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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
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21 グレンダーさんの消えない哀しみ

 紺碧宮に着いたら早速今回の幽霊狩りについての打ち合わせ―――をするのかと思ったら、今回のターゲットはすでに決まっているとの事。


「え、今回は100年前の霊ですか? 300年前のじゃなくて?」

「そりゃあ俺だって300年前の霊がいいけどよ」


 殿下は仏頂面で仰る。


「残念ながら300年前の霊は難易度低いのは残ってねぇんだとよ。俺の今日の目標は"確実に成仏"だからしょうがねぇ」


 殿下としては絶対に今日リグナスにメリアザンの日記を読ませたいわけで。それで例の分布図の中で一番成仏してくれそうな幽霊を絞り込んだのだという。


 殿下は分布図を取り出し、チョークで一箇所に丸を描く。


「皇宮内の処刑場付近に自縛ってるこの霊なら、名前も人となりも判明してるしイケるんじゃねぇかってリグナスと一緒に決めたんだ」


 私が了承すると、リグナスの指パッチンで処刑場に一瞬で到着。


 皇宮の処刑場なんて初めて来るし、ちょっと身構えていたんだけど、絞首台も断頭台も無く、三方を煉瓦の壁に囲まれた広場があるばかりだ。ちょっと拍子抜けしてしまった。

 例の悪夢の中の私は牢獄の中で殿下に処刑宣告されて以降は毎回暗転してしまい、その先の映像が無い。だから処刑場の光景も見たこと無かったんだよね。


「絞首台とか断頭台とか、てっきり無造作に置いてあるもんだって想像してた…」


 するとリグナスが言う。


「ああいった機具はね。未使用時は解体して点検及び清掃して保管、使用時は都度組み立て直して使うんだよ。主に死刑執行人とその助手がああいった機具の管理もしてる。町の広場で公開処刑する時もそうだよ? 実際、広場に処刑機具置きっパにしてないでしょ?」


「リグナス、詳しいわね」


 そう言うと「あはは、まあねぇ」なんて言う。


「おい、―――そんな事より今回のターゲットは…」


 殿下はくるりと周囲を見渡し、


「アレか?」


 煉瓦の囲いの隅にあるベンチに腰掛けているお婆さんの霊を指した。


「ギーズ君、違う違う。今回のターゲットっはそっちじゃなくてあっち」


 リグナスは真逆の方向にいる壮年の男性の霊を指す。


「ギーズ君が指してるのは300年前のお婆さんの幽霊だね。正体不明でとっかかり処がないから後回しにしてる霊」

「俺にはどっちも白い靄が立ち上ってるようにしか見えねぇからな…」

「今回のターゲットはあっちのおっさんの霊だねぇ」


 そうしてリグナスは私を見る。


「あれはダクネス・グレンダー。100年前、テズビィ海賊団と帝国を結びつけた立役者。そこそこ有名人の霊」


「テズビィって―――それって確か」


 ベルザ様の100年前のご先祖の関係者が今回のターゲットなのか。


 殿下が詳細の説明をしてくれる。


「100年前のレーダーゼノン帝国はいくつかの隣国と揉めててな。

 それを憂えたダクネス・グレンダーは、ただのならず者集団だったテズビィ海賊団と帝国の橋渡しをしたんだ。

 帝国はテズビィ海賊団に私掠免許を発行し、以来テズビィ海賊団は忠実な帝国属となり、その功績から海軍を任され、数々の功績を挙げ、最終的には海賊団の首領は公爵位まで得るに到った。

 これはダクネス・グレンダーの尽力がなければなしえない事だったわけだが―――」


 三人でグレンダーさんをチラ見する。


 グレンダーさんは少し崩れかけた煉瓦の壁に背凭れて顔を上げ、空を見上げている。今日はかなりいい感じの快晴だし、見つめていたい気持ちは判るけど、でもそのせいでグレンダーさんの首がよく見える。見えちゃう。


(うん。なんというか、アレかな……)


 絞首刑になったんだろうなあ。

 だって縄目の後がくっきりと残っているからね。


 怖いけど、でも頭部が割れて血まみれだったルーキットさんよりは相当マシかな。


「リグナス、今回は私が会話役、引き受けるよ」

「え、いいの? ライラちゃん、いい子!」

「今後、本気でヤヴァそうな霊にぶち当たる事もあるだろうし、そういうのは遺憾なくあなたに押しつける為にも、私でもいけそうな霊の時はなるべく行っとこうかと」

「え、ヒド…」


 なんちゃって、本当はベルザ様のご先祖の関係者ってところに興味が湧いただけだったりする。幽霊狩りは本日で終了かもしれないからね。


 私はキリッと顔を引き締め、グレンダーさんに向かって踏み出した。






「いい天気ですね」


 話しかけるとグレンダーさんは私を見た。

 どんよりとした目だけど、


「そうだね。いい天気だね、お嬢さん」


 普通に答えてくれた。


「お嬢さん、幽霊見えるの? 凄いねぇ。おじさん、生前は幽霊なんて信じてなかったなぁ」


 幽霊性連呼症にも陥ってないみたいだし、ぜんぜん会話OKな感じ?

