シロサギと大きな一歩②
それぞれの準備を手伝い、夕食の時間。
テーブルを四人で囲み、手を合わせる。
「「「「いただきます!」」」」
この挨拶は世界を越えても変わらない。
一説によれば、数百年前にこの風習が広まったとか。
もしかしたらずっと昔に、私と同じように異世界で生まれ変わった人がいて、その人が広めたのかもしれない。
私が知らないだけで、この世界には前世の風習が伝わっている。
旅をしていればそういう変化や風習にも出会えるだろう。
「本当にありがとうございました。何とお礼を言っていいか」
「気にしないでください。困っている人がいたら助けるのは、勇者として当然です」
「格好いいな!」
「ははっ、そうだろう?」
ダン君はすっかりファルス様に懐いていた。
それも当然だろう。
勇者は男の子にとってあこがれの存在だ。
そんな人がすぐ近くにいて、理想の勇者象そのままの姿を見せてくれる。
惹かれない理由がない。
私だって同じ気持ちだった。
「こっちのお姉ちゃんも凄いんだよ! 折り紙でね? 鳥を作って手伝ってくれたの!」
「折り紙? そういえば肩に乗ってるそれは……」
「うん! お姉ちゃんにもらったの! キツツキ……? っていうんだって! この子と一緒だとね? いっぱい木が切れるんだ! あと牛さんも一緒だよ!」
「す、すごいわね。難しくてよくわからないけど」
ダン君の説明に混乱している様子だった。
その気持ちはよくわかる。
私自身、自分の力については驚かされたばかりだ。
「彼女は折り紙に精霊を宿せるんです。精霊はダン君のお仕事を補助してくれますし、危険がせまったら知らせてくれるので、今度は安心してください」
「本当ですか? 何から何まですみません」
お母さんが私に深々と頭を下げる。
私は慌てて手を振って言う。
「い、いえ! お役に立てたならこの子たちも喜んでくれるはずです。仲良くしてあげてください」
私がそう言うと、ダン君の肩に乗っていたキツツキが、お母さんの前にちょこんと移動する。
よろしくお願いしますと言っているように、小さく頷いた。
「こちらこそ、ダンをよろしくお願いします」
お母さんはキツツキに頭を下げた。
心からの感謝と、敬意が伝わってくる。
きっと大切にしてもらえる。
それがわかったから、私もホッと胸をなでおろした。
◇◇◇
「スゥー」
「寝ちゃいましたね」
「疲れていたんだろう。仕事もして、魔物からも逃げていたからね」
ダン君はリビングで眠ってしまった。
ファルス様の冒険の話に夢中で、もっと話してとはしゃいでいたのが数分前だ。
いつの間にか気持ちよさそうな寝息をたてていた。
ファルス様がダン君を背負う。
「彼の部屋は二階ですよね?」
「はい」
「じゃあ送っていきます」
「ありがとうございます。私じゃできませんから」
ファルス様はニコリと微笑み、ダン君を担いで二階へと昇っていく。
二人きりになり、私はお母さんの代わりに食器を洗う。
「本当にすみません。何から何まで手伝って頂いて」
「いいんです。一宿一飯の恩がありますから」
「恩なんて。助けて頂いたのは私たちのほうです。ダンにもしものことがあったら……本当は、ダンにこれ以上負担をかけたくないんです」
お母さんは足をさする。
ダン君の話では、事故にあって動かなくなったらしい。
車いす生活も長いのだろう。
両脚はやせ細り、筋肉も衰えてしまっているようだ。
「まったく動かないんですか?」
「持ち上げる程度なら。でも、歩くことはできません。もうずっとこの椅子を使っています」
「そうですか……」
私は医者じゃないから詳しくはわからない。
ただ、そういう患者さんは何人も見てきている。
事故や病気で下半身不随となり、歩けなくなってしまった人たちを。
「私が不自由なせいで、ダンにばかり負担を……樵だって、私のために始めたんです。本当は遊びたいはずなのに」
「……」
「ごめんなさい。暗い話をしてしまって」
「――ダン君は、負担なんて思っていないと思いますよ」
「え?」
落ち込んでいるお母さんを見て、私の口から勝手に漏れた気持ち……。
一瞬、口を塞ごうとした。
けれど、楽しそうにお母さんと話すダン君の姿を思い浮かべて、伝えるべきだと思った。
「ダン君は、お母さんのためだから頑張れているんだと思います」
「ミモザさん……?」
「ダン君、私たちに言ったんです。俺が働くんだ! 母ちゃんのためにって。とっても嬉しそうな顔をしていました。辛さなんて感じません。お母さんのために頑張れることが、ダン君も嬉しいんですよ」
「……でも、私が働けたらもっと……」
「まだ諦めるのは早いでしょう」
「ファルス様」
階段を下りて、ファルス様が話に加わる。
「負担になりたくない。そう思える強さがあるのなら、自分にできることを増やせばいいんです」
「自分に……」
「そうやって人は強くなる。そして支え合うんです。大切な人と過ごす日常を」
「……」
お母さんは両足を見つめる。
「その脚だって、まったく動かないわけじゃないんですよね?」
「はい。一応は」
「なら、動かす努力をしてみませんか? 私は、同じように脚が動かなくなって、必死に歩けるように訓練していた人たちを知っています」
みんな苦しそうだった。
辛そうだった。
けれど、希望を持っていた。
励まされ、何度も転びそうになりながらも立ち上がって。
私に勇気をくれたのは、千羽鶴だけじゃない。
苦しい日々を乗り越えようとする彼らの姿にも、私は救われた。
だから――
「諦めないでください! その姿がきっと、ダン君にとっても希望になるはずです!」
「――!」
私に言えることは、これくらいだ。
結局は他人事でしかない。
あとは本人次第だ。
頑張れる人もいれば、頑張れない人もいる。
ダン君を見たからかな?
あんなにも素直で頑張り屋な子を育てた人なら、きっと大丈夫だと思う。
「もしも不安なら、これをどうぞ」
「これは……」
お母さんの話を聞いて、実は用意していたものがある。
折り紙のシロサギだ。
シロサギは回復や癒しのイメージがある。
「私の力じゃ、その脚を元通りにすることはできません。できるのはただ……ほんの少し軽くすることくらいです」
驚異的な回復力はない。
少しだけ補助することはできる。
たとえ脚が動かなくても、彼女は生きている。
明日があって、ダン君も一緒にいるんだ。
だから大丈夫。
頑張っていける。
「ありがとう……」
お母さんは涙を流し、シロサギの折り紙を抱きしめた。
◇◇◇
翌日。
私たちは出発する。
「また来てよ! 絶対だからね!」
「うん、必ず来るよ」
「またね。ダン君、その子たちのこともお願いね?」
「うん!」
お別れは寂しいけど、いつかまた会いに来ると約束した。
勇者は約束を守るものだとファルス様は言う。
なら、きっとまた会える。
その頃には――
「勇者様! ミモザさん!」
「――!」
「お母さん?」
彼女は車いすを押して、壁にしがみつきながらも一人で立とうとしていた。
脚を震わせながら力いっぱい地面を踏みしめて。
「私も頑張ってみます! またいらした時に、歩けるようになっていますから!」
「――はい!」
「期待しています。ダン君! お母さんをしっかり支えてあげてくれ」
「う、うん! ありがとう!」
シロサギが空を舞う。
癒しの鳥は、彼女たちの希望になってくれるだろう。
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