆困ったようにお互いの顔を見合わせた。この子の話している内容は世間でいう虐待というやつでは無いだろうか、と思ったのだ。親が子供に暴力をふるう、再婚した相手の子供を可愛がることができず殴って殺してしまったというニュースも見たことがあった。
沈黙を破ったのはやはり拓真だった。
「よし、わかった。君がここにいるのは俺たちだけの秘密だ」
「ちょっと、大丈夫なわけないでしょ」
さすがに歩も戸惑った様子で拓真に声をかける。拓真は笑いながらまぁ聞けって、と皆を見渡した。
「本当にこのまま一生黙っているというわけにはいかない。君が悪いんじゃないんだし、どこか他の家に行けないか相談するのはアリじゃん。口うるさいじいさん達じゃだめだ、ややこしくなる。まずは警察とか」
警察、という単語に女の子は反応した。
「やめておいた方がいいよ。私を引き取ってくれたその家の人が警察だから」
「警察って事は、加賀さん?」
女の子の言葉に具体的な名前を言ったのは祐介だった。祐介の父親はこの村の管轄である市役所に勤めている。村の誰がどんな職業についているのか祐介はとても詳しかった。
「よく知ってるね、そのとおり」
「あのオッサンかあ。怒りっぽいし偉そうだし確かにちょっと嫌だね」
あちゃあ、と言った様子で祐介が頭をかく。琴音は加賀とやらは知らないが祐介は知っているようだった。なんでも家が近所で警察と言う職業なのに近隣トラブルが多い方だと言う。ゴミをルール通りに出さない、掃除当番をやらない、地域の行事には顔を出さない。いくら注意をしても向こうは人一倍気が強く怒鳴り返してきて取り付く島もないのだとか。
「じゃ、俺のお父さんに相談してみるよ。市役所だしいろいろ力になってくれると思うから」
祐介の提案に女の子はぱっと顔を輝かせた。
「ほんと? そうしてくれるとすごく嬉しい。やっぱり一人じゃ寂しいし、ご飯もないし、私一生学校に行けないのかと思ってたよ」
「そういえばご飯どうしてたの」
めいが心配そうにそう聞けば、雑草を食べ、悪いと思ったが畑の端の方に捨てられている野菜などをこっそり持ってきていたらしい。畑の隅に置かれている野菜は形が悪く売り物にならないので捨てられているものだ。そんなものをいちいちチェックしたりしないので誰も気づかなかったようだ。そろそろお肉食べたい、という女の子はわかりづらかったが痩せている。
「じゃ、お願いしていい?」
「任せてよ。うちのお父さんヤクザみたい気が強いから、加賀のおっさんにも絶対負けない」
「なにそれ、すごいお父さんだね」
女の子は明るくケラケラと笑い転げる。他のみんなも明るくなった雰囲気にようやく笑顔がこぼれ始めた。そこで琴音はようやく気づいた。
「あ、自己紹介してなかったね。名前なんていうの」
「私? 望月日和。あなたは」
「安東琴音、です」
「ことね、じゃあコッコだね」
にっこり笑って右手を差し出してくる。琴音は迷うことなくその手を掴んで握手をした。他のみんなも次々と自己紹介をして、最後に拓真が高らかに宣言をする。
「よし、日和……ヒヨは今日から俺たちの仲間だ」
「よろしく、ヒヨちゃん」
「よろしくね。なんだかひよこみたい」
日和はぴよぴよ、とひよこの真似をして皆を笑わせた。
ヒヨちゃんとは、そこで初めて会ったんだね
うん。祐介くんのお父さんが何かしてくれるまで他の人には言わないことにしたの。村の人、外から来る人のこと嫌う人が多いから。ヒヨちゃんに何かあったら大変だから。
その日からヒヨちゃんが加わって一緒に遊ぶようになったんだね
うん。どうせお父さんたちは家にいないし、食べ物ちょっとだけ多く持っていってもばれなかった。ヒヨちゃんは最初すごく痩せていたけど、ご飯を食べるようになったらすごく元気になって。スポーツ万能だった拓真くんに並ぶくらい足が速いんだ
一緒に遊んでいたのは公園とかかな?
ううん、それじゃ周りに見つかっちゃうから、だいたいは竹林の中とか、神社。いつもかくれんぼだと思おう、ってなるべく周りに見られないように遊んでた
そうか。それじゃあ夏休みが終わったよ。二学期が始まってヒヨちゃんは学校に来たかな
きてない。加賀のおじさんと祐介くんのお父さんが喧嘩みたいになってヒヨちゃんの家がなかなか決まらないって言ってた
九月になって何か変わったことがある
何もない。みんなで一緒に遊んでた。ヒヨちゃんとは一番仲良くなった、いつも一緒
十月になって何かあったかな
猫が
猫?
みんなで可愛がっていた猫が死んじゃったの。拓真くんたちがお墓を作ってくれた。誰がやったのか全然わかんない。あと。
あと?
最近ね、黒い影をよく見るようになったの
黒い影っていうのは拓真くんと一緒にいた時に見た影かな
そう。はっきり見えないんだけど見る回数が増えてきた。それを拓真くんに言ったら絶対に見ちゃダメだって
その黒い影、一体何なのかな
私も聞いたけど教えてくれなかった。歩ちゃんも、ちょっと慌てた感じで影を見ようとしちゃダメだよって。見えないフリ、知らないふりをしなくちゃダメだよって。私怖くなっちゃって二人の言う通りにしたの
今日は十月二十日だよ。何か変わったことはあるかな
ない。皆と一緒に遊んでる。
じゃあ今日は二十一日だ。学校が終わってみんなで遊んでるよね
うん
その時のことを教えてくれるかな
……
わかるかな?
……
学校が終わりいつものように小屋に向かったのだが、日和は小屋にいなかった。そんなこと一度もなかったので慌てて探しに行こうとしたが、すぐに日和が帰ってきた。しかしいつもの明るい笑顔の日よりは暗く沈んだ顔になっている。
「どうしたの、何かあったの」
拓真たちも心配して駆け寄ってくる。日和は沈んだ表情に何とか笑顔を貼り付けた。
「今日ね、市役所に行ったの。なんかいろんな人たちがいろんな話をしてたんだけど、私、親がいない子供が集まる施設に行くことになったの。すごく遠い所」
「え、いつ?」
「来週だって言ってた」
「来週!?」
拓真たちは声をあげた。日和の身の振り方が難航しているのは知っていたが、まさかそんなに急に話がまとまったとは思っていなかった。特に祐介は一番驚いた様子だ。
「そんな、お父さん何も言ってなかったのに」
「さっきの話し合いに祐のお父さんいなかったから、多分急に決まったんだと思う。祐のお父さんすごくいろいろ頑張ってくれてたの知ってるから。でも祐のお父さんの考えと市役所の考えちょっと合わなかったみたい」
祐介の父親はなんとかこの村か周辺の町で引き取ってくれる人がいないか探してくれていた。しかし村の偏った考え方をする人間が多く勤めている市役所はそんなトラブルの原因となってしまう子供を村に入れることを嫌がったのだ。正確には嫌がった人間が圧力をかけてきたのだろう。
面倒なのでさっさと遠くに追いやる、それでさっさと終わらせようとしたのが拓真たちには分かってしまった。




