2 抜鬼伝説
「続けるぞ。目的はさっき言った通りとして、そのためにやることは君に催眠療法を受けて貰う。これはさっき先輩に連絡してなんとか受けて貰った。明後日、空いてる時間がないから時間外の早朝だ。現地集合は場所的にきつそうだから俺が車で迎えに行く」
笹木が琴音に封筒を渡した。中身を見ればクリニックの概要と、ホームページからダウンロードできる患者向けのメッセージや注意事項をプリントしたものだった。心的外傷性ストレス障害が起きた際のケアまでわかりやすく書いてある。
「あれから俺も考えた。もし君が本当に遺体を見ているのなら、殺害現場そのものを見ている可能性がある。犯人の顔を見ている可能性が大きい以上催眠療法は絶対だ。だが、そのせいで一生治らない傷を負ってこの先生きなければいけない、という事態は避けたい」
そこは気を遣ってくれるのか、となんだか不可解だ。昨日はショック死されたら困るから、と言っていたがこの手厚い対応はそれに該当するとは思えない。琴音に沈黙から察したらしい笹木が小さく息をついた。
「君は一人の人間で、俺は必要以上の事を強要しているんだから責任は取るさ。事件や君に思うところがあるのは確かだが、君が傷つこうがどうなろうが知ったこっちゃない、と言うつもりはない。それとこれとは話が別だ。被害者だったら何をしても許されるわけじゃない」
別だ、と割り切れるのか。いや、割り切るまでに長い時間を要したのだろう。もともと冷静な性格なのかもしれないが被害者側と客観的立場、両方を兼ね備えた思考ができるのだ、笹木という男は。琴音が事件後どんなことになったのか知っているからというのもあるだろう。
「私が犯人だったら?」
琴音の言葉に笹木は器用に片眉を上げてみせる。おどけたような表情だ。
「そりゃ確かに、その可能性もなくはないな。もしそうなら簀巻きにして警察に届けるだけだ。一応聞くが、その可能性は?」
「ない、動機ないし。事件当日の事覚えてないけど、みんなの事は本当に好きだった」
「だろうな、子供の力じゃ無理だ。思っていた以上に冷静だな、その可能性を自分から示唆するのか」
「一人で生きていくにはあらゆる可能性を自分の頭で考えるしかないから」
「それはそうか」
笹木は持ってきた資料を琴音に手渡した。昨日も見せてもらった笹木がまとめた事件概要だ。昨日はぼんやりした頭で見ていたが今日は落ち着いた気分で見ることができる。
十月二十一日の十七時三十七分、近隣の住民が子供の遺体を発見し警察に通報。周辺を警察が捜索した結果計六名の遺体を発見、生存者一名。生存者は神社の社(境内社と思われるがかなり小さい)の中に意識がない状態で発見された。
・笹木拓真、江西めい 全身をメッタ刺しの状態、死因は出血性ショックによる失血死
・城田祐介 撲殺と思われる 頭蓋骨は著しく破損
・桐生翔太 手足複雑骨折、顔面に多数殴打の跡あり。頸部圧迫跡あり
・御園歩 頭部が切り離された状態で発見
・山内晴斗 公園の遊具に首が挟まれた状態で発見。死因は頸部圧迫による窒息死
改めて見ると本当に酷い。優しく楽しく笑いあっていた友人たちの姿を思い出すと思わず顔を顰めた。
「警察の調査によるとすべて生活反応があった。要するに、生きてるうちにそんな状態にされたってことだ。頭部を切り離された御園歩も例外じゃない」
「生きたまま……? 頭おかしいんじゃないの犯人」
「同感だ。俺としても頭のイカレた犯人が快楽殺人をしたって線であってほしい。遺体はかなりひどい状態だった、手加減なしに思い切りやったってところだろう。俺の見解を入れて説明する」
笹木は資料の中から地図を広げる。遺体発見現場と実際に遺体が見つかった場所、琴音が見つかった場所がすべて書き込まれている。
