千羽鶴と勇者様④
聞いたことがある。
数年前、王国が管理する聖剣に選ばれた人物がいると。
平和な時代だからこそ、あまり大きな話題にはならなかったけど。
一時的に噂が流れた。
現代に新しい勇者様が誕生したと。
「あなたが……勇者ファルス様?」
「うん。初めましてだね? ミモザ」
「どうして私の名前を?」
「これが教えてくれたんだ」
彼の肩に、私が折った鶴が乗っていた。
そしてもう一羽、さっき飛び立ったばかりの鶴が、私の手元に戻ってきている。
「その鶴は……」
「君が折ってくれたものだろう?」
「はい」
いつのものかはわからない。
ただ、私が以前に折って飛ばした鶴の一羽であることは明白だった。
今も私の魔力が感じられる。
「勇者様の元にも、届いていたんですね」
「うん。僕はこの子に救われた。僕は仲間と一緒に、世界を巡る旅をしているんだ。その最中、どうしても解決できない問題にぶつかって、困っている時にこの子が来た」
勇者様は語ってくれた。
私が飛ばした鶴の一羽は、勇者パーティーを救っていた。
彼らが守ろうとした人々を、私の鶴が助けてくれた。
「それ以来、この子はずっと僕たちと一緒に旅をしてくれている。いつかお礼を言いたいと思っていたんだ」
「そうだったんですか」
ホッとした。
実は少し不安だったんだ。
飛び立った鶴たちは、ちゃんと誰かの役に立っているだろうか。
邪魔をしていないか。
煙たがられてはいないだろうか。
それが今、答えとなって私の前にある。
こんなにも嬉しいことはない。
「あれ……?」
なぜだろう?
涙がこぼれて来た。
悲しい涙じゃないはずだ。
嬉しくて、涙がこぼれ落ちている。
けれど、それだけじゃなくて……。
「なんで……?」
どうしてこんなにも、安心しているのだろうか。
理解できなかった。
役に立っていたことが嬉しい。
それは今までも、ずっと感じていたことじゃないの?
お姉様の役に……立っていたはずじゃないの?
今さらなんで、こんなにも心が……。
「君のことは、この子を通して教えてもらった。誰かのために生きようとする子がいる。まるで僕たち勇者みたいだ」
「え……?」
私が……勇者みたい?
「けど、君自身はどうなのかな?」
「私自身……?」
「君は見知らぬ誰かのために頑張れる子だ。この子が僕たちを助けてくれたように、君の想いは世界のどこかで、必ず誰かの役に立っているよ」
「そうなら……嬉しいですね」
私は笑みをこぼした。
そんな私を見て、勇者様は優しく笑う。
「そう思えるのも、君の心が優しいからだよ。でも……」
彼はゆっくり歩み寄り、鶴を受け止めている私の手に、そっと手を添えた。
温かくて、大きな手だった。
「君は、君自身の幸せを求めてもいいんだ」
「――!」
心が震えた。
「私の……」
「誰かの役に立ちたい。その想いは素敵だし、素晴らしいことだ。だけど忘れてはいけない。これは君の人生なんだ」
「私の……人生……」
「そうだよ。誰かのために……だけじゃない。君は君自身のために生きていいんだ」
勇者様の言葉が、私の想いを揺らす。
ずっと不安だった。
今のままでいいのか。
見知らぬ誰かを支えるために生きる。
そう決めたのに、どうして悩むのか自分でもわからなかった。
不安の答えが、ようやくわかった気がする。
「私は……誰かに感謝されたい。よく頑張ったねって褒めてもらいたい。私がいてよかったって思って貰いたい」
「うん」
「全部……自己満足だった」
私はただ、誰かに認められたかったんだ。
頑張っている自分を、誰かの支えになっていることを。
何もできなかった過去を背負い、新たな生を手に入れたからこそ。
私は、私の存在意義を示したかった。
誰かのためなんて綺麗事を並べて、結局は自分のためじゃないか。
「それでもいいんだよ。見返りなんかじゃない。君が他人のために、人生を使おうとしていたことは本物だ。何より、困っている誰かを助けたい。その想いは本音だろう?」
「……はい」
そうだ。
困っている人がいたら助けたい。
顔も名前も知らない誰かでも、苦しんでいるなら支えてあげたい。
私がそうしてもらったように、今度は私が支える側になる。
自己満足でも、その想いに嘘はなかった。
「なら、僕たちと一緒に来ないかい?」
「勇者様と……?」
彼は小さく頷く。
「僕たちは旅をしている。恒常的な平和を維持することが目的だ。終わりのない旅……困っている人を見つけて助ける。それを続けて行く旅」
「素敵な旅ですね」
私は涙を拭って笑顔でそう言った。
心からそう思ったから。
「君のやりたいことは何だい?」
「私は……困っている誰かの支えになりたいです」
その想いに嘘はない。
「それをして、君は何を得る」
「ただ、感謝の言葉さえあれば、私が頑張れます」
認めてくれる人が、優しい言葉があればいい。
私を必要としてくれる誰かのために、この力を、人生を使いたいと思う。
「なら、一緒に行こう。君が求めているものは、ここにある」
彼は手を差し伸べる。
「……いいのでしょうか。私より、お姉様のほうが魔法使いとして優秀です」
「魔法使いとしては、ね?」
含みのある言い方だった。
私は首を傾げる。
「君には君にしかない才能がある」
「私にしかない……」
才能?
