4 もう一人いたはず
「何だろ。例えばお墓に何か不具合があって骨壺を安全な場所に移動したかったとか。でもそれなら笹木さんに知らないって言わないか。移動はしたけど、その理由があまり人に言いたくない内容だった、みたいな」
「今の話でそこまで冷静に考えられるのか、ちょっと意外だった。年の割に冷静なんだな」
持っていたコーヒーを飲む姿は先ほどの無表情ではなく普通の雰囲気だ。その様子にようやく琴音も緊張を解いて飲み物を飲む。
「何点だった、今の答えは」
「点数付けしたかったわけじゃなくどんな考え方をするのかと思ってね。年齢的に納骨や葬儀に深く関わってないだろうから墓についてはほぼ無知だろうとは思ってた。すぐに知らないわからないっていうタイプなのか、検索して調べるのか、自分の考えを言うのか。前二つのどちらかだと思っていた」
「なんだ、そうだったんだ。答えられるものなら答えてみろって言ってるのかと思った」
「それは勿論そうだ。なるほどね、君は大人が嫌いか。そりゃそうだろうな」
わずかに対抗して見せた事を言っているのだろう。琴音の過去を調べてあるなら何故大人が嫌いなのか納得ができる。琴音が夜の店で働くのを選んだのも良い金になるからというのが大きかったが、客をただの「客」と完全に割り切ることができたからだ。例えお金持ちの煌びやかな大人がいたとしても異性として目移りすることが絶対にない。ちやほやすればいくら金を落とすかの客単価で見ていた。それをよくママに注意をされていた、真心で接客しなさいと。客からはわからなかっただろうが、接客のプロだったママには見抜かれていた。態度に出ていたという事だ。今笹木もそれを感じ取り分析した。
「本音を言えば、わからないと言ったら苦労するなとは思っていた。馬鹿に付き合うと時間がかかるからな」
「ああそう。頭の良い方に評価いただいて光栄です」
ふん、と小さく鼻で笑う。笹木は気にした様子もない。嫌味が通じるタイプではないようだ。なるほど確かに、こういうやり取りをいちいちやっていては話が進まない。だからあえて問題を出したのだ、琴音がどんなタイプか見極めて今後の対応を決めるために。何だか掌の上で踊らされているようで気に入らないが。
「模範解答は?」
「俺の考えか、君とおおむね同じだよ。骨壺を取り出したのは元嫁で、しかも墓をきれいに戻してないから慌ててたかどうでもいいか。焦る事情があってそれを俺に知られたくない。そんなの後ろめたい事情しかないだろ、俺に関係ないなら自信もって理由説明するはずだ。知らぬ存ぜぬは探られちゃ困るって事だろ」
一体お骨にどんな後ろめたい事情があるのか想像もつかない。よほどの事情がないとそんなことはしないはずだ。
「仲悪いなら、笹木さんに墓参りをしてほしくないからこっそり他の墓に移動したとか? それを見抜かれて動揺したってことはない?」
「それは俺も考えた。ただその線は薄いな、これはこっちの家庭の事情になるんだが、まず墓の立て直しってのは簡単にはいかないもんだ。檀家って知ってるか」
「あまり詳しくは知らないけど、寺と仲良くする家、みたいなイメージ」
「ほぼそれだ。墓がある寺にお布施とか経済的支援をしたりする地域の風習みたいなもんだ。ギブアンドテイクの関係って言えば聞こえはいいが、要はその土地の墓についてはその土地の寺が独占して管理してるって事だ。競合他社なんているわけないから寺は金やルールを自由に決めることができる、基準がない。墓を壊したい移したいなんて言った日にゃ断罪されるんじゃないかって勢いで揉めるところもある」
「こっわ、何それヤクザじゃん」
「誤解しないで欲しいが土地や寺による。俺の知ってるお寺さんは地域住民に本堂をフィットネスの場として提供してるし住民とカラオケ大会するくらい仲が良い。それに寺にとっては檀家の経済支援は本当に重要なんだ。今は核家族が増えて墓はビルの中で管理する人も増えた、檀家の風習は薄れつつある。必死にもなるさ。まあ話が逸れたがあの土地は典型的な揉めまくる風習の土地だ。そう簡単に墓を移したりはできない。もっと別の、重要な理由があったって事だ。拓真の骨を持ち出したのは」
なるほど、と琴音も納得する。確かにあの土地は都会的な核家族の考え方は通用しない。近所の人間は普通に家に入って来るしプライベートなんてあったものではない。家の鍵をかけていると何かあったのかと聞いてくるほどだ。皆が同じことをするのが良しとされ、一つでも違う事をすれば矯正されるのが顕著だった。
