1 協力者による抜鬼の手がかり
朝起きて笹木からの連絡を確認すると、夜に移動したらしく車中泊だったようだ。このまま今日の午前中に小谷と話し、夕方前には戻ると言う。また夕方共有をしたいと明方の三時にメッセージがきていた。笹木はなかなかのハードスケジュールだ。そこに手がかりを掴みかけているという執念を感じる。
琴音の予定は空いている。オニワさんについてもう少し深掘りしたい、何か心当たりはないかと笹木にメッセージを送ると電話がきた。起きていたのかと内心驚く。
「催眠療法前にあまりお勧めはしたくないんだが」
「こっちは命かかってるから。自己責任だからいいでしょ」
「まあ、俺も人のこと言えず無茶な橋渡ろうとしてるからな。あまり強く言えないが。わかった、一人心当たりがいるから訪ねてくれ、向こうには俺から連絡する」
「誰?」
「俺の勤める大学の学生だよ、鬼についてやたらと詳しい。俺の講義を履修してるが、鬼に関しては俺より詳しいかな」
何故そんなピンポイントでそんなことに詳しいのか疑問だが、願ったり叶ったりだ。一旦切るぞ、と連絡を止めて数分後、約束を取り付けたから大学に行くよう指示があった。相手は当然講義中なので、昼休みに会う約束を取り付けてくれたと言う。
笹木から送られた相手の情報を見ると山上タツキ、民俗学専攻、他人に興味関心が薄いので根掘り葉掘りはしてこない、と書かれている。随分とシンプルな情報だ。
大学はそれほど遠くないのでまだ時間には余裕がありそうだ。株の値動きなどをチェックして家事などを片付ける事にした。
約束の場所は大学内にある広いイートインスペースだった。学生が自由に食事をしたりお茶を飲んだり、見れば一般のお客さんも自由に出入りしているようだ。
椅子やテーブルのある場所にはモニュメントのような物が置いてあったり番号が振られており、待ち合わせにしやすい目立つものが置いてある。指定された待ち合わせ場所に行くと一人の男性が本を読みながらモニュメントに寄りかかっていた。細身でTシャツにデニムというシンプルな格好、髪を染めていたりなどもなく派手な見た目ではない。琴音が近づくと声をかけていないのに向こうが顔を上げ、パタンと本を閉じる。
「笹木先生に言われてきた人?」
「はい」
年齢はあちらの方が上だと聞いているので一応敬語で返事をした。お互い名前を言う程度の短い自己紹介をすると山上がこっち、と言って近くの席に座る。琴音が席に着いたのを見て、何か頼むかなどの声かけもなく静かに琴音を見つめて聞いてくる。
「抜鬼について知りたいんだって? 笹木先生の説明、簡潔すぎて何だかよくわからないんだけど」
山上は不審そうな様子も琴音を探るような目線も特になく、至って普通に話しかける。なんとなく笹木と似たタイプでどんな人物なのか今の話だけではわかりにくい。明るくフレンドリーなタイプでは無いだろうなと言うのはわかった。社交辞令や話を広げるのではなく用件を直球で聞いてきて話を進めようとする。初対面の相手には少々とっつきにくい印象を持っている。なるほど、笹木と相性が良さそうな人だ。
「私もかなり短い説明だったのでなんて説明したらいいか」
「無駄話好きじゃないから、知りたいことだけ教えて。それについて俺が知ってることを全部話すから」
琴音は一瞬悩んだがそのまま抜鬼について知っていることを教えてほしいと言った。自分の過去や今やっていることなどは特に彼が知らなくてもわかると思ったのだ。
すると山上は特に資料を広げるでもなく口頭でいいかと聞いてくる。
「スマホで録音していいよ、もしかしたら長くなるかもしれないから後で聞き直してみて」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
「先生からは安東さんに何を伝えたかっていうのは連絡が来ているからそこは省く。俺が知っていることを優先的に言うよ」
琴音がうなずいて録音をスタートさせたスマホを目の前に置いた。それを見た山上は話し出す。
「抜鬼がいると言い伝えられている村があるんだけど、それが存在すると強く信じている人たちがどの年代にも一定数いる。親から子へ行伝えられているからじゃない、実際に見える家系だ」
「見える家系?」
「抜鬼が見える家系。抜鬼は日ごろから村の中にいていろいろな所で見かけるとか。目の端にチラッと映るとか今居たような、ってレベルではっきりとその姿を見ているわけじゃ無いらしいけど。だから言い伝えを信じているんじゃなく実際に自分の目で見ているから抜鬼は存在する、って何代にもわたって信じている」
断言するその言い方に琴音は驚きを隠せなかった。こうなんじゃないか、聞いた話なんだけど、と言うような言い方ではない。実際に自分で見聞きをしているかのような事実を語っているような口調だ。
「この話、笹木さんにはしたんですか」
「一応したけど、要点だけまとめてレポートみたいにしてあげてくれって言うから箇条書きで提出しただけ。質問とかはなかったから納得したんだと思う」
笹木の話を思い出す。拓真がオニワさんはいつも傍にいるということを言っていたのを思い出したのは、山上のこの内容を知ったからではないだろうか。つまり拓真の母親は見える家系だった、と言うことに気づいたのだ。
