2 十年前、あの子との出会い
「じゃあみんな怪我のないように、二学期にまた会いましょう。ちゃんと宿題をやってね、九月一日宿題が提出できなかった人は校庭十周です」
担任の言葉にみんなクスクス笑い宿題サボりの常習犯である拓真がはい、と元気よく返事をした。拓真は運動神経が良いので校庭十周くらいなんて事は無いのだ。一学期の終業式が終わりみんなテンション高く急いで学校を出る。
「昼ご飯食べたら竹藪の前に集合だ。今日こそあのボロ小屋を調べるぞ」
リーダー的な存在である拓真の言葉に全員がおー、と右腕を挙げた。怖いものが嫌いな琴音はあまり乗り気でないので遅れて小さな声でおー、と言いちょっとだけ腕を上げる。
竹藪で遊ぶといつも必ず目に入るボロボロの小屋がある。誰も住んでいなさそうなのだが、先日遊んだ時小屋の中からカタンと小さな音がしたのだ。辺りが暗くなり始めた夕方だったこともあり、皆一斉に逃げ出してしまった。拓真だけは逃げず皆から遅れる形で後からやってきた。拓真がじっと小屋のある方を静かに見つめながら、いつかそこを調べようなと言っていた。
琴音と拓真は帰る方向が同じだ。琴音の家の方が先に着くのでいつも琴音の家まで拓真が一緒に帰っている。拓真は琴音より二歳年上なのでリーダーというよりお兄さんのような人だ。
夏休み楽しみだな、俺新しい遊びいくつか考えてるんだと楽しそうに話していた拓真がふと話を止めてちらりと琴音と反対方向を見る。
「どうしたの」
「……いや、なんでもない」
「誰かいた? お母さんとか?」
「そうじゃないんだけど。どうしようかな、琴ちゃん怖がりだから泣いちゃうかもしれない」
「わ、私だっていつも泣いてるわけじゃないもん」
「ごめんごめん。でもそういう話なんだ。たまにさ、見えちゃうんだよね」
「何が……?」
恐る恐る尋ねた琴音を見て、拓真困ったように笑ったが、すぐにニカッと明るい笑顔に変わる。
「やっぱやめた。琴ちゃん、また後で」
そのまま拓真はおりゃーと叫びながら走っていってしまった。琴音は首をかしげながら家に入った。
基本的にどの家庭も家に帰っても家族は家にない。畑の世話をしたり雑草を刈ったり公民館で何かの打ち合わせをしたり。大人たちはいつも働いている。そのためご飯は自分で用意して勝手に食べて外に遊びに行くのがこの頃では当たり前になっていた。
昼ごはんを食べ終わり集合場所に行くと拓真がおにぎりを食べていた。その様子に琴音は目を丸くする。
「拓真くんご飯食べなかったの」
琴音の言葉に拓真はおにぎりをほおばりながら眉間にシワ寄せて大きくうなずいた。
「家帰ったらじいちゃんが家にいてさ、話に捕まっちゃったんだよね。遊びに行きたくてうずうずしてたら説教が始まっちゃって、ご飯食べてる暇なかった。急いでたから塩むすびしか作れなかったよ」
そういう拓真の持っているおにぎりはお茶碗二杯分ありそうな大きなおにぎりだ。それを小さく笑いながら拓真の近くに座る。
「またオニワさんの話?」
「そうそう、もう何百回も聞いたから聞きたくないんだけど」
お年寄りはオニワさんの話が好きなのか、同じ話を何度も何度もしてくる。琴音の家はそういった事はないが拓真の家と歩の家はまるで挨拶のように幼い頃から何度も聞かせてくるらしい。大変だなぁと思いながら何気なく周囲を見渡したときだった。黒い影のようなものがヒュッと目の端を通り過ぎる。
「あれ、なんだろ」
琴音はキョロキョロと辺りを見回したが誰もいない。
「どうしたの」
「今何か黒いものが動いた気がしたんだけど」
その言葉に拓真は大きく目を見開いた。拓真のそんな表情を見たことがなく、琴音は驚いて思わず拓真の顔を見つめる。
「琴ちゃん、その黒いものって今までも何回か見た?」
「え、ううん、初めて見た」
拓真はおにぎりを食べるのをやめて真剣に何かを考え始める。いつも明るく熱いノリの拓真とは正反対の雰囲気に琴音も思わず黙ってしまう。
「琴ちゃん、これから先その黒いものを見てもじっと見たり探そうとしちゃだめだよ」
「え? えーっと」
戸惑った琴音の様子に、はっとした拓真はいたずらっ子のような笑顔になった。
「多分それおばけだよ。影からこそこそ俺たちを見張ってるのかもしれない」
「こんなに明るいのに?」
「昼間にいるおばけ、略してヒバケ。ちなみに今思いついた」
なにそれ、と琴音が笑うと拓真も笑いながら再びおにぎりを頬張った。続々と集まってくる友達は皆拓真の様子を見ておにぎりデッケー! と大盛り上がりだった。急いで食べ終わった拓真はいざ出陣だ、と言って小屋の方へと走りだした。それに続いて皆も走って小屋に向かう。