「拓真、江西めい、山内晴斗は公園で見つかった。城田祐介は公園の隣の林の中、凶器はそばに落ちてた、鉄パイプと掌サイズの石だ。桐生翔太も同じ林の中だが使われなくなった古い井戸の中で発見された。殺されて放り込まれたらしい。そして神社境内で見つかった御園歩、この子が一番ひどいが生きて頭部切断。口には土が詰まっていたそうだ。悲鳴をあげないよう詰められたんだろうが息ができなかっただろうな」
「……」
「遺体が見つかった場所、普段かくれんぼで使っていた覚えは?」
「ある、というよりそこがいつもかくれんぼする場所だった。林はボロボロの空き家みたいなのとか粗大ごみとかたくさんあって結構隠れる所あったし、公園も木とか草とか生え放題だったからよく隠れた」
「それならたぶん間違いない。君らはかくれんぼをしていたところを一人ひとり殺されたんだ。他の子が殺されているとは知らず、隠れているところをいきなり襲われたんだろう。まず人目につきにくい林の中の子たちが殺され、位置関係的に次が公園の三人、最後が神社の御園歩ってのが妥当か。君は御園歩の殺害現場を見てしまって社に隠れたのかもしれない」
「確かに、それならしっくりくるかな。いくら子供相手でも殺すのには時間がかかる、歩ちゃんを殺したところで一人目の遺体が発見されて騒ぎが大きくなったから犯人が逃げたった考えれば、私が助かったのもタイミングが良かったって所かも」
そうなると、明後日の催眠療法は歩の殺害現場を思い出してしまうということだ。生きたまま頭部切断。いくらクリニックにアフターケアが万全に整えられているといっても耐えられるだろうか。
「一応言っておくが、もし君が催眠にかかりやすい体質なら、思い出した後に忘れさせる処置もできる」
「え、できるの?」
「……そっちは先輩に頼むわけにはいかないから、別の奴になる。こっちも大学時代の知り合いだ。請求はバカ高いが、腕は確かだ。精神、心を守るのは何も悪い事じゃない。忘れた方が平穏に生きられるっていうならその選択肢も入れておいてくれ、決めるのは君だ」
「わかった、ありがとう」
軽く頭を下げると笹木は苦笑する。
「君にやろうとしていることを考えれば俺は礼を言われる立場じゃないだろう」
「そうだけど、選択肢をくれてるし私に決定権をくれたでしょ? 村にいた時私の親は話を一切聞かなかったから。言われた通りの事だけしろ、話しかけるな、何もするな、学校以外は外に出るな、部屋から出るな、そんなのばっかり。ああしろこうしろ、っていうより何もしないでじっとしてろって言われ続けたから。だからじっとしてるの嫌い、自分で決めて自分で動きたい」
琴音の言葉に笹木は小さく頷いた。続けて別の資料を琴音に見せる。こちらは何かのコピーなどもあり笹木がまとめたと思われる文書はほぼない。
「こっちはオニワさんの伝説だ。正式名称は抜鬼。この地方、特に村周辺で根強く語り継がれている伝説だな。そもそも俺の専門は民俗学の風土研究だ。こっちの調査の方が簡単だった」
資料を見ると確かにわかりやすくまとまっている。付箋やマーカーが塗られている箇所がある。
「その資料は君にあげるから時間がある時に見てくれ。抜鬼については今口で説明する。抜鬼は鬼の役割となる遊びにいつの間にか紛れ込み子供を食べてしまうという鬼とされている、その代表が鬼ごっこだ。歴史はそう古くない、明治初期くらいからの伝承だそうだ。この時代は口減らしといって、貧しさが故子供を間引くことがされていた」
「口減らしは知ってるけど、それ抜鬼と関係ある?」
「結論から言えば、おそらく抜鬼は口減らしを正当化するための作られた伝承だ。鬼というわけのわからん存在によって子供がいなくなる、殺される。すべては鬼の仕業だ、ってな。屁理屈に思うかもしれないが、当時は死活問題なんだ。それも致し方ないとされる一方、良心の呵責に苛まれてしまう。抜鬼は自分たちの生活と心を守るためにできたシステムの一つなんだ」
確かによくできている。赤ん坊のうちに間引いてしまうなら死んでしまった、で済むがある程度育った子供がいなくなるには理由が必要だ。奉公に出るといっても仕事先があるとは限らない。