20 キット ワタシ ハ
「それ、エクスノヴァ将軍の凱旋パレードの場面なのだけど、もともと肩車バージョンと無しのバージョンがあったのよ。でも200年くらい前に肩車は架空の表現だろうと言い出した学者がいて、そのせいで肩車の構図は採用されなくなったの。
でもこのタペストリーは200年以上昔に織られたものだから肩車の図柄が採用されているってわけ」
100年前の初代エナゴーテイク公爵がこの城を建てた時、真新しすぎて貫禄に欠ける事を残念がり、なるだけ古物をと買い求めた装飾品のひとつがこのタペストリーだったとか。
「肩車バージョンは実際のところ、ホントに架空だったんですか?」
「どうなのかしら。でも私は架空だなんて思いたくないけどね!」
ベルザ様は楽しそうににっこり笑う。
実に素直な心からの笑顔。
「ライラ様。200年前の学者が肩車を架空の表現だと言い始めた理由はね。将軍に女のお子さんやお孫さんが居なかったからってだけの事なのよ。誰か別の軍人の肩車の逸話がエクスノヴァ将軍の逸話にまとめられてしまったんだろうって言い出したの」
「ああ、つまんない学者がそういう事、言いそうですね」
そう言うとベルザ様は「そうなのよ!」と目を輝かせる。
「将軍のご生前に近い時代ほど肩車の図柄が多いのよ? きっと本当にあった事なんだって私は思うのよねぇ」
ベルザ様は熱弁を振るう。
「どうも人間って過去の伝承を疑いすぎるきらいがあるわよね。少しでも疑わしいと全て無かった事にしかねない。
数百年後の未来では―――エクスノヴァ将軍の功績も眉唾扱いされるわ。生涯連戦連勝で、敗戦が最後の一戦だけの筈がない、あるいは将軍は伝説上の架空の人物に違いないってね」
「ああ、あるかもです」
私は肯いた。
だって最近、我が家でも似たような事があったじゃない? 長年言い伝えられながらもまさに眉唾扱いされていた我がサーレンシス城の隠し部屋は現実に存在したんだから。
ベルザ様に掻い摘まんで話し、
「私も疑ってたんですが、でも本当にあったんです」
そう言うとベルザ様は私の手を握る。
さっき仲直りした時の寒い小芝居よりもずっと強く。
瞳は宝石みたいにキラッキラだ。
「隠し部屋! ライラ様、私、そういったお話が大好きなのよ。失われた過去とか、歴史上のミステリーとか。そういうの大好きなの。ロマンを感じるの!」
「そ、そうなんですね」
うーむ。
えーと。
この感じ、なんだろう。
誰かに似てるような。
あ、ギーズゴオル殿下か。
殿下もなんでだかハノイヴァ王国の滅亡理由にやたらとロマンだなんだと関心を寄せてるわけで。
(ちょっと待って。ひょっとしてベルザ様とギーズゴオル殿下って、もの凄く気が合うのでは?)
そう思った途端、胸がチクッとなった。
以前、殿下とアイリビィ様の結ばれる将来を想像した時もチクッときたけど、今回は何故だかかなり痛かった。
もしも殿下とベルザ様が深く会話する機会を得て、お互いを知り、仲良くなってしまったら。私なんかよりもっとずっと親しくなってしまったら。ある日紺碧宮へ喚ばれたらベルザ様もいて―――なんて事になったら。
その光景を想像してみて、今度はチクッではなくズキッとなった。
しかもめちゃくちゃ痛い。
アイリビィ様とのお仲について考えた時より何倍も痛いんだけど?
なんで?
つい胸元を押さえてしまう。
「ライラ様、どうかなさいました?」
訝られて慌てて気持ちを立て直す。
「いいえ、なんでもないですわ」
なんて言いながらも私の乙女心がめちゃくちゃズキズキチクチクしちゃってる件。もしも本当に殿下とベルザ様がそうなったら。私、嫉妬で身を焦がすこと間違いなしだわ。そして―――きっとあの人を。
キット ワタシ ハ 殺シ タク ナル
(……あれ?)
