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オニワさんとかくれんぼ  作者: aqri
十月十九日
21/46

1 催眠療法開始、十年前へ

 早朝マンション前に立っていると一台の車が止まった。運転席の笹木を確認すると助手席に乗り込む。おはよう、などの挨拶をせず笹木の顔を見た。顔色はあまり良くないように見える。


「一昨日からかなりハードだったけど寝られてる?」

「正直睡眠不足だが事故るほどじゃない」

「危ないなと思ったら私が運転するからね」

「できるのか」


 その言葉に琴音は自信満々に答えた。


「免許取ってまだ二か月だしペーパーに決まってるでしょ、車持ってないもん」

「……目が覚めた、行くぞ」


 聞けば診療所まではそれほど遠くないらしい。交通情報をバックサウンド代わりにしながら昨日の話をした。


「小谷の息子な、言い方がいちいち上から目線でいい気分はしなかった。最後は口止め料よこせと言ってきたから、録音してた音聞かせて警察である親父さん交えて脅迫罪が適用されるか確認しようと言ったら追い出されたよ」

「なんだ、お金目的だったんだ」

「話し方が正義感や良心からの情報じゃないなと思ったから録音しといて正解だ。どいつもこいつも油断できない。加賀はこれに輪をかけて手強いと思った方がいい」


 昨日の電話のとき機嫌が悪そうだった理由ではなさそうだ、実際はもっと地雷を踏むような言動が多かったのだろう。例えば拓真に関して何か。


「これから催眠療法で思い出してもらいたいのは君が加賀の息子を見ているかどうか、これだけだ。本人の顔写真がない以上似顔絵の作成となる。だから今日の催眠は君が思い出したいこと中心になるだろう。あらかじめ確認しておきたい、君は何が知りたいんだ」

「私が知りたいのは私が忘れてしまっている子が誰なのか、何の約束をしたのか、後は……あの日何があったのか。私に忘れろと言っているのは誰なのか、何を忘れろと言っているのか。多分今のところはこれくらいだと思う。正直に言っちゃえば不審死が続いてるっていうのはあんまり興味ない」

「わかった、先輩にもそう説明する」


 それからしばらくして診療所に到着し車を駐車場に止めた。正面玄関からではなく裏にまわって裏口をノックすると扉が開き一人の男性が迎え入れる。

 男性は琴音を見ると笑顔で会釈をして笹木に顔を向けると軽くパンチをする。笹木がそれをパシリと受け止め頭を下げる。


「この不良助教授が」

「ガチ不良だった先輩に言われたくないんですけど」


 二人のやりとりに琴音は小さく笑いながら案内されて診療室に入った。笹木の先輩であった男性が片桐と名乗る。


「詳しい話はこのバカから聞いているよ。大変なことに巻き込まれたね。後でボコボコにしておくからムカついたことがあったら全部言ってね」

「今日はよろしくお願いします」


 深々と頭を下げた琴音を見て片桐は真剣な顔で聞いてくる。


「笹木をどこかに放り出しとこうか?」


 笹木がいると何か話しづらい事があるのでは、と気を遣ってくれたようだが琴音は首を振った。


「いえ、頭の回転の速さと物事の整理整頓の仕方は笹木さんが優れています。治療中に気になったことがあるかもしれません。居てくれた方がいいです」

「君がそう言うならそうしよう。治療は俺がやるから口挟むなよ、余計なチャチャ入れたら前歯引っこ抜くぞ」


 後半は笹木に向けて言った。笹木はもちろんですと大きく頷く。笹木の知り合いなだけあって只者じゃないなと思ったが口には出さなかった。催眠治療を受けるということで少しだけ緊張していたが二人のやりとりに緊張がほぐれるの感じる。

 催眠療法について簡単に説明を受けた。様々な方法があるが今回琴音が受けるのは後退催眠といってどんどん過去に遡り、その時間を今経験しているかのような記憶の触り方をするという。深い催眠状態に入るためトラウマ等の心に傷を持っているものに関しては慎重に対応しないといけない難しいケースということだった。


「君の場合お友達が殺されるのを見ている可能性がある。本来であれば催眠をかけるのは医者の立場としてはお薦め出来ない」

「いいんです、私が自分で望んでいる事ですから。私はどうしてもあの日何があったのか知りたいです。その後何があってもあなたを訴えるなどと言う事は絶対にしません」

「訴訟の心配をしているんじゃないよ、君の心配をしているんだ」

「大丈夫です。訴えるなら笹木さんにします」


 笑顔でそう言えば笹木も小さく肩をすくめた。それも全て承知の上ということだろう。片桐は小さくため息をつくと分かったと言って治療始めることにした。


 事件の概要は笹木から聞いていたらしく先ほど車の中で打ち合わせをした内容を片桐に伝える。その内容を見た片桐は十年前の春ごろまで戻す必要がありそうだと言った。


「事件当日ではなくてですか」

「君が気にしているオニワさんとやらを日頃見ていたかも確認しなければいけないし、君が思い出せないもう一人の子ももっと前から記憶を見ていかなければいけない。だから最後に十月二十一日。心を完全に子供に戻して順を追って見ていたほうがいいだろう」


 片桐の丁寧な説明に琴音はわかりましたとうなずいた。じゃあそろそろ始めるよ、と明かりが間接照明に切り替わり琴音はリクライニングチェアに座ってリラックスした。

 音とも音楽とも区別がつかない小さなBGMを聴きながら片桐は簡単な質問等を繰り返す。片桐の抑揚のあるゆったりとした喋り方にだんだん眠気のようなものが沸き起こる。意識がふわふわとして、片桐の言葉を夢うつつの状態で聞いているような、自分でも何を答えているかよくわかっていない状態に入り込む。


 今君は何歳かな

 九歳。


 お友達は誰がいるの

 拓真くん、歩ちゃん、めいちゃん、祐介君、翔太君、ハル君


 今日は何して遊んだ?

 鬼ごっこした。私は足が遅いから普通の鬼ごっこじゃすぐに捕まっちゃう。だから竹林で鬼ごっこするのが楽しい。竹がいっぱい生えててみんな本気で走れないから


 そっか。じゃあ、今日は春休みが始まったよ。お友達といっぱい遊べるね。誰と遊んでるかな

 拓真くん、歩ちゃん、めいちゃん、祐介君、翔太君、ハル君。いつもこの六人と一緒


 春休みが終わって学校が始まったよ。教室に仲の良いお友達は誰がいるかな

 拓真くん、歩ちゃん、めいちゃん、祐介君、翔太君、ハル君


 少し日にちが進むよ、今日から夏休みだ。今日もみんなで一緒に遊ぼうか。誰と遊ぼうかな

 拓真くん、歩ちゃん、めいちゃん、祐介君、翔太君、ハル君


 もうすぐ夏休みが終わっちゃう。思いっきりみんなと遊ぼうね。誰と遊ぼうか

 拓真くん、歩ちゃん、めいちゃん、祐介君、翔太君、ハル君、ヒヨちゃん


 突然追加された最後の一人に笹木の目つきが鋭くなる。片桐も笹木の方をちらりと見て小さく頷いた。学校にもいないとなると二学期からの転校生かと思ったが、夏休みになって突然現れたのならおそらく違う。


 ヒヨちゃんって誰かな

 ヒヨちゃんはずっと村にいたんだって。私たち全然知らなくて、じゃあ一緒に遊ぼうって


 そうなんだ。お友達が一人増えて楽しいね。ちょっと前に戻ろう、今日は一学期が終りだ。みんなとどんな遊びをしてどんなことを話したのか教えてくれるかな

 いいよ。あのね……

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