表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
折り紙職人ミモザの日記帳 ~病弱だった私は異世界に転生したので恩返しの旅に出る~  作者: 日之影ソラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/14

千羽鶴と勇者様①

連載版もよろしくお願いします!


※連載に伴いタイトルを変更しています。

 旧題:優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

「ミモザ。この書類も今日中に終わらせておきなさい」

「はい。お姉様」

「わかっている? 間に合わなかったらお仕置きよ」

「……はい」


 そう言い残し、ユリアお姉様は宮廷の執務室から立ち去ろうとする。

 いつものことだし、どこへ行くかもわかっている。

 だけど一応、聞いておかないといけない。

 今は仕事中で、ここは職場なのだから。


「あの、お姉様」

「何よ?」


 私が呼び止めると、不機嫌そうな顔で振り返った。

 大丈夫だ。

 睨まれるのもいつも通り。


「どちらに行かれるのですか?」

「それ、あなたに関係あるかしら?」

「一応……仕事中ですから」

「……」


 お姉様は怖い顔で私を睨む。

 大きくため息をこぼし、面倒くさそうに答える。


「お茶会に呼ばれているのよ」

「お茶会……」


 お仕事とは無関係であることはわかっていた。

 彼女は悪びれもなく続ける。


「そう。アスベル様から招待されているの」

「アスベル様が?」

「ええ、あなたもよく知っているでしょう? 本当なら、あなたの役目だったのにねぇ」

「……」


 アスベル・ランド様。

 ランド公爵家の長男で、次期当主になられることが決定している方だ。

 王国でも名のある貴族の家柄である。

 そして、数日前までは……私の婚約者でもあった。


「ミモザが婚約者のままだったら、こんなことをしなくても交流は続いていたのよ」

「……申し訳ありません」

「まったくね。不出来な妹を持つと大変だわ」

「……」


 お姉様は嫌味を言い残し、執務室の扉を開ける。


「それじゃ、言ったことは守りなさい。夕方までには戻るわ」

「は、はい。お気をつけて」


 私は去っていくお姉様を笑顔で見送った。

 バタンと扉が閉まる。

 一人になり、シーンと静寂が聞こえるようだった。


「……ふんっ!」


 パチンと、私は自分の頬を叩いた。


「暗くなっちゃダメ! 頑張らないと!」


 そうやって自分を鼓舞する。

 山もりの書類を、今日中に終わらせないといけない。

 これが今の、私の役割なんだ。

 たとえお姉様に……理不尽に押し付けられたものだとしても。

 

 役割が与えられることは、当たり前じゃない。

 私はそれをよく知っている。


  ◆◆◆


 十八年前の冬。

 私は異なる世界の住人だった。

 

「ごほっ、っ……」

「寒いでしょう? 窓、閉めるわよ」

「待ってください。もう少しだけ……外の空気を吸っていたいんです」


 私がそう言うと、担当の看護師さんは小さくため息をこぼす。


「あと五分だけよ。それ以上は身体に悪いわ」

「ありがとうございます」


 看護師さんは、五分経ったらまた来ると言って別の患者さんを見に行った。

 病室で一人、私は冷たい風を感じる。

 私が知っている外の世界は、この狭い病室と、窓から見える青空だけだった。

 生まれつき身体が弱かった私は、毎年のように重い病気になった。

 学校も満足に通えない。

 だから友達なんていないし、けれど私の病室には、たくさんの鶴が飾ってある。

 千羽ではきかない数の折り紙だ。

 中には顔も知らない同級生や先生が、早く元気になってねとメッセージを残して折ってくれた。

 周りがやるから仕方がなくだったり、無理矢理やらされた人も多いだろう。

 名前しか知らない人のために、貴重な時間を使って折り紙を折る。


「……ありがとう」


 たとえ心が籠っていなくとも、私のために時間を使ってくれたことが嬉しかった。

 一羽一羽、誰が折ったのかもわからないけど。

 私はいつも、顔も見えない誰かに感謝して生きていた。


 五分経って、看護師さんが戻ってきた。

 窓を閉める。

 病室は暖房が効いていて、すぐに温かくなった。


「私、大人になったら看護師になりたいです」

「え? 急にどうしたの?」


 唐突に話し出した私に、看護師さんは驚いていた。

 私も、こんな話をしたのは初めてだ。


「たくさんお世話になったから、恩返しがしたいんです」

「……ありがとう。でも、この仕事大変よ? 体力もいるし、休みだって簡単にとれないんだから」

「そう……ですね……私じゃ……」

 

 病弱な私じゃ、過酷な労働環境には耐えられないだろう。

 落ち込む私に、看護師さんは優しく言う。


「別になんでもいいのよ。恩返しがしたいなら、看護師じゃなくても」

「……そう、ですか」

「そうよ。だって世界中にはいろんな人がいて、それぞれの役割があるの。看護師じゃなくても、人の役に立てる仕事はいっぱいあるわ」


 看護師さんは私の心を汲み取ってくれた。

 そうだ。

 私は別に、看護師になりたいというわけじゃない。

 ずっと病弱で、誰かに支えられて生きてきた。

 それを誰よりも実感している。

 だからこそ……。


「誰かの役に立ちたい……そうでしょ?」

「――はい」


 今度は私が、困っている誰かを助けられる人間になりたい。

 見ず知らずの誰かに支えられ、助けられる心強さを知っている私だからこそ、いつか誰かに勇気を与えたい。

 怖くて、苦しくて、辛い誰かの背中を押してあげたい。

 ただ、それだけが願いだった。


「それなら、早く元気にならないといけないわね」

「はい! そうですね。今の私じゃ、何もできないから……」

「そんなことないわ。ほら、また私の愚痴を聞いてくれる?」

「そんなことでいいなら」

「ありがとう。聞いてよ。また病棟医のおじさんがテキトーな指示してきたのよ。ちゃんと患者さんを見なさいっての」


 病室のベッドから起きられない今の私じゃ、誰かの役に立つことはできない。

 それをもどかしく思う。

 早く元気になりたい。

 毎年この時期になると、特にそう思う。

 次の春までには元気になって、学校に行って……鶴を折ってくれた同級生たちに、精一杯お礼を言いたいと思った。

 まずはそこから始めよう。

 支えてくれた人たちへの恩返しから。


 そう思っていた。

 けれど、次の春を迎えることは……なかった。


 十七歳。

 高校二年の冬。

 私は……短い生涯を終えた。


  ◆◆◆

 

 奇跡が起こった。

 そうとしか思えない出来事だった。


(ここは……どこ?)


 気がつくと私は、見知らぬ世界で赤ん坊として生まれ変わっていた。

 両親が喜んでいる姿が見える。

 赤ん坊だから泣くことしかできないけど、身体は温かく、元気に動いてくれた。


(願いが叶ったの? 本当に?)


 死の直前、私は願った。

 もしも来世があるのなら、今度は誰かを助けられるような人間になりたい。

 苦しむ人々のために人生を捧げたい。

 どうか、お願いします。


 ――神様。


 私に、恩返しのチャンスをください。


 強く願った。

 無理だとわかっていても、死にゆく私にできたことは、ただ願うことだけだった。

 無駄じゃなかったらしい。

 私は生まれ変わった。

 新しい世界で、新しい生を受けた。

 これは運命だ。

 だから頑張ろう。

 願いを叶えるために、誰かの役に立てるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載開始!! URLをクリックすると見られます!

『通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~』

https://ncode.syosetu.com/n9843iq/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