40 呪いを与えて進ぜよう
「ハノイヴァ王家は反唯一神国である事を逆手にとって刑法を変え、身よりの少ない金持ちに神力持ちの疑いを掛けて処刑し、財産を奪うなんて真似をするようになった―――てのは朗読してあげたよね?」
「そこは捏造ではないのね?」
「もともと捏造なんかしてませーん。話を引き延ばして時間稼ぎがしたかったからであってぇ、おおよそは朗読した通りだよ」
「ああ、そういえば"水増し"だっけ」
―――さすがにこれ以上の水増しはきついよー
殿下が神力ファビュラス地獄耳で聴いたという、リグナスの台詞を思い出す。
「水増し。うーん、自分で言っといてなんだけど、どちらかというと"増殖"の方が正しかったかな」
「増殖?」
「うん、増殖だね」
「どういう事?」
「ユンライちゃんってさあ、本当に人外レベルの美女なんだけど、ただ、性格の方はちょっとアレだから見た目に反してそんなにモテてなかったんだよね」
「と言う事は?」
メリアザンさんの日記によれば、ユンライ様は10人もの牢番が死刑になる事も厭わず脱獄させようとした筈だけど…。
「実際は3人てトコかなぁ」
現実的な数字キター。
「で、でも一応本当に3人もの牢番が脱獄させようとして死刑になったのね…」
「でもさぁ、3人程度だと話がすぐ終わっちゃうじゃん? 引き延ばす為にアホな牢番には増殖してもらったわけだねぇ」
"増殖"ってそういう事かー。
「そういえばハノイヴァが滅亡したのはユンライ様のせいって言ってたけど…」
「本当にそうだから」
「どうやって」
「ユンライちゃんがハノイヴァを呪ったんだ」
「どんな呪い?」
「それを口にしてしまうと、上司―――魔神との誓約に抵触するからさ。なんとか時間稼ぎしようと僕なりに必死だったんだよね…」
ユンライ様は祖父顔負けの反唯一神派で、
それなのに神力持ちの容疑を掛けられ、
処刑を宣告されてしまったお気の毒な方
―――と、私はずっとそういう認識でいたわけだけど。
「あ、ユンライちゃんってガチの神力持ちだったんだよね」
「え」
「あの頃メリアザンが処刑した神力持ちの死刑囚は、精進潔斎歴があった者達以外は全員が冤罪だったけど、ユンライちゃんだけはガチの神力持ちだったんだよ」
「ええぇ… 反唯一神ガチ勢伯爵の孫娘なのにガチ神力持ち? しかも孫娘様の方も反唯一神ガチ勢だったのよね? それなのにガチ神力持ち?」
「もうね。唯一神を憎むあまり、神力絶対使わない、使ってたまるかぁという気合いで生きてきたってさぁ、ユンライちゃん、処刑台で演説ぶちかましてた」
「しょ、処刑台。ユンライ様は結局その、火刑になったの?」
恐る恐る訊いてみる。
でもすぐにハッとした。
「そうだ、メリアザンさんが悪魔召喚スクロールを買う案はどうなったの?」
「ああ、うん。メリアザンはユンライちゃんの処刑日前に神殿で悪魔召喚スクロールを買おうとしたんだけどね、売ってもらえなかったんだ。メリアザンと故伯爵の関係はそこそこ知られていたから怪しまれたみたいでさ」
「ああ…」
私は眉間に皺を寄せた。
「それならメリアザンさんは―――ユンライ様が苦しまないよう火を掛ける前に殺して差し上げたのよね?」
そう訊くとリグナスは「アハハ」と笑った。
「メリアザンは泣きながらユンライちゃんを火刑台に導いたよ。伯爵から譲渡された魔道具はいつでも外せるように緩く留めておいたし、万策尽きた場合には楽にして差し上げるつもりで懐にナイフを忍ばせていたっけな」
「ユンライ様は結局…」
すでに300年前に終わった事とはいえ、悼ましく思う気持ちが湧き上がる。
だけどリグナスは首をふった。
「実はさ。ユンライちゃん、聖女も鼻息で吹き飛ぶレベルの神力持ちだったんだよね」
「へ?」
「焼こうとしても焼けないレベルの神力持ちだったの」
「はい?」
私は目が点になった。
ユンライ様は自分を焼くために用意された火刑台を見ても涼しい顔をしていた上に、火刑台の足元に積まれた藁や薪に自らの神力で灯した火を掛け、その燃えさかる藁と薪の上を涼しい顔で歩いて中央まで登ると、
『消えよ』
そう一言呟いた。
すると、ごうごうと燃えていた火は立ちどころに鎮火。
そして、
『神力を使うのはいつぶりだろうの』
そう嘯いたという。
「処刑の見届けをする為に設えられていた王族用の観覧席には国王、王妃、王子が2人と王女が1人、合計5人が腰掛けていたんだけどさ。
彼らはユンライちゃんの披露した神力をトリックだと決めつけた。
火刑台の設置、藁や薪を用意したメリアザンを怪しんで責めたり、衛兵達にユンライちゃんを拘束する為の魔術師を呼びに行かせたりとちょっとした騒動になったんだけど、ユンライちゃん、その光景を見て大笑いしてね。やめれ、腹筋痛いわ、ブハハハって」
「ふっきん…」
「王族の誰かが発した"トリックだ"って言葉がツボにはまったらしくて」
『私は神力持ちとして処刑されるのであろう?
