キセキレイと道案内②
「えっと、私もこの辺りの地形には詳しくありません」
ずっと王都で暮らしてきた。
外に出る機会なんてなかったし、あっても御者に馬車を操縦してもらっての外出だ。
ファルス様が持っていた地図を広げても、二人の村は載っていない。
「だからまずは探そう。そうだな。鳥がいい」
「鳥?」
「うん」
ファルス様は頷き、私のカバンにお守りとして付けている折り紙の鶴に視線を向けた。
「折り紙で鳥を作るってことですか?」
「そう。その鳥に空から村を探してもらって、案内してもらおう。できるかい?」
「そう、ですね……」
折り紙の鳥に村を探させる。
空を飛ばすことは難しくない。
今までも鶴で同じことをしてきたから、同じ要領だ。
ただ問題は、鶴の時とは違って明確な目的地があること。
「飛ばすことはできても、折り紙の鳥に村を見つけてもらうのは……難しいと思います」
「どうして?」
「ど、どうしてって……そんな細かな付与はできませんから」
「できるはずだ。君はすでにやっている。その鶴でね」
ファルス様が指をさす。
彼はできると言っているけど、私は首を横に振る。
「これはただ飛ばしていただけです。目的地を決めていたわけじゃありません」
「でもその鶴は、ちゃんと困っている人の元へ届いているよ」
「それは……運がよかっただけですよ」
「いいや違う。君が想いを込めた鶴たちは、ちゃんと人々の元へ届いている。一羽の例外もなくね」
ファルス様は断言した。
これまで飛ばした鶴の数は、ちょうど千羽だ。
千の鶴が一羽の例外もなく、私が願った人たちに届いているなんてありえるのだろうか?
ただ願っただけで、そんな奇跡が起こるのだろうか?
「君は自分の力を、ただの付与魔法だと思っている」
「え? 違うんですか?」
「そう見えるだけで、実態は別のものだ」
「別?」
ファルス様は何かを知っている様子だった。
私の力について……。
知りたい。
力について知れば、今よりも困っている人の助けになる。
勇者パーティーの一員として、恥じない行いができる。
そう思うと、身体と心が前のめりになる。
「教えてください! 私の力は、何なんですか?」
ファルス様は折り紙の鶴を手に乗せる。
私がカバンにつけている千羽目ではなく、彼の元に届いた一羽だ。
何羽目かもわからない。
いつ、どこで巡り合ったのかも。
私が勇者パーティーに入るきっかけとなった鶴は、パタパタとファルス様の周りを飛んでいる。
「通常、付与魔法の効果時間は、付与した時に消費した魔力量に比例する。この子に宿っている魔力量なら、大体一時間くらいかな?」
付与魔法についての説明だ。
当然、私もそのことは知っている。
自分が唯一使える魔法のことだし、しっかり調べて研究した。
そしてある疑問にたどり着いた。
「でも、この子は今も動いている。まるで生きているかのように」
そう、私が付与した効果は永続する。
厳密には永遠ではないけど、本来終わるはずの時間を越えても、長く効果が持続する。
「どうしてかわかる?」
「わかりませんでした。自分でも疑問に思って調べたんですけど」
わからなかった。
特別な付与を施しているわけじゃないのに、効果が長く続くのはどうしてだろう。
一度、お姉様に聞いたことがある。
その時は――
「弱い付与だから消費が少なくて、長く続いてるだけでしょ、って言われました」
「魔法使いならそういう可能性も考えるだろうね。けど、根本的に違うんだ。消費していないんだよ。この子は魔力を」
「え?」
消費していない?
そんなことがありえるの?
「どうしてですか?」
「それはね? 君の魔法は厳密には付与ではなくて、精霊術だからだよ」
「精霊術?」
「そう。君は精霊がどんな存在が知っているかい?」
「はい。えっと、意思をもった魔力の集合体、ですよね?」
精霊はどこにでもいる。
大自然に存在する命あるものは、内に魔力を宿している。
動物や魔物だけではなく、植物もだ。
私たち人間も含めて、魔力を持つ存在は世界中にいて、常に微弱な魔力を放出している。
人間は鍛錬を積むことで魔力をコントロールし、身体から溢れる魔力を抑えることができるけど、その他の生物にはできない。
命から溢れ出た魔力は、やがて同じ種類で集まり意思を持つ。
それこそが精霊と呼ばれる存在だ。
「精霊術は、その精霊たちの力を借りて魔法を使う」
「私は知らないうちに、精霊の力を借りていたんですか?」
「ちょっと違うかな? 君の場合はもっと特別だ」
特別?
どんな風に?
「君は精霊の力を借りてるんじゃなくて、精霊を生み出せるんだよ」
「せ、精霊を?」
生み出す?
私が?
驚愕した。
精霊については魔法の勉強で調べたから知っている。
一般知識レベルだけど、精霊がどういう存在で、どうやって発生するのか。
精霊は自然発生するもので、意図的に生み出すなんてできないはずだ。
それを……。
(していた? 無意識に……?)
ファルス様の周りを飛んでいた折り紙の鶴が、私の手のひらに留まる。
「精霊は意思を持つ魔力の集合体だ。君はその子を生み出すとき、何を願ったんだい?」
「それは……困っている人に届いてほしい。助けになってほしい」
「そうだね。その想いが魔力に宿り、精霊となった」
「この子が……」
精霊?
私はただ、効果を付与しているだけだった。
その時に願いも込めていた。
純粋に、神様にお祈りするような気持ちで。
「気休めのつもりだったんですけど」
「本心から思っていたからこそ、君の願いを体現する精霊になったんだよ。そうじゃなければ、僕たちの元に辿りつくこともなかっただろうね」
手のひらで私を見つめる折り紙の鶴。
ただの折り紙だと思っていた。
私は知らぬ間に、ただの折り紙に命を宿していたらしい。
そう思うとすごく、この子たちに愛着がわく。
まるで我が子を見ているようだ。