竹林は手入れがされておらず竹が生え放題となっているため昼間だというのに薄暗い。全員身一つで来たため、誰も懐中電灯を持っていなかった。
「この小屋っていつからあるんだっけ」
翔太の言葉に、めいはううん、と首をかしげた。
「お父さんに聞いたらね、昔ここに誰か住んでたみたいなんだけどいつの間にかいなくなっちゃったんだって」
「いなくなったって事はやっぱり今は誰も住んでないんだ」
祐介が小屋をじっと見つめながら言った。壁には穴が開いているし今にも崩れ落ちそうな位あちこち朽ちている。
「狸とか何か動物でも住み着いているのかもね」
翔太の言葉に晴斗は笑いながらでもさぁ、と言った。
「昔住んでたって言う人の幽霊が住み着いているかもしれないじゃん」
その言葉に琴音は黙り込んでしまう。めいは明るく笑い飛ばした。
「まあ幽霊だとしても問題ないよ、私幽霊見えないし」
「あ、そっか。霊感ないと幽霊って見えないもんね」
うれしいことに気づいた琴音はようやく笑って皆の会話に混ざる。それを見た皆はそうそう、とうなずくと改めて拓真が仕切り直した。
「じゃあレッツゴー」
小屋の前に立ち扉を開けようとした時だった。中からガタンと大きな音がした。その後に琴音だけでなく皆びくりと体を大きく震わせる。しかし拓真と歩は平然とした様子で、拓真に至っては扉を思いっきり蹴りつけた。すると木が腐っていたのか扉に大きな穴が開いてしまう。
「壊さないでよ」
「しょうがないじゃん、まさかこんなにあっさり壊れると思ってなかったんだよ」
歩の言葉に拓真は特に気にした様子もなく扉を力任せに手前に引っ張った。鍵はかかっておらず扉がギシギシと大きな音を立てながら一人入れる分くらいの隙間が開く。
「勝手にお邪魔しまぁす」
一番乗りは拓真、二番が歩、何かをやる時大体この順番だ。怖がる様子もなくあっさり中に入っていく二人に他のメンバーも続く。こういう時琴音はいつも最後だ。
中に入ると物が転がっていたり埃や砂がそこら中に積もっていたりと荒れた様子だった。床の隙間からは草が生えていて荒れ放題だ。薄暗いのであまりよく見えないがどこに何があるのかくらいはなんとなくわかる。
「幽霊いる?」
「いや、見えないな」
幽霊など最初から信じていないらしい拓真と歩は遠慮なく小屋の中を歩きまわり辺りを見渡していた。祐介たちも小屋の中を探そうと動き始めた時だった。
「出ていけ」
突然そんな声が聞こえ、琴音は悲鳴をあげた。他のみんなもぎょっとした様子だったが、拓真はふふんと余裕の表情だ。
「えー、どうしようかな。もうちょっとここにいたいんだけど」
「出ていけ」
「いやだって言ったらどうする、祟る?」
なんだか楽しそうに会話を始める拓真に琴音は必死に服の裾をつかんでぐいぐいと引っ張った。
「た、拓真くん、もう帰ろうよ。幽霊さん怒ってるよ」
「大丈夫大丈夫」
「でも」
「琴ちゃん大丈夫だよ、幽霊なんかじゃないから」
横から歩も余裕の表情で琴音に話しかけてきた。他のメンバーはさすがに少し怖がっているらしく無言のままだ。
「琴ちゃんが本気で怖がっちゃってるからそろそろやめにしない? 誰だ、知らない声だし村の人じゃないだろ」
拓真がそう言うと奥からカタカタと音がした。拓真の後ろに隠れながら音の方向を見ていると姿を現したのは同じ年くらいの一人の少女だった。それにはさすがにみんなも驚いたらしく、しかも見覚えのない子だったので目を丸くしている。
「せっかくお化けのふりをしたのに。なんでわかったの?」
姿を見せた女の子はショートカットにりんごの柄がプリントされたTシャツ、短パンを履いていた。遠くから見たら一瞬男の子に見えてしまう。
「お化けと人間の区別くらいつくよ」
拓真の後ろに隠れている琴音には拓真の表情は見えなかったが、いつものふざけた様子はなく、声はとても真剣だった。
「変わった特技持ってるんだね」
「それで、誰?」
「ちょっと前からここに住んでるんだよ。本当は別の家に引き取られてきたんだけど、あそこのおじさんとお兄さん、大嫌いだから勝手にここに来ちゃった」
女の子の言葉に全員顔を見合わせる。誰かが引っ越してきたという話は聞いたことがない。特に村の外から来た人間がいる場合は絶対にみんなに知れ渡るはずだ。それにこの子は小学校にも来ていない。全学年が同じクラスで勉強しているのでそれはよくわかっている。