その神力を使ってトリック扱いとはこれ如何に。
そもそも舐めくさってデバフもかけとらんかった癖に。
つまりそなたら誰一人、私に神力があるとは
思っておらなんだという事よの』
そう呟いたのだという。
「特に大声で叫んでいる様子もないのに、その言葉はまるで耳元で話されでもしたかのように明瞭でねぇ。恐らく処刑を見物に来た全ての人々の耳に聞こえていたと思うよ」
『世界で唯一の反唯一神国ハノイヴァよ、
その意気や良しである。
アースタートの力である神力を持つ者を罪人だと見なすのならば
些か業腹ではあるが受け入れんこともない。なかった。
だがな、許せぬ事もある』
『何度か脱獄しておる間に知った事であるが、
私と同じ罪状にて逮捕され、
すでに処刑された者達のほぼ全員が
実は神力など持ってなどおらなんだと聞き及んだぞ?
せっかくの反アースタート国だというのに
そういう無体を繰り返しては国が滅ぶぞ? 勿体のない。
この国の将来の為にも
―――私がクズ王家に呪いを与えて進ぜよう』
そう言った直後、ユンライ様は手を大きく旋回させ、
なにやら詠唱したかと思うと、
次の瞬間にはその場から姿を消してしまったのだという。
「処刑見物に来ていた人々は勿論、観覧席にいた王族達もポカーンとしてたよ。勿論、メリアザンもね。
最後の
『―――私がクズ王家に呪いを与えて進ぜよう』
この台詞は、一同皆耳で聞いた。
だけど呪いの具体的な内容は言葉ではなく脳内に直接響いたんだ。
処刑見物に来てた人々だけでなく、王国中の国民、外国からの外交官、観光客とか、とにかくその時にハノイヴァ国内にいた人達全ての脳内にね」
呪い。
どんな呪い?
「その時、リグナスの上司はどこにいたの? ハノイヴァの魔神なんだよね? ユンライ様の呪いを阻止しようとはしなかったの?」
「さっきも言ったけど上司はもともとハノイヴァにはほとんど居なかったし、この時も居なかったよ。まさに後の祭り」
「ていうか、ユンライ様、"この国の将来の為"って。滅亡させる意図は無かったって事?」
「ああ、うん。そんな気はなかったみたいだね。滅亡しちゃったけどねえ、あははは」
リグナスは楽しそうだ。
「さぁて、ユンライちゃんの呪いの内容のお品書きとは!」
「い、いよいよなのね!?」
殿下がこの3年間、追い求めたハノイヴァの滅亡理由が明かされる時がついに来たぁぁ。
次にリグナスが紡ぐ台詞を固唾を呑んで見守ってると、
「よっし、ライラちゃん。僕のお話はここ迄でーす」
ニコッと笑顔で終了されてしまった。
「ええ? なにそれ、呪いってどんなんだか教えてよ」
「だーめ。上司との誓約は何にも勝るのでぇ~、僕からはお話できませぇーん」
「ハノイヴァ関連について色々言っちゃってる時点で誓約破ってるじゃないの」
「誓約は滅亡理由だけでーす、呪いの内容以外の部分は僕の裁量」
「最後まで話してくれる気がないなら話さないで欲しかったわ! 今更ながら好奇心に火が点いちゃったじゃん!」
「ふふふっ、これは復讐なんだよ、ライラちゃん。3年の付き合いの僕をものすごく簡単に裏切ってくれたじゃん。さっきギーズ君に言ってた台詞、忘れてないからね。ミンチにして生ゴミだっけ。傷付いたよ、ホントにもう」
「……そぉんな事言ったっけぇ?」
力の限りすっとぼけようとしたけど無理のようで、
リグナスはどんなになだめすかしても続きを話してはくれなかった。
そして、
「さぁて、そろそろギーズ君のとこ戻ろうか」
軽い調子でそう言った。