 後ろを振り向くと殿下とリグナスもこちらを見ていて「やったぜ!」て顔してる。


「グレンダーさんはどうしてここに居るんですか?」

「名前まで知ってんの? ……んーとね。おじさん、ここで死んだからさぁ。ぶっとい縄で首をね。こう、キュッとね」


 貴族ではなく庶民だから絞首刑。

 だけど広場での公開ではなく、皇宮の処刑場での非公開刑という事は、それなりに配慮はされている刑死だ。


「冥府には行かないんですか?」

「行かないといけないんだろうなあとは思うんだけどね。おじさんをこんな目に遭わせた奴に一矢報いないとやってらんないっていうか…」


「どなたに一矢を?」


「そりゃあ、初代のテズビィ=エナゴーテイク公爵だよ。あいつ、クッソ腹立つ。おじさん、あいつの出世にあんなに尽力してやったのにさぁ、裏切りやがってさぁ。

 知ってる? 初代エナゴーテイク公爵の帝国への忠義ヅラは外面(そとづら)に過ぎなかったんだ。敵国と通じていて、帝国の情報を売ってたの。敵性外国人を帝国内に大勢招き入れて内部テロまで企ててたの。

 それに気付いちゃったおじさんはね。通報しようとしたんだけど気付かれて、冤罪かけられて処刑されちゃったの」


「…じゃあ一矢報いたい相手は初代エナゴーテイク公爵なんですか?」

「どうやって呪い殺そうかなぁ、あれがいいかな、それともアレとかどうかなぁ……なぁんて考えてる間にあいつ、長生きした挙げ句ぽっくり天寿を全うしちゃったんだよなぁ。あーハラタツ…」


「それはなかなか切ないですね…」

「だろう?」

「でもその、実は、ですね」


 私はゴクリと喉を鳴らした。


「その初代エナゴーテイク公爵。今も冥府に居るそうです」


 これはリグナス情報。


「え、そうなの?」

「ええ。冥府へ行けば会えますので、グレンダーさん、思う存分ご本人に陳情をば…」


 グレンダーさんは目を瞬かせ、どんよりした目に少し光が宿りかけ―――たんだけど、すぐに光りを失った。


 グレンダーさんは初代エナゴーテイク公爵の事が憎い。確かに憎い。だけどそれ以上に、ならず者に高貴な身分を与えてしまった自分のマヌケさがやるせないんですって。


「エナゴーテイク公爵家を取り潰しにして、ただのならず者に戻ってもらうのがね。おじさんの夢なんだあ…」


 そういってまた顔を上げ、縄目の痕のついた首を晒して青空を見上げる。


「……私、現在のエナゴーテイク公爵閣下と一週間くらい前に会いました。とても感じの良い方でしたよ? 知的で穏やかで品が良くて…。

 初代公爵が当時何事かを企んでいたとしても、ご子孫の牙は100年かけて摩耗してしまったのではないでしょうか。

 もしも今の方々が爵位を剥奪されても、今更ならず者に戻るのはちょっと難しいのでは」


 だから諦めて冥府に行きましょうよ。―――と続けたかったんだけど、グレンダーさんは空を見上げたままだ。もう私と会話をする意志はないって事かなぁと思ってたら、


「お嬢さん…」


 しばらく間を置いてからグレンダーさんはまた話し始めてくれた。


「確かにね。エナゴーテイク公爵の子孫、時々チェックするんだけどさ」


 あ、グレンダーさん、この処刑場に自縛ってるわけじゃないのか。


「確かに初代みたいなあくどい事はやってないねぇ。やってないのに復讐対象にするのはさすがに寝覚めが悪いよねぇ。うん」


「ですよね!」


 グレンダーさんはきっといい人なんだろうなあと思った。先祖が憎けりゃ子孫まで憎くなるのはありがちだし、そうなると子孫の人格関係なく呪うよね。だけどグレンダーさんはそうは出来兼ねるって言ってるわけで。呪いたいのに呪いきれないジレンマに陥っているんだろうな。たかだか恋より命な淡い恋心で、自分を選んでくれないなら殺したくなるとか言ってるどこかのアレな令嬢とは違って。


「グレンダーさん。ここはもう、パアッと景気良く、冥府に―――」


「いやいや、お嬢さん、何言ってるの。あいつの血統なんか、いつかきっとろくでもない子孫が出てくるに決まってるじゃん。それまでおじさん、ワクテカしながら待つよ。誰が応援してくれなくても、ほら」


 グレンダーさんは青い空を指す。


「お天道様はいつだって俺の味方さ!」


 目はどんより気味なのに白い歯がキラリと光る。

 執念深いのに謎に清々しかった。

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