2 犯人の有力候補、やはり殺人?
おそらく抜鬼に関してはこれ以上得られる情報はない。本来なら村に行って聞いてくるレベルの内容だったはずだ。抜鬼の特徴が書かれた記述まであるのはその特定の家庭だけの秘密となっているはずだ。それを知っていたのだから、山上は本当に鬼の全てを知っているのかもしれない。彼がこれ以上知らないというなら、これ以外の情報はないのだ。
ほんの少し山上が何者なのか気になったが、向こうが琴音に深く言及しなかったのだから探るのは野暮かなと思った。彼は鬼にやたらと詳しい学生、それでいい。
時間も丁度お昼なので学食で昼食を取っていると笹木から今終わったので一度連絡が欲しいとメッセージが入った。しゃべった方が早そうだとその場で電話をかける。
「こっちも終わった」
「……。おかしなフラッシュバックとかはないか、ゲロ吐きそうとかは」
「ないけど。どうかした?」
何だか笹木の声のトーンが低い。何かあったのかと不安になったが笹木はそっけなく返事をした。
「別に。聞いた話が思っていた以上にクソだっただけだ、気にするな」
ああ、怒っているのかと内心溜息をついた。事件を隠蔽したかもしれない人物たちの話を聞きに行ったのだから当然か。この態度の時の笹木とはあまり関わりたくないのが本音だ、どんな言動が琴線に触れるかわからないので気が張って仕方ない。
「こっちはかなり有益な情報があった」
「ほう? 俺と話したときは大した情報なかったけどな。ああそうか、あの時はまだ鬼をまったく信じちゃいなかったから、あいつ話す必要ないと判断したものは言わなかったのか。そりゃそうだな。で?」
先ほど得た情報を詳しく説明すると段々笹木の刺々しい雰囲気が落ち着いてくる。真剣にオニワさんの話を噛み砕いて理解しようとしている。
「つまり君は明日の催眠療法で何が何でも約束を思い出して果たさなきゃいけないわけだ。山上の意見がすべてのような気もするが」
「山上さんも言ってたけどそうとは限らない、とは思うけどなんかそれが答えな気がする。それでそっちは?」
電話の奥からカーナビの声が聞こえる。内容からするともうすぐ高速に乗るようだ。イヤホンマイクで喋っているのだろう。
「念のため聞くけどこの話続けて大丈夫?」
「別に何も問題ないが……ああ、運転中に俺がブチ切れて運転操作を誤るんじゃないかってことか。大丈夫だよ、その時は死ぬのは俺だ」
全然大丈夫じゃないじゃんと思ったが本人がそう言うのならもういいかとそれ以上突っ込まなかった。
「聞いた話をまとめると、加賀が中心となって隠蔽工作のようなものがされたみたいだ。他の二人はうまいこと使われただけって感じだな。特に小谷の親父の方はオニワさんを盲目的に信じているらしく、これ以上事件が騒がれないように火消しに走っていたようだ」
「その小谷って人、山上さんが言っていた見える家系なのかな」
「まぁそうかもしれないな。息子のあの言い方を聞くと息子は見えていないようだが。実の息子じゃないのかもな、どうでもいいが。そうか、話していて今ちょっと思いついた」
「何?」
「もしかしたら見える家系の連中はより一層コミュニティが強いのかもしれない。仲間意識と言うよりはお互いを見張っていると言う意味合いで。本名かどうかは知らないが占い師の結城と言う男はかなりひどい状態で見つかったのだろう? 村を出たって言う裏切りと結城しか知らない何かを聞き出そうとしたのかもしれないな」
占いは当たると評判だった。もしかしたら女の子たちはSNSなどで発信してめぐりめぐって居場所や身元が小谷たちに知られてしまったのかもしれない。
「執拗に頭を殴られているのならどちらかと言うと歪んだ八つ当たりのような印象だな。つまりそれだけ長崎ってやつは気が短いか、精神的に追い詰められているかのどちらかだ」
十年前の事件、オニワさんの事がなんらかの形でまだ何かあるのなら、焦っていると言うことだろうか。
「長崎って人に会ってみる?」
「さすがに現役の警察となると相手にするにはこちらの分が悪すぎる。それに長崎は使いっ走りだ。下手に突っついて情報を与えると他の奴らにも伝わってしまう。ここは当のご本人である加賀に話を聞いた方が一番早い」
そうだった、これらの情報共有の速さは光回線より早いんだった、と思い出した。
「結局犯人ってその加賀って人でいい?」
「小谷の息子はそう言っていたが、俺は違うと思う」
「なんで?」
「もし本当に加賀本人が犯人だったら、もっとうまくやる。証拠なんて残さない、向こうはプロだぞ。一体どういうものが証拠になるのか人一倍詳しいはずだ。騒ぎになるようなやり方だって絶対にしない。という事は別に犯人がいて加賀はそれをかばっていると思うのが自然だ。そう考えると他にも色々と見えてくるものがある」
笹木の言葉に琴音も少し考えてみる。確かに警察という職業柄だったら調べて欲しくないものが何なのかわかっているはずだ。それを絶対に残さないし見つかるようなこともしないはず。そもそも事件の隠蔽と言うことをしなくて済むようにするはずだ。ゲーム感覚で事件を起こし騒がれるのが好きだと言う愉快犯だったとしてもやり方が少し荒い。では誰を庇っているのか。
「加賀の家族構成とかわかる?」
「そこに行き着いたんだったらもうほぼ正解だ。加賀には息子がいる。興信所の調査でもこの息子について報告が上がっているんだ。不登校の引きこもりで同級生はこの息子の顔ほとんど知らないそうだ。ちなみに神社の近所が加賀の家らしいぞ」