それって……。
「その話も旅の中でしよう。これまでの冒険で、君の力に助けられたことがたくさんあるんだ。聞いてくれるかい?」
「はい! 聞きたいです」
私の力が、どうやって勇者様や人々を救ったのか。
見えなくてもいいと思っていたけど、やっぱり知りたいと思った。
「なら、そろそろ手をとってほしいな」
「あ、すみません! はい!」
私は慌てて彼の手を取る。
改めて触れると、なんて大きくて優しい手なのだろう。
触れているだけで安心するような……。
心が温まるような。
「これからよろしく。ミモザ」
「はい! 精一杯頑張ります! 勇者様!」
「ファルスでいいよ」
「ファルス様?」
「様もいらないんだけど、まぁ追々でいいかな」
彼は呆れたように笑う。
こうして私は、平和を維持する勇者パーティーの一員となった。
後のこの出会いを運命だと感じる。
私は、彼らと共に旅をするために、この世界に生まれ落ちたのだと。
◇◇◇
「――どういうこと?」
翌日、私はお姉様に報告をした。
案の定、お姉様は驚いた。
「説明した通りです。私は本日より、勇者パーティーに同行します」
お姉様に書類を見せた。
ファルス様が朝一番に国王陛下へ説明し、許可を貰ってくれたらしい。
これで正式に、私は勇者パーティーの一員になった。
それに伴い、お姉様の補佐役を降りることになったから、その報告も兼ねている。
「今までお世話になりました。お姉様のおかげで、たくさんの経験ができました。心から感謝しています」
「ありえないわ。なんであなたが……ミモザが選ばれるのよ」
「……そうですね」
「私のほうが優れているのよ? 魔法使いとしても、女性としても!」
「そう思います」
「だったらどうしてあなたなの? 何をしたの?」
「何も……私も驚いていることです」
焦り、取り乱すお姉様に、私は冷静に答える。
「ファルス様は私を選んでくださいました。勇者パーティーの旅に、私が必要だからと」
「意味がわからないわ。私のほうがいいじゃない」
「かもしれません。それでも……」
選ばれたのは私だった。
その事実が、お姉様には耐えられないのだろう。
「ふざけているわね。誰のおかげで宮廷入りまでしたと思っているの? 全部私のおかげでしょ?」
「はい。だから感謝しています」
「恩を仇で返すのね!」
「そう思われても仕方ありません」
覚悟の上だ。
罵倒されてもいい。
それでも……。
「私がいなくても、お姉様なら一人でやれるはずです」
「――!」
誰でもいいわけじゃない。
ファルス様と話して、自分を見つめ直して気づいたことがある。
誰かの助けになりたい。
その想いに嘘はないけど……。
私の助けが必要ない人にまで、届いてほしいとは思わない。
少なくともお姉様には、私の助けは必要ないだろう。
自分でも言っていたことだ。
「だから、私のことを必要としてくれる人と一緒に、これからは頑張ってみます」
「ミモザ……」
「お姉様も、お姉様の役割を頑張ってください。きっとお姉様なら、一人でも大丈夫です」
「当たり前よ。馬鹿にしないで」
そう言うと思った。
だから心置きなく、この場所を去れる。
両親にも挨拶は済んでいる。
あとは一歩を踏み出すだけだった。
「お世話になりました。どうかお元気で」
お辞儀をして、背を向ける。
予感がした。
きっともう、この部屋に戻ることは……ないだろう。
歩き出し、待ってくれている彼に声をかける。
「お待たせしました。ファルス様」
「もう行けるか?」
「はい。行きましょう」
助けを必要としている人たちに、私の想いが届くように。
勇者パーティーとして、旅に出る。
終わりのない旅路が、終わりを迎えるまで。