千羽鶴と勇者様①
連載版もよろしくお願いします!
※連載に伴いタイトルを変更しています。
旧題:優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~
「ミモザ。この書類も今日中に終わらせておきなさい」
「はい。お姉様」
「わかっている? 間に合わなかったらお仕置きよ」
「……はい」
そう言い残し、ユリアお姉様は宮廷の執務室から立ち去ろうとする。
いつものことだし、どこへ行くかもわかっている。
だけど一応、聞いておかないといけない。
今は仕事中で、ここは職場なのだから。
「あの、お姉様」
「何よ?」
私が呼び止めると、不機嫌そうな顔で振り返った。
大丈夫だ。
睨まれるのもいつも通り。
「どちらに行かれるのですか?」
「それ、あなたに関係あるかしら?」
「一応……仕事中ですから」
「……」
お姉様は怖い顔で私を睨む。
大きくため息をこぼし、面倒くさそうに答える。
「お茶会に呼ばれているのよ」
「お茶会……」
お仕事とは無関係であることはわかっていた。
彼女は悪びれもなく続ける。
「そう。アスベル様から招待されているの」
「アスベル様が?」
「ええ、あなたもよく知っているでしょう? 本当なら、あなたの役目だったのにねぇ」
「……」
アスベル・ランド様。
ランド公爵家の長男で、次期当主になられることが決定している方だ。
王国でも名のある貴族の家柄である。
そして、数日前までは……私の婚約者でもあった。
「ミモザが婚約者のままだったら、こんなことをしなくても交流は続いていたのよ」
「……申し訳ありません」
「まったくね。不出来な妹を持つと大変だわ」
「……」
お姉様は嫌味を言い残し、執務室の扉を開ける。
「それじゃ、言ったことは守りなさい。夕方までには戻るわ」
「は、はい。お気をつけて」
私は去っていくお姉様を笑顔で見送った。
バタンと扉が閉まる。
一人になり、シーンと静寂が聞こえるようだった。
「……ふんっ!」
パチンと、私は自分の頬を叩いた。
「暗くなっちゃダメ! 頑張らないと!」
そうやって自分を鼓舞する。
山もりの書類を、今日中に終わらせないといけない。
これが今の、私の役割なんだ。
たとえお姉様に……理不尽に押し付けられたものだとしても。
役割が与えられることは、当たり前じゃない。
私はそれをよく知っている。
◆◆◆
十八年前の冬。
私は異なる世界の住人だった。
「ごほっ、っ……」
「寒いでしょう? 窓、閉めるわよ」
「待ってください。もう少しだけ……外の空気を吸っていたいんです」
私がそう言うと、担当の看護師さんは小さくため息をこぼす。
「あと五分だけよ。それ以上は身体に悪いわ」
「ありがとうございます」
看護師さんは、五分経ったらまた来ると言って別の患者さんを見に行った。
病室で一人、私は冷たい風を感じる。
私が知っている外の世界は、この狭い病室と、窓から見える青空だけだった。
生まれつき身体が弱かった私は、毎年のように重い病気になった。
学校も満足に通えない。
だから友達なんていないし、けれど私の病室には、たくさんの鶴が飾ってある。
千羽ではきかない数の折り紙だ。
中には顔も知らない同級生や先生が、早く元気になってねとメッセージを残して折ってくれた。
周りがやるから仕方がなくだったり、無理矢理やらされた人も多いだろう。
名前しか知らない人のために、貴重な時間を使って折り紙を折る。
「……ありがとう」
たとえ心が籠っていなくとも、私のために時間を使ってくれたことが嬉しかった。
一羽一羽、誰が折ったのかもわからないけど。
私はいつも、顔も見えない誰かに感謝して生きていた。
五分経って、看護師さんが戻ってきた。
窓を閉める。
病室は暖房が効いていて、すぐに温かくなった。
「私、大人になったら看護師になりたいです」
「え? 急にどうしたの?」
唐突に話し出した私に、看護師さんは驚いていた。
私も、こんな話をしたのは初めてだ。
「たくさんお世話になったから、恩返しがしたいんです」
「……ありがとう。でも、この仕事大変よ? 体力もいるし、休みだって簡単にとれないんだから」
「そう……ですね……私じゃ……」
病弱な私じゃ、過酷な労働環境には耐えられないだろう。
落ち込む私に、看護師さんは優しく言う。
「別になんでもいいのよ。恩返しがしたいなら、看護師じゃなくても」
「……そう、ですか」
「そうよ。だって世界中にはいろんな人がいて、それぞれの役割があるの。看護師じゃなくても、人の役に立てる仕事はいっぱいあるわ」
看護師さんは私の心を汲み取ってくれた。
そうだ。
私は別に、看護師になりたいというわけじゃない。
ずっと病弱で、誰かに支えられて生きてきた。
それを誰よりも実感している。
だからこそ……。
「誰かの役に立ちたい……そうでしょ?」
「――はい」
今度は私が、困っている誰かを助けられる人間になりたい。
見ず知らずの誰かに支えられ、助けられる心強さを知っている私だからこそ、いつか誰かに勇気を与えたい。
怖くて、苦しくて、辛い誰かの背中を押してあげたい。
ただ、それだけが願いだった。
「それなら、早く元気にならないといけないわね」
「はい! そうですね。今の私じゃ、何もできないから……」
「そんなことないわ。ほら、また私の愚痴を聞いてくれる?」
「そんなことでいいなら」
「ありがとう。聞いてよ。また病棟医のおじさんがテキトーな指示してきたのよ。ちゃんと患者さんを見なさいっての」
病室のベッドから起きられない今の私じゃ、誰かの役に立つことはできない。
それをもどかしく思う。
早く元気になりたい。
毎年この時期になると、特にそう思う。
次の春までには元気になって、学校に行って……鶴を折ってくれた同級生たちに、精一杯お礼を言いたいと思った。
まずはそこから始めよう。
支えてくれた人たちへの恩返しから。
そう思っていた。
けれど、次の春を迎えることは……なかった。
十七歳。
高校二年の冬。
私は……短い生涯を終えた。
◆◆◆
奇跡が起こった。
そうとしか思えない出来事だった。
(ここは……どこ?)
気がつくと私は、見知らぬ世界で赤ん坊として生まれ変わっていた。
両親が喜んでいる姿が見える。
赤ん坊だから泣くことしかできないけど、身体は温かく、元気に動いてくれた。
(願いが叶ったの? 本当に?)
死の直前、私は願った。
もしも来世があるのなら、今度は誰かを助けられるような人間になりたい。
苦しむ人々のために人生を捧げたい。
どうか、お願いします。
――神様。
私に、恩返しのチャンスをください。
強く願った。
無理だとわかっていても、死にゆく私にできたことは、ただ願うことだけだった。
無駄じゃなかったらしい。
私は生まれ変わった。
新しい世界で、新しい生を受けた。
これは運命だ。
だから頑張ろう。
願いを叶えるために、誰かの役に立てるように。




