一話 異世界転移
一話
目を開けると俺の眼の前には真っ黒な世界が広がっていた。
触れば確かにそこに自分はいるのに、不思議と生きている感じがしない。
コツコツコツと誰かが歩く音が響く。反響しているせいかそれが何処から鳴るものなのか分からない。ただ確かなのはそれが段々と大きくなっているということだけだ。
「……月城彼方さんですね?」
透き通るような、でも甘い声だった。瞬間黒一色の世界が真っ白へとかわり、目の前に少女が現れる。
身長は160くらいの少女だった。歳は俺より若いだろう。夜を宝石にしたような美しい瞳。全体的に白と水色で統一されており、所々に金色に光るアクセサリーをあしらえている。長い金髪は腰辺りまでかかっており、それはまとめられることを知らない。
あどけない顔とは対象的にかっこいい印象を受ける子だ。
「私はテイア、女神です。えーーっと、あなたは死にました。あなたには2つの選択肢があります。1つ現実世界で生まれ変わる。2つ………」
長いタメの後、女神はこちらに向ける眼差しをより一層強くし、再び口を開く。
「異世界転移をし、魔王を倒すか」
女神はニヤリと笑った。
思い出した。俺は死んだんだ。死因は確かトラックに跳ねられるっていうベタなやつだ。生前の頃トラックを見ては居眠りしてないかなーと確認してきたおかげだろう。
「っで?どうしますか?」
テイアは顔を近づけて言う。その姿がやけに子供っぽく、あどけない。
こういう時のために返答はあらかじめ決めていた。俺の13の決め事のひとつだ。ちなみに他には「女子に告られた時の返し方」や、「朝食パン加えた女子とぶつかったときの返し方」などがある。……ちなみにどれもまだ使ったことはない。
「1だ」
「ですよね!では共に魔王を倒しましょう!いやーわくわくっすね!まずはギルドに行かなきゃですね!そこで仲間を…………って!はぁぁぁぁ?1!?」
かなり長い前振りをし、テイアは大きな声でノリツッコミをする。
「なんですか!?異世界ですよ!ハーレム生活ですよ!おれつえーっすよ!?」
「俺は自慢じゃないがそれなりに幸せな人生を歩んできたんだ。嫁だっていたし、娘もいた。もうこれ以上望むものはないんだよ!」
無駄に伸びた上をかき上げ俺は言う。キマった。今キランっていう効果音が聞こえたぐらいにはキマった。
「ぷっ、あはははははは!」
「何がおかしい!」
俺の想定していた反応とだいぶ異なり、テイアは俺をバカに腐ったように豪快に笑う。
「だってあなた、嫁さんに6年前から浮気されてますよ。以降はずっとATMです」
あっれれーおっかしいぞー?それが本当なら結婚して半年しかたってなくなーい?
「で、でも俺には最愛の娘が―――」
「娘さんは冬場なのに自分の口元に手持ち扇風機をあててあなたと同じ空気を吸わないようにしてるぐらいには嫌ってます」
―――え?娘の気遣いが余計につらい。
テイアは手に持っている紙きれを読みながら言う。恐らくそこに俺の生前の情報が記載されているのだろう。
「うそだ!そんなのウソ800だ!」
「嘘じゃないっすよ!じゃあそうっすね。信憑性確かめてもらうためにあなたの卒業論文でも読み上げましょうか?」
「あ、それは、やめ―――」
「えーっと、『高校、それは部活、勉強、友情、恋愛を免罪符に俗世間的に間違ってるとされる事柄や社会的共通認識を青春の一ページへと歪曲する機関である。ただそんなのは欺瞞でしかない。ラ・ロシュフコーが言うに、『虚飾は人を欺く……』』」
「あああああああああ!」
俺は女神の言葉をかき消すかのように叫び、テイアの持っている資料を奪おうとする。
てか!なんだこれ!3ページしかないの!?てかよく見たら片面印刷じゃねえか!?俺の24年間薄っぺら!阿〇寛のホームページかよ!
そんな俺を祓いのけるようにしてテイアは続ける。
「あーーーーもう!分かりましたよ!!じゃあ最後まで飛ばしますね。えーっと『青春は盲信するものではない。爆発させられるためにあるのだ』くっ、くくっ。」
初めのうちは口を抑えるようにして失笑していた女神だが、堪えられなくなったのか数分もたたないうちにそれは爆笑へと変わっていた。
「あっははははは!!イタイ!いたいよおおおお!!てか、なんすかこの最後の!負け惜しみですか!もう認めちゃってるじゃんすか!!」
――うぜえ、大事なことだからもう一度言おう。うぜえ。
「女子と挨拶を交わしただけで会話したと思い込み、ラインの通知音は公式ラインのみ、通学中は岩波文庫を読みながら1ページごとにページをカバンに突っ込み周りを一瞥。ケ〇タッキーの前を通りかかったら「あのおじさんのメガネ度数はいってるんだよ」とどうでもいい雑学をいう。要するにあなたの人生は灰色なんすよ。どーせ戻ってもかわりませんよ」
テイアはひとしきり俺の黒歴をのべる。最後のケンタッキーのくだりは別にいいだろ。
だが確かに思い返せば真に人生を謳歌したとは言えないのかもしれない。悔しいがぐうの音もでなかった。
「それにあなたの死因は―――」
「え?」
「いえ、なんでも」
俯きがちにテイアは言う。何を言おうとしたのだろう?つぶやくように言ったので聞き取ることができなかった。
「んでどうしますか?」
先よりも殊更大きな声で、半身を乗り出しながらテイアは問う。
「………ぃせかい」
「きこえないっすね」
「異世界転移してやるよ!」
そしてテイアは満足そうに微笑むのだった。
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