アカキツネと守り神①
老夫婦の村にたどり着いた頃には、すっかり日も暮れていた。
野宿を考えていた私たちに、老夫婦から嬉しい提案をされる。
「よければ、今晩はうちに泊まっていかれますか?」
「いいんですか?」
「はい。案内してくださったお礼に。あまり広い家ではありせんが」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「よろしくお願いします」
意図せず、今晩の宿が決まった。
いいことをすると、ちゃんといいことになって帰ってくる。
そういうものだと、ファルス様はこそっと私に教えてくれた。
二人が暮らしている村は、人口百人程度の小さな村だった。
ただ土地は広く、建物も一つ一つは大きい。
大きさだけなら、王都の一般的な家よりも大きいかもしれない。
案内された家も大きく、一階建ての平屋だった。
「部屋は余っていますので、お好きに使ってください。寝具も用意します」
「ありがとうございます」
「広いですね」
思わず声に漏れてしまった。
失礼だったかもと、慌てて口をふさぐ。
お婆さんはニコリと微笑み、理由を教えてくれた。
「昔は子供たちと一緒に住んでいました。七人家族だったので、ちょうどいい広さでしたよ。今は爺さんと私の、二人だけです」
「そうだったんですね」
「子供は皆、王都で暮らしています。王都のほうが仕事も多いし、暮らしやすいからと」
布団を用意しながら、お爺さんが説明してくれた。
忙しくてあまり帰れなくなった子供たちに、二人で定期的に会いに行っているそうだ。
「大変じゃありませんか? 王都までかなり距離がありますし」
私たちは馬車だったから数時間で済んだけど、二人とも徒歩だった。
見た目から六十歳はとっくに超えているだろう。
足腰だって弱ってきているし、体力も落ちている。
老体に長旅はきついはずだ。
少し心配になる。
「いい運動です。畑仕事もしてますから、体力はなんとか」
「この村も、昔は大きかったんです。農作物が育ちやすく、良い品質だったので、王都の市場にも贔屓にしてもらっていました。ワシらが若い頃は、この村も千人以上が住んでいましたよ」
しかし現在は、十分の一となった。
暮らしているのも、お二人のような老夫婦が多く、若い世代は皆王都や大きな街へ出稼ぎに行っている。
そういう時代だから、というのもあるが、理由は他にもあった。
お爺さんは窓を見つめながら続ける。
「いつからか、作物の育ちが悪くなったんです」
窓の外には畑があった。
家の敷地よりもずっと大きな畑だ。
暗くてハッキリ見えないが、野菜を育てている。
「不作の年も続いて、農業だけじゃ食べていけなくなりました」
「それで出稼ぎが増えたんですね?」
「はい。ワシらの代は、大人になったら畑を継ぐのが普通でしたが、外で働くことが増えると、誰も畑を継ぎたいとは言わなくなりましたよ」
お爺さんは少し寂しそうに語った。
畑以外にも仕事はたくさんある。
外に出て、世界の広さを知ったことで、多くの若者が旅立った。
「悪いことじゃありませんよ。それに、最近は少しマシになりましたしね」
「そうだな。以前よりは畑の土の状態もよくなっている。ここ数年のことだから、一時的かもしれんが」
「いいじゃないですか。私たちが生きている間だけでいいんです」
と、お婆さんは笑いながら言う。
確かに悪いことじゃない。
自分に合った仕事を見つけることは、どの世界でも必要なことだ。
選択肢が増えただけ。
それでも……。
「代々守ってきたものが、ワシらの代で失われるかもしれんのは、ちと寂しいですね」
「……」
お爺さんとお婆さんから、複雑な寂しさが伝わってきた。
◇◇◇
夜になった。
夕食をご馳走になり、お風呂も貸してもらえた。
野宿も覚悟していたから、身体を綺麗にできる機会はありがたかった。
それに加えて一人一部屋、布団もある。
床に布団を敷いて眠るのは、なんだか前世を思い出す。
「懐かしいなぁ」
ベッドを買うまでは、布団を敷いて眠っていた。
身体が弱くて、徐々に起き上がるのもつらくなってからは、両親が心配してベッドを買ってくれた。
わざわざ高くていいベッドを用意してくれて、嬉しい反面、申し訳なかった。
「二人とも……どうしてるかな」
前世に未練がない、と言ったら嘘になる。
私が死んでも、両親は元気だし、今も生きているだろう。
悲しんでいるだろうか。
十八年も経ったなら、気にせず自分たちの幸せを追い求めてほしい。
それが私の願いだ。
「……」
眠れなかった。
布団が久しぶりだからじゃなくて、気になったから。
老夫婦のことだ。
二人の子供は、全員王都にいるらしい。
それぞれに家庭があって忙しく、あまり顔も出せなくなっているとか。
仕方ないことだけど、二人とも寂しいはずだ。
それにこの村のことも……。
私は窓を開けて、畑を眺めた。
月明かりに照らされて、少しだけ明るい。
涼しい風が吹く。
「眠れないのか?」
「――え? ファルス様?」
突然声をかけられてビックリした。
声は横から聞こえるけど、もちろん部屋には私しかいない。
理由はすぐにわかった。
窓から身を乗り出して、横を見る。
「こんばんは」
「ファルス様も、外を見ていたんですね」
「うん、なんとなくね。気になったんだよ。この村のことが」
「ファルス様も……」
奇しくも私たちは、同じことを考えていたらしい。
ファルス様が提案する。
「少し散歩しないか?」
「はい」
私は提案を快く受け入れて、二人でこっそり抜け出した。
老夫婦は寝入っていて、私たちが出かけたことに気が付かない。
少し悪いと思いつつ、私たちは夜の村を歩く。
「思った以上に広いね」
「そうですね。それに……」
畑が至る所にある。
建物よりも大きくて広い。
二人が言っていたように、この村は農業が盛んなようだ。
「畑だった跡もある。人口が減って、畑の広さも管理できる大きさに縮小したみたいだね」
「みたいです」
建物はいくつか空き家だった。
お年寄りが多いから、まだ日付も変わる前なのに明かりが完全に消えている。
二人の話では、若い世代はまったく残っていないそうだ。
「ここまま行けば、十数年後にはこの村はなくなるだろうね」
「……そう、ですね……」
仕方がないことだ。
始まりがあれば、終わりもある。
世の中、永遠に続くものなんて存在しない。
子供たちは外へ出た。
その選択自体は間違いじゃないし、応援されるべきだろう。
それでも……。
「寂しいですね」
「そうだね」
何かできることはないだろうか。
私たちはそう思いながら、夜の村を歩く。
そして、小さな祠にたどり着いた。
「ファルス様、ここって」
「二人が言っていた村の守り神の……ミモザ、僕の後ろに」
「ファルス様?」
「何かいる」
「え?」
祠から不思議な気配が漂っていた。




