6 リフレイン
事件に関しての詳細を具体的結論と共に知ることができる。その事に琴音は私も話を聞きたい、と言おうとしたが言葉が詰まった。本当にそれを望んでいるのだろうか、事件の詳細を見聞きする事を。
「どうした」
「あ、私……」
次の言葉が出てこない。琴音だって事件が解決してくれるに越したことはない。嫌な記憶が多くて遠ざけてきたが友達が死んでしまって悲しかったのは事実だ。事件当事者でありながらほぼ詳細を知らないのだから、知っておく必要はあるはずだ。そのはずなのに、私も、という言葉が出ない。
「結果は俺一人で聞く、君に必ずすべて話す。これは約束する」
「や、くそく……」
――約束だよ。
――忘れないでね。
「聴け」
琴音の額に人差し指をつけてわずかに押された。いつの間にか姿勢が悪くなっていたらしく押されることで顔が真正面を向いた。笹木の顔は真剣だ、あの無表情ではなくあくまで真顔なだけ。こうしてきちんと見てみると確かに拓真の面影がある。
「結果はすべて君に話そう、これだけは信じて欲しい」
「……」
ゆっくりと、信じて欲しいという言葉を反芻する。
「今までの言動でよくそれ言えるね? 信じると思ってんの?」
わずかに眉を寄せて言えば、笹木は小さく笑う。そっと指を放した。押された所をなんとなく手で触ってマッサージをするように擦る。
「信頼関係築かないような態度してきたから、まあ信じるかどうかは任せる」
「今の何?」
「何って程の事はないが。ずっと会話していて気づいた事が一つ。君は特定のキーワードや状況に何かスイッチが入るみたいだ。事件に、君が忘れている何らかの重要な事に関する言葉や動作があるとゾーンに入るな。ただ、何かが邪魔してはっきりと思い出せないようだ」
「何かって」
「白昼夢の話で言っていただろう、思い出さなくていいんだ、と言ってる奴がいる。もし友達が殺されるところを見てしまっていたら精神的ショックが大きい。弱り切ってる時に、例えば親御さんが君を心配して思い出さなくていいと語り掛けたとする。こういう状況は催眠療法に近い環境が整ってる。ゾーンに入った状態だと耳から入る音より目で見た光景を重視するようだから、意識をリセットするために顏を上げさせただけだ」
「指でおでこ押すから、何か怪しいおまじないかと思った」
「他の部位触ったらセクハラになるだろ。指で顎をクイっと上げた方がよかったか?」
「勘弁して」
「俺もだ」
何となく雰囲気が柔らかくなったところで笹木が改めて探偵事務所の結果は自分ひとりで聞くから待っててくれと言った。理由は琴音に事件の先入観や思い込みなしで思い出してもらいたい為と、これ以上はやはり心療内科のケアがないと危険な気がするというのだ。
「俺は学んだだけで専門じゃないから何かあっても対処できない。今回世話になる先輩からも事情説明したらこっぴどく怒られた、君に後遺症が残ったら警察にブチこむからなってな」
「是非そうして欲しいわ」
「それも覚悟の上だ」
半分冗談で言ったのだが笹木の返事は真剣だった。琴音に危険があるかもしれないというのを分かったうえで、それだけの覚悟があるという事に琴音も真剣に考えざるを得ない。
「一応君の決断を聞こうか」
「なにが?」
「今までの話は君にメリットが何もない、嫌な記憶を呼びさますだけで振り回されるわけだろう。全部俺の願望と欲求だけだ。拒否することもできるぞ、何も殺人鬼が君を追いかけてきて殺しにくるわけじゃないんだ。興味を持ってもらうために話を聞くのは君の為、なんて言ったが実際はそこまでじゃない」
このまま何もしなければまた平穏な日々だ、と言っているのだ。確かにそうかもしれない、今までの話からすると琴音は友人たちが殺されるのを見ている可能性が高い。見ないふりと拒否をし続ければまた何事もなく暮らすだけだ。
何事もなく。本当にそうだろうか? 本当に、何もなく過ごせるだろうか。この問いにはもう答えは出ている。無論、否だ。
「このまま私が協力しない、って選択肢もあるんだろうけど協力はする。貴方が会いに来たことと、フラッシュバックや変な影見たのは関係ない。このまま何もしないで二十一日を迎えるのは怖い」
怖い、と自分で言って少し違和感があった。怖い事に嘘はないが、どちらかというとそうしなければいけないという使命感のようなものが大きい気がする。思い出さなくていいと言う声は琴音を気遣った優しい声とは思えなかった。しかし忘れないでね、という声はなんだか懐かしい。その声を思い出そうとすると胸が痛く、友達と喧嘩したままのような胸に何かがつっかえているような気持ち悪さがある。
琴音の返事に笹木は「そうか」と言うとコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「今日の夕方には調査報告の結果を連絡する。さっき言い忘れたが被害者家族の不審死についても興信所で調べてもらっているからこれも共有する。念のため言っとくが、一人で村には行かないでくれよ。それは最終手段だ」
「わかってるよ。行きたくもない、あんなところ」
笹木は解散だ、と言うと伝票を掴み清算に向かった。一緒に出たくないので笹木が出たのを確認してからゆっくりとした動作で店を出た。
今日の午後は特に予定がないので笹木からもらった資料にきちんと目を通そうと思った。自分なりに情報の整理もしたかった。
笹木とはあくまで協力者という関係であって、仲間という立ち位置ではない。刑事ドラマや漫画のようにタッグを組んで互いを支えあいながら行動するバディではない。
夜の店で接客をしてきた琴音はそれなりに対人関係に自信はあったが、笹木はどうにも扱いづらい。おそらく嘘やごまかしの類は全く通用しないだろう。笹木との距離感をどう保つか、そちらも気がかりではあった。
時間はお昼頃になっていた。家に帰っても昼食は何もないのでこのまま何か食べて帰ろうとスマホで周辺を検索する。
女性に人気がありそうなお洒落なカフェに目星をつけてルート検索をして店に向かった。途中で赤信号の交差点に差し掛かり一旦止まる。すぐに信号が青になり歩行者が一斉に横断歩道を渡り始めた。琴音も歩き出そうとしたのだが、横断歩道にはとおりゃんせの音楽が流れていた。今時珍しいなと思いながら一歩踏み出そうとしたのだがふと思い出す。
「とおりゃんせって歌知ってる?」
まただ、また知らない声。
「行きはよいよい帰りは怖い、って歌」
知っている、その会話。とおりゃんせの歌を知らなくて教えてもらったことがある。
「なんで帰りは怖いんだろう」
「帰ってこれないとか」
帰って来れない、その言葉が怖かったのを覚えている。この会話をしたのは一体誰だっただろうか、一番仲の良かった子は。
青信号のとおりゃんせの音が途切れた。信号が点滅して赤に変わりそうになっている。このまま急いで渡るか、次の信号待つか一瞬迷ったが人を掻き分けて急いで渡った。
その人ごみの中に子供の真っ黒い影を見た気がした。ぎくりと体は強張り、一瞬足が止まる。その影を、目を凝らして見ようと周囲を見渡してみるが.急いで信号渡る人たちが駆け足になりうまく見ることができない。
人がはけ誰もいなくなったところで子供の形をした真っ黒い影は琴音の目の前に立っていた。