5 犯人説、オニワさん説両方で調査
琴音自身もう一人いたという思いの方が強い。自分といつも一緒にいてくれた子は気のせいや勘違いではないはずだ。それならそれは一体誰なのか。
「オニワさん、だったりして」
ぽつりと言えば笹木はじっと何かを考える様子だ。彼は何か考え事をすると宙を見つめ静止する癖があるようだ。
あの子が実はオニワさんで、拓真はそれに気づいていたのではないか。それが一番しっくり来る。いつの間にか紛れているというオニワさん。今までの情報からはそれ以外考えられないというくらいぴたりと当てはまる。
「そんなはずないか……」
「君はその考えでいい。俺はもっと違う角度で考える」
「なんか役割分担してるみたいだね?」
先ほどからオニワさんの可能性を潰さないように手をまわしているように思える。それを指摘すると再び笹木は天井を仰いだ。
「俺の、というより大学時代の教授の考え方だ。一つの問題に対して必ず相対する考えで問いかけを十回はしろってね。肯定も否定も結論だ、その工程に議論がされていない結論など価値がない。答えだと思ったものは新たな問い、ゴールだと思ったところがスタート地点。教授が口を酸っぱくして言ってた」
「……もしかして、白黒解決法の事?」
「俺が拓真に教えたんだが拓真から聞いたのか、よく覚えていたな。その通り」
昔拓真から聞いたことがあった。何か一つの問題を解決したい時、白チームと黒チームに分かれる。この二つは正反対の考えでなければいけない。やっていいのは、とにかく相手の考えに対して理由をつけて否定する事。否定された方は相手が納得するよう説明をすること。相手の考えに納得してしまったら正直に相手に伝え、チーム全員納得したら終わりというものだ。その考えがとても大人びていてすごいなと思っていた。
「ディベートの改造版なんだが、自分の考えと正反対のものほど冷静に見られるものだ。好きだと感情補正が入る、事実かどうかじゃなくたぶんこうなんじゃないか、という希望観測が入って来る。それは本質を見失いやすい。人はあら探しの方が得意だからな」
今の状態を整理すると琴音は仲良しグループの中にもう一人いたと考え、オニワさんも存在したのではないかという考えのもとで行動する。笹木はそれを客観的に見ていくという事だ。否定や批判をしてくるかはわからないがそれ自体はいい。あの無表情になるのだけはどうにも苦手だが。
「あと私達がオニワさんをどう思ってたかだっけ。これと言って何も、としか言いようがないんだけど。お年寄りからオニワさんの話何十回もされて耳にタコ出来てたくらい。いるなんて思ってなかったし話題にも出なかった」
「一分でいい、真剣に考えくれるか」
「一分?」
「人間は都合が良い記憶を最初に持ってきがちだ。ギャンブル狂いの奴が周囲の忠告を無視して金を突っ込んで資産ゼロになった時、周囲は止めなかったのかと聞いて素直に言うわけがない。でも本人は嘘をついてるつもりはない、ハナから忠告なんて記憶にとどめてないだけだ」
「私がオニワさんの話を好きじゃなくて忘れてるだけってこともある、って? わかった」
拓真がオニワさんはいると話していた事を考えると確かに話題に上がっていたのかもしれない。集中するために目を閉じて当時の事を振り返る。村の人間からオニワさんの話をされていた時自分は、みんなはどんな反応をしていただろうか。その後公園など場所を移した時その話題はなかっただろうか。特に拓真の反応は? 様々なシーンを思い浮かべていく。
十分満足いくくらいたっぷり考えて目を開いた。時間など計っていないが重要なのは時間ではないのだろう、笹木は真っすぐ琴音を見ている。
「お年寄りがオニワさんの話してる時はやっぱりみんなまたオニワさんの話だ、はいはい、って感じでまともに聞いてなかったし早く遊ぼうってかけっこし始めてた。私たちの中で話題が出ることほぼなかったと思う」
「そうか」
「でも、言われてみれば確かに拓真君はオニワさんの話の時大人しかったかな。拓真は言いたいことははっきり言うタイプで一番ノリが良くて、何か話題が上がった時まず拓真君が何か言ってたと思うけど。そう言えば拓真君がオニワさんをどう思ってるかって聞いたことない」