もしそうなら琴音たちのこともしょっちゅう見ていたかもしれない。猫の世話をしているところも猫の死体を見て悲しむところも全部。息子については人柄を知っている人物がおらずほんの少しの情報しかなかったとのことだった。不登校の原因は周囲に馴染めず小学三年生からずっと学校に行っていないらしい。当時の同級生が都内の大学に進学していて何とかその人から話を聞くことができたそうだ。性格は自分勝手でわがまま、典型的な横柄なタイプでよくトラブルを起こしていた。しかし保護者が呼び出されたという話を聞いた事はなく、やりたい放題だったらしい。母親は既に家を出ており父は親役の警察、学校からの呼び出しに応じられるほど時間があるわけではない。状況考えるとネグレクトだったのだろう。
ただのトラブルメーカーだったらそのまま学校に来ていたかもしれないが、同級生たちの気は強く、やられたらやり返す気質の者が多くいたため最終的に学校に来なくなった。
「その頃から妙な事が増えたとらしい」
「私たちの猫が死んだみたいな、そういうこと?」
「その通り。物が壊れたり植木が荒らされたり、たまに野良犬や野良猫が死んでいたそうだ。同級生の中では絶対にあいつだよねと噂はされていたが、噂で終わりだ」
かなりの動物好きでなければ真相確かめようとはしない。多分あいつだよねと言ってはいたがそこまで興味があったわけでもなかった。
「聞き取りをしてくれた担当者がかなり機転の利く人で、昨日の報告の時に教えてくれた。口では興味なさそうなことを言っているけれど、少し怯えた様子だったと。実際は加賀の息子、かなり頭が良く何をするかわからない危険な人物だったじゃないかって事だった」
「サイコパスかソシオパスだった、みたいな?」
「ソシオパスを知ってるのはありがたいな、多分そっちだ。家庭の環境と学校生活が原因だろうが、特に対処されなかったのは加賀が警察であることと、村のしがらみが何かあるかもしれない」
反社会的気質であるサイコパスは有名だがソシオパスというものも存在する。両者の違いは先天的か後天的かだ。持って生まれた気質のサイコパスと違い、幼少期の環境によって性格や考え方が変わってしまうのがソシオパスである。いずれにせよ、村の人たちは加賀の息子が怪しいとわかっていたのだ。わかっていて放置していた。
ここまでの話を聞いていると加賀の息子が犯人で、父親である加賀はそれを明るみにしないようにした。同じ村出身の警察を使い有耶無耶にしたということになる。
「これだけ材料揃ってるともう事件解決したようなもんじゃない」
「そうだ、俺はそれでいいが困るのは君だろう」
そうなのだ。これで事件解決をしたら丸く収まってハッピーエンドになるのは琴音以外の者達。思い出せていない子の存在や約束を解明しなくても事件は解決してしまう。
「この状況に反論は?」
「反論って。ああ。白黒解決のあれね。今のところぐうの音も出ないくらい完璧だからしょぼいのしかないけど、殺したのが加賀の息子なら何で今被害者家族が死んでいて、それをその息子のせいだと周囲は考えてないんだ、とか」
「それこそが今のところ俺がぐうの音も出ない要素だ。冷静でありがたい」
これでもう犯人は加賀の息子でいいんじゃないか、と言ってしまったら元も子もない。オニワさんがいるという説を推したいがため無理やり辻褄合わせをしてしまったら本質を見失ってしまう。
「この興信所の人ってかなり優秀そうだね」
「ああ。本来は浮気調査専門らしいが、浮気調査って要するに聞き込みや張り込みだろ。コミュニケーション力や忍耐力、こうだと決めつけない冷静な判断力が必要だ。所長から推薦されただけあってかなり優秀だ。加賀の息子について追加調査を頼んである」
十年前の事件についてはもう古すぎて調査は難しいだろうが、今加賀の息子は何をしているのか、最近の事件であればアリバイを調べることもできるかもしれない。
「明日か」
「ああ。ここまで来たらもうやらないという選択肢はなしだ」
「当たり前でしょ、私だってなしだよそんなの」
「わかった。明日迎えに行く、君の家はもう調べてあるからマンションの前に六時半に待っていてくれ」
「わかった」
電話が切れた。今のところ犯人による凶行というのが濃厚だ。でもオニワさんは絶対にいる、その約束を思い出さなければと強い思いがある。そうなると笹木の目的は犯人逮捕だが琴音の目的は十年前の真相を知る事だ。二人の目的がはっきりと分かれた。
笹木との会話を終えて琴音は山上のある言葉を思い出した。「オニワさんは村から出られない」。と言う事は今まで琴音が見てきた黒い小さな影などはオニワさんではないという事だ。昔の記憶がまるで目の前で起きている事かのように見えていただけということになる。それは声を聞いたなどのフラッシュバックと同じようなものなのだろう。あれは幻覚、現実じゃない。それなら必要以上に怖がる必要もないということがわかり、少しだけ気分が落ち着いた。
すべては明日、一体どのぐらい思い出せるか分からないし思い出した後に精神的苦痛で苦しむかもしれない。思い出さなければよかったと後悔するかもしれない。忘れる治療もできると言っていたので、最悪の場合そちらを頼ることにはなるだろう。
――忘れないでね。
――忘れてごめん、明日思い出すから。