「抜鬼は色々と制約があるんだ。まずあの村から出られない、神社の敷地の中には入れても本殿や社の中には入れない、活動できるのは夕方から日の入りまでのいわゆる逢魔が時と言われている時だけ。あと何だったかな、いらない情報かもしれないけどあの鬼には特に弱点がなくて死ぬ事は無い。あとどういうわけか複数存在するような感じだけど存在できる抜鬼は常に一人だけだ」
次々と出てくる新しい情報に頭が混乱しながらも最後の言葉がとても気になった。
「抜鬼って複数人いるんですか」
「見える人たちの抜鬼の特徴は年代ごとに少しずつ変わっている。つまり抜鬼は代替わりをするんだよ。何らかの条件があって、それを達成すると前の抜鬼から次の抜鬼が誕生するみたいだ。さすがにその条件は俺にもわからない」
「特徴を記した記録のようなものがあるんですか」
「見える家に代々伝わってる」
そこで一度会話が途切れた。琴音は驚いて次の言葉が見つからない。山上があまりにも詳しすぎることにも驚いたし、こんな短時間で知らないことをたくさん知りすぎたことに頭がついていっていないようだった。笹木が何でもない事のように紹介してきたからてっきり鬼マニアのイメージだったが違う。この人の情報は非常に有益だ。それなら話の進め方を変えなければいけない。
「あの、まだお時間大丈夫ですか」
「次の講義、休講になってたから別に平気だけど」
「少しだけ私の話を聞いてもらっていいですか」
山上が小さく頷くのを見て琴音は十年前の事件をかいつまんで説明し、自分がその村の出身であること、社の中で見つかったこと、何かお約束したけれど忘れてしまっていること、約束を破ったら食べられることを説明した。話を聞いていた山上は琴音の話を聞き終わるとなるほどねと一言言った。
「つまり知りたいのは、これに関わる何か新しい情報がないかってこと?」
「はい……」
「あまり言いたくないであろうことを言ったのなら、俺も言わなくていいかと思っていたことを伝えておくよ」
笹木の言った通り山上はそれってどういうことなんだとか根掘り葉掘り聞いてくることをしない。本当に他人の事情などは興味がないようだった。しかし冷静に確実に琴音が今何を知りたがっているのかを理解し協力してくれるのは本当にありがたい。
「さっきも言ったけど抜鬼は本殿の中に入ることができない。それは自分の腕を封印されている影響があるからだ。多分腕を祀られているから抜鬼は死なないし、村から出ることができないんだと思う」
「じゃあ、腕って本物なんですか」
「俺が知ってる限りではね。君が社の中で見つかったのは抜鬼が社の中に入れないと知っていたからその中に避難したんじゃないかな。後は約束か、約束をする抜鬼はさすがに俺も知らないな。いや、でも……なんとなく予測がついた」
その言葉に琴音は思わず身を乗り出した。
「どういうことですか」
「腕が祀られている、言い換えれば封印されているということだ。だったらその封印を解いて自由の身になりたいと思うのが普通じゃないかな」
それは、つまり。
「私は腕を持ってくる約束をした……?」
「俺が抜鬼ならそういうかな、ってだけ。実際のところはわからない。食べない代わりに腕を持ってくる、それができなかったら結局食べる。十年は最終期限ってところか」
確かに実際はわからない。しかしこの山上の考えはあまりにも的確だ。鬼は社の中に入れない、だったら入れる者に持ってきてもらえばいい。
「約束を軽く見ないないほうがいい」
「え」
「日本は神と化け物の区別が曖昧なところがある。化け物との約束は神との約束、約束を違えればそれが例えどんな約束であったとしても罰を受けるのは約束を破った方だ。食べられると言うのなら事実そうなんだと思う」
その言葉に再び恐怖が体を支配する。あと三日、このまま何もしなければあと三日で自分の命が終わる。それが急に現実味を帯びてきて頭が真っ白になった。
「約束の内容が思い出せないんじゃしょうがないけど、もしさっきの内容そのままだったら、とりあえず腕を持っていけば解決するんじゃないの」
過程がどうであれ、結果が合えば問題ないだろうと山上は言っているのだ。約束の内容を思い出すこと、そしてそれを果たすことが琴音の中で最重要項目になった。
大きく深呼吸をしてまっすぐ山上を見る。山上はこれ以上自分から話せる内容はないと言った。十分すぎる内容を知ることができたので録音を止め深々と頭を下げる。
「貴重なお話しありがとうございました。それに私の話を疑うことなく信じてくれて」
「それはお互い様だよ。この手の話をするとほとんどの人があーはいはい、ってリアクションする。真剣に聞いたのは笹木先生と貴方くらいだ」
そう言うと山上は、じゃあ俺はこれで、と言って席を立った。本当にあっさりしている人だ。それにまるで本当に見てきたかのような言い方をする。空想や妄想を語っているようには聞こえなかった。笹木とは違った冷静なタイプの人なのだろう。おかげで何もできなかった昨夜とは違いかなり確信を突く情報を得ることができたと思う。