――オニワさんなんて見たことないよ
ズキンと頭痛を感じ咄嗟に頭をおさえる。
「どうした」
「いや、ちょっと……」
ズキズキと痛むこめかみのあたりをマッサージするようにぐりぐりと押し深呼吸をした。今のは誰の声だっただろう。昔オニワさんの話をしていた時誰かがそう言った気がする。
「オニワさんなんて見たことない、って昔誰かが言ってた。でも誰だっけ……今思い出した声、男か女かもわからない」
「一昨日くらいからあるフラッシュバックか。催眠療法なしでこれ以上は危険かもしれないから一旦過去を探るのはやめておこう」
まただ、また誰だかわからない声。おそらく思い出せない誰かだとは思う。となると、やはりいるのだもう一人。仲が良かった子、思い出せない最後の一人。その子は死んでいないということになる。それなら今一体どこにいるのだろう、急に引っ越したのだろうか。
「そうだ、もし私が思い出せない子がいるなら急に引っ越したとかあるかもしれない」
「写真とかないのか」
「ない、そんなもの撮ってきてこなかった。誰もスマホもカメラも持ってなかったから。学校行事の写真とか、何かあれば」
「その言い方じゃ君は持ってないって事か。俺も当然ないから元嫁の実家にあるか確認する必要はあるな。他の被害者の家はちょっと保留だ、直近で死人が出てるのにちょっとお話いいですか、なんて尋ねたら袋叩きにされかねない」
確かにそうだ。住民はオニワさんの仕業だと信じている者がいると言っていた。被害者やその親族がその信じている側だとしたら余計な事を探って来る余所者は敵でしかない。
「それで、事件のおさらいをしたのはいいとして。笹木さんの今後の予定は?」
「できれば君が催眠療法を受けた後村に行きたい。確認したいのは拓真の骨が本当に元嫁の実家にあるかどうかと、何を知っているのか。今はオニワさんの話に偏っているが、犯人がいる説を俺は強く推してるんでね。そっちの調査をするにしても村に行かなきゃ話にならん」
「手強そうだけど」
「そりゃそうだ、まともに話なんてできないだろうよ、元嫁の家も村の連中もな。だがあんな閉鎖的な村なら犯人がいるとすれば、間違いなく住民の誰かに決まってる。もしかしたら」
すっと笹木が目を細めた。またあの表情だ、何も感情が感じられない冷たい顔。
「犯人の検討がついてて皆がそれを黙ってるって可能性もあるだろ」
この表情をするときはおそらく笹木が感情をあえて押し殺している時。つまり――許しがたいと怒りを通り越して殺気を抑えている時だ。
「まあそんな事するメリットがあるとは思えないからわからんが」
また元の空気に戻り内心琴音は胸をなでおろした。本人は無自覚なのかあえてやっているのか知らないが、あの表情の時と雰囲気は正直心臓に悪い。琴音が大人たちから責められ続けた経験から一回り以上年上の相手が好きではないのも重なって、あの雰囲気の時は何もしゃべらない方がいいのではないかと思ってしまう。笹木がいかに拓真の死を悼み、犯人に……殺意を抱いているのかがわかった。今のところ笹木に良い印象はないが、冷静な人である事と拓真をいかに愛していたかはわかる。拓真が父親の話をしたことがあったかは覚えていないが、少なくとも悪口を聞いた覚えもないので仲は良かったのだと思う。
「催眠療法まであと二日ある。俺は追加調査をするから君は資料に目を通しておいてほしい。何か思い出したこと、フラッシュバックや何かを見たらすべてメモしてくれ、どんな小さなことでもだ」
「わかった。一つ気になってるから聞いていい?」
「なんだ」
「犯人がいるとしたら、そっちは目星というか何か掴んでる? 私はそっちの調査とか、何かやることは?」
「犯人説についは具体的な証拠や資料があるわけじゃない。自分の調査じゃ限界があるからこっちはプロに任せてる」
「プロ?」
「興信所だ、君の調査にも使った所。ここの所長とはもともと知り合いでね。無理を言って最優先で対応に当たってもらってる。これは事件を調べようと決めた時から動いてもらっていて、実は今日の午後会う約束をしている。最終報告だ」