年が上の人間ほど偉く、強い発言力を持っていて琴音の親も外ではニコニコしていたが家に入った途端愚痴を言っていた気がする。
「十年前の事件、その後の家族の不審死、拓真の骨がない、元嫁は何か知ってるっぽい、抜鬼を調べれば調べるほどすっきりしないことがわかる。頭がごちゃごちゃしたからこう考えることにした。殺人犯と抜鬼、二つのパターンで比較しながら調べようってね。抜鬼についてもいるわけないと決めつけないで柔軟に考えることにした」
「そうだ、家族の不審死って?」
これこそが琴音の興味を引いたキーワードだ。そして過去の事件と何らかの繋がりがあるのではないかと思った要因でもある。
「ニュースには大きく取り上げられてないから調べるのは少し手間取っている。わかっているのは被害者の保護者が亡くなっていること、明らかに他殺であること。事件に関係ない人間まで死んでいるようで、それがオニワさんの仕業であると拍車をかけているようだな。まだこれだけだ」
腕がなくなってると言っていた。これだけ見ると猟奇殺人だが地元の住民はオニワさんだと怯えている。
「自宅で亡くなっているだけならまだしも、腕がなくなっている状態で発見されているのは普通じゃない。そこで腕をとられたのか、とられた後に運ばれたのかまだわからないが、リスクが大きすぎる」
「普通ではちょっと考えられないから人間の仕業じゃないって怯えてるってこと?」
「こうなると、何かを隠してるんじゃないかって思うのは当然だろう? 何も後ろめたいことがなければ恐ろしい連続殺人が起きていると考えるのが普通だ。今出せる情報はこれぐらいだな」
後は興信所の調査結果を待つしかない。いずれにせよ、この後笹木が調査結果を確認すること、その翌日に琴音が催眠療法を受けて何を見たのか思い出さなければこの先が進まない。今日できるのは情報のすり合わせ位だ。
「ここで一旦俺の話は区切ろう、今度は君の話だ。夢を見たりいろいろおかしな経験をしたと言っていただろう。同じことの説明になってもいい、詳しく頼む。特に、君たち仲良しグループの中で抜鬼はどんな存在だったのかも聞きたい」
琴音は頷き、一昨日から見ている夢や白昼夢のようなものを説明した。そして夕べ経験した事を詳しく話すと笹木は腕を組んで天井を仰いだ。
「気のせい、と思うには具体的すぎる。アホみたいな事聞くが、君は霊感があったりおかしなものを見る体質じゃないんだよな?」
「違う」
「村でも抜鬼は見てない?」
「見てない、というか信じてなかった。たぶん皆も信じてないよ、抜鬼の話した事ほとんどなかったと思うから」
「きっかけは一昨日、突然十月二十一日を忘れないでという声を聞いた、思い出した? ここはそのまま聞いたということにしておこう。そこから夢、昼に一回、夜に一回遭遇……ここまで来たらいよいよ何かあるな」
「あともう一つ」
わずかに目を伏せて、言おうかどうしようか迷ったがどうしても気になってしまっていることを口にした。
「私、一番仲が良かった子の事がどうしても思い出せない。拓真君じゃない、他の子でもない。いつも一緒に居た子がいたはずなのに。夢でも一人倒れないで残ってる子がいたの、絶対もう一人いたはずなんだけど」
その言葉に笹木はわずかに目を見開き、事件概要の資料を広げた。新聞記事の貼り付けや笹木が調べたであろう文章が載っている。
「被害者はさっき言った六人だ、この他に一人? 間違いないのか?」
「そう言われるとちょっと自信ないけど。仲が良かったっていうのも消去法だし……でも、おかしいよね? 私が覚えてないのは事件当日の事だけでみんなの事を忘れたわけじゃないのに」
「それだけじゃない。それなら話題にならないのはおかしいだろ、まるでこの事件は被害者六人、生存一人ですべてみたいな書き方だ。難を逃れた子がもう一人いるなら君みたいに騒がれるはずだ。事件当時元嫁が何であの子『だけ』助かったんだと言ってたから助かったのは君だけのはずだ」
「じゃあ、やっぱり私の勘違い……?」
「いや、君はもう一人いるという考えでいてくれ、そっちは俺が事件を調べ直す。こういうのは可能性を潰すと間違った方向に進みやすい。どんな些細な事でももしかしたら、って思っていると取りこぼしが少なくなる。さっき自分で言っただろう、何故覚えていないのかと。覚えていない理由を調べるべきだ」