キセキレイと道案内①
ここからが新規エピソードです!
ミモザが去ったことで、一人になったユリア。
宮廷の執務室に静寂が流れる。
「……ふざけてるわ」
彼女はまだ、現実を受け入れていなかった。
見下していた妹が、不出来な愚妹が勇者様に選ばれた。
そんなことはありえない。
何かの間違いだと思いたい。
しかし、手元には国王陛下からの通達書がある。
ミモザ・アリステラを本日付で、勇者パーティーの魔法使いに任命する。
「っ――」
ぐしゃっと通達書を握りしめるユリア。
悔しさで表情が歪む。
どうして……。
「私じゃないの?」
常に選ばれてきた。
才能も、美貌も、将来性も……。
何もかも優れていたし、生まれながらに有していた。
彼女は人生の勝者だった。
対照的にミモザは、大した才能もなく、冷遇されていた。
彼女は敗者だった。
少なくともユリアはそう思っていた。
この先も一生、この優劣は覆ることはない。
はずだったのに……。
「なんなのよ!」
くしゃくしゃになった通達書を床にたたきつける。
ペシっ悲しい音が響いた。
すでに決定し、ミモザは旅立った。
もはや怒りをぶつける先すら見当たらない。
彼女はただ怒り、徐々に焦りを感じ始めていた。
「このままじゃ終わらないわ。絶対に……」
ユリアは決意する。
自身の存在を、有用性を国王にアピールし、ミモザよりも優れていることを知らしめる。
そうすることでミモザではなく、自分こそが勇者パーティーに相応しいと認識させようと。
「ふふっ、選ばれたら断ってやるわ」
そして自分ではなく、ミモザを選んだ勇者ファルスへの嫌がらせに心を躍らせる。
しかし、彼女は知らない。
否、ミモザ自身も気づいていない。
彼女に秘められた才能と、選ばれた本当の意味を……。
◇◇◇
人生、何が起こるかわからない。
病弱なまま一生を終えたと思ったら、新しい世界で生まれ変わった。
奇跡が起こった。
今もそうだ。
勇者様が私を見つけて、仲間に誘ってくれたこと。
これも紛れもない奇跡だろう。
噛みしめるように、私は折り紙の鶴にお礼を言う。
「ありがとう」
この子が導いてくれた。
勇者ファルス様との縁を大切にしよう。
ガタンと馬車が揺れる。
身体がビクッと反応して、わずかに浮いた。
「ごめんね。この辺りは小石が多いんだ」
「大丈夫です。すみません。馬車の操縦を任せてしまって」
王都を出発して数時間が経過している。
すでに王都は見えなくなって、草原の街道を進んでいた。
予めファルス様が馬車を借りてくれて、彼の操縦で仲間たちとの合流を目指している。
「いいよ。旅のおかげで慣れているからね。街から街の距離が離れている時は、仲間と交代で馬車を走らせているんだ」
「そうなのですね。じゃあ、私も操縦できるように頑張ります」
「無理はしなくていいよ。これ、結構力もいるしね。女の子には大変だ」
「大丈夫です! これでも体力には自信がありますから!」
力こぶはできないけど、腕を曲げて元気さをアピールしてみた。
手綱を握っているから後ろは見えないのに、やった後から少し恥ずかしくなる。
体力に自信があるのは本当だ。
特別何か運動をしてきたわけじゃない。
毎日夜遅くまで働いて、仕事のために宮廷を走り回っていたら、自然と体力もついただけだ。
「私にもできることは手伝いたいんです」
「そうか。じゃあ、今度操縦の仕方を教えるよ」
「ありがとうございます!」
「こちらこそ」
女性として気遣ってくれることは、素直に嬉しかった。
けれど私も勇者パーティーの一員になったんだ。
「私にできることは、何でも言ってください!」
「真面目だね。そんなに気負わなくてもいいんだよ?」
「いえ、私にできることはしたいんです! 付与魔法以外は得意じゃないですけど……家事はできますし、雑用でもいいです!」
屋敷での扱いも放置だったし、時には宮廷で寝泊まりをする機会もあった。
そのおかげもあって、家事全般は一人でこなせる。
あまりいい経験ではないけれど、こういう機会には役立てるはずだ。
「そんなことないよ。君には、君にしかできないことがある」
「私にしかできない……こと?」
「うん、そうだよ。せっかくだ。合流まで時間があるし、その話でも――?」
「ファルス様?」
「ごめん、少し止まるよ」
ファルス様が何かに気がついて、馬車をゆっくり停車させた。
何だろうと窓から外を覗き込む。
街道の端にある石に、杖をついたお爺さんとお婆さんが腰かけていた。
ファルス様は馬車を降りて、二人の元へ駆け寄る。
私もその後に続いた。
「こんにちは」
「ん? ああ、旅のお方かい?」
「はい。こんなところでどうされたのですか?」
「いや、実は道に迷ってしまってねぇ」
二人の老人は、孫の顔を見るために王都へ行った帰りだった。
王都周辺にはいくつも小さな村がある。
二人はその中の一つの出身で、帰り道だったが道に迷い、途方に暮れていたそうだ。
「二人とも目が悪くてねぇ。方向は間違っていないはずなんだが、ここがどこかもわからなくて」
「婆さんや。あまり旅のお人に迷惑をかけてはいけん。さぁ、お行きになってください。ワシらは大丈夫ですから」
「そういう訳にはいきません。困っている人に手を差し伸べるのが、僕たちの役目ですから。そうだろう? ミモザ」
「――! はい!」
私たちの役目。
ファルス様はそう言ってくれた。
それは私が、勇者パーティーの一員であるという証だ。
勇者パーティーなら、困っている人がいたら助けるのが当たり前。
自然に、彼は手を差し伸べる。
「馬車に乗ってください。村まで送っていきましょう」
「いいんですか?」
「ワシらはお金も大して持っていません」
「お金なんていりません。これくらい、当然のことですから」
ファルス様は温かな笑みを見せる。
目が不自由な二人にも、彼の優しさは伝わったのだろう。
差し伸べられた手を、二人はとって立ち上がる。
「ありがとうございます」
「親切な方に巡り合えて、ワシらは幸せですな」
「どういたしまして」
ファルス様は優しくエスコートして、二人を馬車へ乗せた。
後ろに二人が乗ったから、私はファルス様の隣へ座ることになる。
「ファルス様、道はわかるんですか?」
「いいや」
「え?」
「地図はあるけど、さすがに載ってない小さな村の場所まではわからないよ」
意外だった。
てっきり場所がわかるから、案内するのだとばかり。
「どうするんですか?」
「僕には案内できない。でも、君ならできるはずだよ」
「――私が?」
「うん。君の力を貸してくれ」
ファルス様は私をまっすぐ見つめながらそう言った。
私の力……。
付与魔法でこの状況を解決できるのだろうか。