キツツキと樵②
翌朝、私は音で目を覚ました。
トン。
何かを叩く音だった。
「ぅ……」
馬車の中にまで響く音。
まだ聞こえる。
トン、トン――
「何の音?」
目が覚めて起き上がる。
馬車の外、森のどこかから音が響いていた。
私は馬車から降りる。
「おはよう、ミモザ」
「おはようございます。ファルス様」
私より先にファルス様は目覚めていた。
出発前に昨日の焚火の片づけをしてくれているみたいだ。
「すみません。私も手伝います!」
「大丈夫。もうすぐ終わるから」
「いえ、手伝います!」
すべて一人でやらせてしまって申し訳ない。
終わりかけだけど、私も手伝う。
何かしないと気が済まない。
「本当に真面目だね」
これは真面目とかじゃなくて、ただ当たり前のことだと思うけど……。
片づけはほとんどやらせてしまったし、他にできることはないかと探す。
その最中も、どこかでトントンと音が聞こえた。
「あの、この音って……」
「十分くらい前から聞こえているね。森の中からだ」
「何なんでしょう? 何かを叩く音みたいですけど」
「たぶん、木を切っているんじゃないかな?」
ああ、そういう音なのか。
言われてみれば、叩くというより切っている音に聞こえてくる。
「樵さんでしょうか」
「たぶんね。朝早くから頑張っているみたいだ」
「そうですね」
樵は大変な仕事だ。
肉体労働だし、単純作業だから続けるのも疲れる。
前世のように機械があれば簡単だろうけど、この世界は科学技術の発展が遅い。
魔法という特別な力がある影響で、それ以外の技術発達が遅れているみたいだ。
遠い国の中には、科学によって発展した国もあるみたいだけど、この辺りの生活は魔導具によって支えられている。
街での暮らしは豊かだけど、魔法が仕えない一般人には不便なことも多いだろう。
「邪魔をしてはいけないし、もう出発しよう」
「そうですね」
森を抜けて、勇者パーティーの仲間がいる街まで急ごう。
予定では一週間くらい馬車を走らせて到着する距離だった。
「この先は山越えもある。気を引き締めて行こう」
「はい」
片づけを終えて、馬車に乗り込んだ。
操縦を教わるために、私はファルス様の隣へ座る。
馬車が走る。
樵の音が徐々に近くなっていた。
「この辺りで切っているみたいですね」
「そうみたいだね。切り倒された木の跡が……」
「ファルス様?」
何やら険しい表情を見せる。
空気が変わる。
直後、ドシンと大きな音が響いた。
何かが倒れた音だ。
「何!?」
今の音は?
切っていた木が倒れる音?
それにしては不自然なタイミングだった。
樵のトンという音が聞こえなくなって、数秒経ってからの振動音。
そして何かを踏み荒らすような音もする。
「ミモザ、君はここにいてくれ」
「え? ファルス様?」
ファルス様が馬車を止め、急いで馬車から飛び降りる。
その横顔から緊迫した雰囲気を感じた。
「近くに魔物がいる」
「それって……」
まさか樵さんが襲われている?
だからファルス様も慌てているのか。
「私も行きます!」
「――! 危険だよ?」
「わかっています。でも、私にも手伝えることがあると思います!」
何ができるかはわからないけど、困っている人がいてじっとはしていられない。
私も馬車から降りる。
「わかった。でも無茶はダメだよ」
「はい!」
「行こう」
私は頷き、ファルス様の後ろを走る。
森の中へ進む。
明らかに不自然な倒れ方をしている木々と、地面に斧が落ちていた。
斧の近くには血の跡もある。
緊張が走る中、声が聞こえた。
「だ、誰か!」
高くよく通る声だった。
声を聞いたファルス様は、目にも止まらぬ速さで駆ける。
木々の奥で魔物に襲われている人がいた。
怪我をして立ち上がれない。
そこを大きな爪を持つ熊のような魔物が襲い掛かる。
「伏せて!」
「――!」
振り下ろされる手をファルス様が受け止める。
そのまま腕を掴み、大きく背負うようにして投げ飛ばした。
「え……」
「もう大丈夫だよ。安心して」
私より先に到着したファルス様が、襲われていた人を救出する。
怒った魔物はファルス様に襲い掛かろうとした。
「あ、危ない!」
「大丈夫」
魔物の攻撃を軽々と弾き、腰から抜いた聖剣の一太刀を浴びせる。
一瞬だった。
あまりに綺麗な一撃に見惚れているうちに、魔物の首は両断されて倒れる。
斬ったはずの刃には血すらついていない。
勇者の前に、魔物は無力だった。
ファルス様は聖剣を鞘に納める。
「これでもう安心だ」
「兄ちゃん……つえーな」
「勇者だからね」
「勇者!」
目を輝かせているのは、まだ幼い少年だった。
遅れて私も駆け寄る。
その前に、落ちていた斧を拾い上げた。
思ったよりも重い。
こんなにも重い斧を、あの少年が振っていたのだろうか。
「兄ちゃん! 勇者様なのか!」
「そうだよ。僕はファルス、君はこの辺りの子供かな?」
「うん! 俺はダン!」
私は斧を持って近寄る。
「あ、それ俺の斧! お姉ちゃんが拾ってきてくれたの?」
「うん。君のだったんだね」
「そうだよ!」
「君は樵なのかい?」
「うん!」
ダン君は元気よく返事をした。
立ち上がろうとして、痛みを感じて顔をしかめる。
「痛っ」
「大丈夫?」
「怪我をしているみたいですね」
「これくらい平気だよ!」
彼は膝をすりむいていた。
深くはないけど、転んで打ち付けたのだろう。
「無理しちゃダメだ。ミモザ、消毒と包帯を持ってきてほしい」
「わかりました。馬車から持ってきます」
「平気だって!」
「ダメだ。黴菌が入ったら大変だぞ? ちゃんと手当しよう」
馬車から包帯や医薬品の一式を持ち、二人の元へと戻った。
傷口を水で洗い、その上で消毒する。
「ちょっと染みるよ」
「っ、平気!」
「偉いぞ。男の子だもんな」
「うん!」
痛みに耐えて消毒を終えて、布と包帯で傷口を塞いだ。
回復魔法が使えたら、このくらいの傷は簡単に治せたのに。
自分にその才能がないことが悲しい。
「ありがとう! 勇者のお兄ちゃん! お姉ちゃん!」
「どういたしまして」
でも、ダン君の屈託のない笑顔を見られたから、今はこれでいいとも思った。