千羽鶴と勇者様②
幸運なことは他にもあった。
生まれ変わった異世界には、魔法という特別な力があった。
そして私が生まれたアリステラ家は代々、優秀な魔法使いを多く輩出している名門貴族。
魔法使いとしての才能は、生まれながらにほぼ決まる。
名門貴族に生まれたこと。
魔法を学ぶ上で、これ以上ないほど適した環境だった。
ただ、魔法が使えるというだけでは才能があると言えない。
私には魔法を使う才能はあった。
しかし、普通の魔法使いのようにはできなかった。
「どうしてこんな簡単な魔法も使えないんだ?」
「……申し訳ありません。お父様」
「はぁ……」
魔法を教えてくれたのはお父様だった。
お父様は宮廷で働く現役の魔法使いで、国王陛下からも信頼されていた。
王国の魔法使いの中でも上位の実力を持つ父から教わっている。
それだけでも恵まれている。
アリステラ家の娘として、周囲から期待もされていた。
でも……。
「唯一まともに使えるのは、補助系の付与魔法だけか」
「……はい」
お父様は落胆していた。
私は魔法を使うことができるだけで、お父様や周囲が求めるような才能はなかったらしい。
普通の魔法使いが当たり前にできる初級魔法も満足に使えない。
唯一使えるのは、付与魔法と呼ばれる分野。
物体に効果を付与したり、魔法の効果を底上げすることができる。
とても優れた魔法分野だけど、単体ではあまり使用されない。
基本的には何かの補助だ。
炎や水を生成する魔法のように、何かを生み出すことはできない。
「ユリアを見習いなさい。お前より一年早く生まれただけで、もう四大元素の魔法をマスターしているんだぞ」
魔法を学ぶ傍らで、私とは違い才能を発揮する人がいた。
私には一つ上の姉、ユリア・アリステラ。
彼女は持って生まれた。
お父様や周囲が求めていた魔法使いとしての才能を。
それ故に、彼女は期待されていた。
常に姉と比べられた私は、次第に期待すらされなくなり、お父様もお姉様にしか魔法の指導をしなくなった。
「不憫ね。付与魔法しか使えないなんて」
「お姉様は凄いですね。なんでもできて」
「そうよ。私はすごいの。ミモザとは違うわ」
私もそう思う。
才能は間違いなく、お姉様のほうが上だろう。
私に許されたのは唯一……付与魔法だけだ。
そんな私をお姉様は馬鹿にする。
けれど、私は悲観的にはなっていなかった。
「私は普通の魔法は使えないです。でも、この魔法でお姉様を支えます」
「ミモザが、私を?」
「はい! それならできると思いますから」
誰かを支えたい。
そう思って生まれ変わった私には、この力はピッタリだと思った。
元々、前世から器用じゃない。
何もかもやろうとしても、きっとうまくいかない。
一つのことを極めるほうが私には向いている。
「ふんっ、馬鹿にしないでちょうだい。ミモザの助けなんていらないわ」
「今はそうかもしれません。でも、必ず支えてみせます」
私は誰かを支えるために生まれ変わった。
それをするだけの力は、神様に貰っている。
これ以上ない幸福だ。
今世は恵まれている。
だから、精一杯頑張ろう。
そう思って努力を続けた。
お父様が私の指導を放棄してからも、独学で魔法について学んだ。
その過程でいろいろ試して、私なりに付与魔法の解釈を広げた。
そして――
十六歳になった頃。
私はお姉様の補佐役として、宮廷魔法使い見習いとなった。
「わかってるわね? ミモザが宮廷に入れたのは、私が宮廷魔法使いになれたからよ」
「はい。お姉様が推薦してくださったんですよね?」
「ええ、小間使いにはちょうどいいわ」
「それでも嬉しいです。こうして誰かの役に立てるなら」
心からの言葉だった。
お姉様はなぜか不機嫌そうだったけど、こうして宮廷で働く機会を得たことを感謝している。
付与魔法しか使えない私じゃ、何年かけても宮廷で働くなんてできなかったはずだ。
多くの魔法使いが目指す場所の一つ、それが宮廷魔法使い。
この国を生きる人々のために才能を使う。
私たちの頑張りが、多くの人々の生活を支える。
なんてすばらしいことだろう。
これが私の目指していたことだった。
宮廷での仕事は激務だった。
毎日朝から晩まで働く。
お姉様の補佐として、お姉様から与えられた仕事をこなす。
毎日、毎日……。
辛くはなかった。
前世では働くことすらできない身体だったから。
働けることが嬉しかった。
けれど時折、思ってしまうことがある。
これでいいのか、と。
本当にこれが、私のやりたいことなのか?
疑問に思ってしまう私は、毎日を振り返るために日記を書くことにした。
今日は何ができたとか、明日の課題ややるべきことをまとめた。
時に気づきを記し、新しい付与の発想に繋がった。
日記を書いて、数日空けて過去の内容に目を通す。
すると、自分の働きが客観的に見られる。
私は働けるだけで嬉しかった。
けれど、これじゃ足りないと思えるようになった。
ただお姉様の補助をしているだけじゃダメだ。
私にできることを増やそう。
「お姉様! 私にも、お姉様がやっている魔導具開発を手伝わせてください!」
「いきなり何? 手伝えることがあると思う?」
「はい! 私にもできることがあると思います」
「……そう。別にいいわよ」
「ありがとうございます!」
お姉様は魔法使いであり、優秀な魔導具師でもあった。
魔導具は国民の生活を支えている重要な要素の一つ。
新しい魔導具を開発し、人々の生活を豊かにして、文明を先へ進める。
お姉様の仕事を手伝えば、より多くの人が幸せになる。
私の付与魔法は、使い方次第で魔導具の効率化や、効果を向上することができる。
それをわかって、お姉様も了承してくれたのだろう。
「頑張ります!」
「ええ、頑張ってもらうわ。私のために」
それからお姉様の研究を手伝うことになった。
通常の業務が終わってからの作業だ。
休みの日も研究に勤しんだ。
「これ、明日までに用意しておいて」
「はい。お姉様は?」
「私はパーティーがあるの」
お姉様は私に仕事だけじゃなく、研究も任せてくれるようになった。
もちろん肝心な部分は手伝えない。
準備や資料まとめ、私にできることだけだ。
それでも嬉しかった。
頼られていると思った。
けど……違った。
本当は最初から気がついていたんだ。
お姉様は私を、利用しているだけだということに。