なんだろう。
脳裏にとんでもない人物の顔が浮かんじゃったんだけど。
自宅に帰った私は自室のベッドに仰臥。
考えるのは今日のベルザ様の事。
ベルザ様の例の"癖"はやっぱり気になったし、レジレンス殿下について話している時のベルザ様はあまり良い感じがしなかったけど、"ロマン"について話している時の様子は嫌いじゃないって思ったわ。
(でも、だからこそよね…)
ベルザ様にさほど魅力を感じなかったら、殿下が彼女に好意を抱く可能性を思い描く事もなかった。でもうっかり好意を感じちゃったから。殿下だってベルザ様をお好きになるかもって危機感を覚えてしまった。
でも、殿下がお好きなんであろうアイリビィ様よりもベルザ様の方により胸の痛みを感じたのはなんでかな?
しばらく考えてみた結果、
(あ、判った。後から追い抜かれるのが嫌だからだ…)
ずいぶんと残念な理由だった。
私が殿下を好きになった時、すでに殿下はアイリビィ様をお好きだったから軽傷で済む。でもベルザ様は違うから。もしも後追いで追い抜かれたら私の立場がないし致命傷じゃん…という、割と自己中な理由だわ、これ。
(あはは、馬鹿らしい…)
そもそも私の脳内妄想であって、実際のところ殿下とベルザ様がどうなるかなんてわかりゃしないんだけど。
(でもねぇ…)
私はゴロリと寝返りを打つ。
そうしてクッションを抱きしめる。
殿下の怜悧な美貌が脳裏に浮かぶ。
綺麗なのに時々可愛くて、偉そうで、
高いご身分なのに何故だか粗野で乱暴で、
なのになんでだか謎の気品があって。
そんな殿下がいつか私以外の女と結ばれたら。
そうしたら。
「殿下を殺したくなっちゃうわ」
私はクッションを抱きしめたまま更にごろんごろんと転がった。転がった挙げ句にベッドの端から床にドスンと落ちる。そのまま天井を呆然と見つめる。
「何故だかものごくしっくり来ちゃった…」
私の殺意は恋敵には向かわないみたい。
向かう対象は恋した相手の方みたい。
恋をさせておいて、
それなのに選んでくれないなんてって。
えらく得手勝手な殺意が湧いちゃうみたいよ。
「私、ちょっとおかしくない?」
いや、間違いなくおかしい。
おかしいのに、でもどう考えても私が殺したいのは殿下みたいだ。
そして、悪夢の中の自分にひどい違和感を覚えた。
(悪夢の中の私は殺す相手を間違えてるわ)
あの悪夢は本当に私の未来なんだろうか。
ギーズゴオル殿下、レジレンス殿下、アイリビィ様と役者が揃い踏みで、そのせいで未来に起る事に違いないって信じ込んでしまってたけど。
今更ながら現実の私と悪夢の中のライラは別人のような気がしてきたわ。
それか、未来の私がアイリビィ様を殺す理由は恋愛がらみじゃないのかも?
ふと視界の端にユーフェの陽炎のような姿が映る。
顔は無表情だけど私を念う気持ちが伝わってくる。
私は苦笑した。
「ユーフェったら。殺意が湧くだけよ。実行しないし。そもそも私があの殿下をどうこうなんて無理なんだし、心配しないで」
それに私、まだまだ恋より"命"だしね。
安心させるようにできる限り柔らかい笑顔を向ける。
するとユーフェは無表情のままスウッと消える。
最近のユーフェは言葉を話さなくなって、表情も無く、ただ佇むだけなのよね。
次にギーズゴオル殿下にお呼ばれしたのはエナゴーテイク公爵家へ伺った日から約一週間後だった。前回の幽霊狩りからは約二週間しか経ってない。今まではだいたい一~二ヶ月後のお喚び出しだったから今回は思いがけなく早めでちょっと驚いたわ。
けどまあ、リグナスとの契約を解除するか継続するか―――殿下としても早急に腹を決めたいんでしょうね。
契約解除なら私が幽霊狩りの為に皇宮へ喚ばれる事はなくなるわね、きっと。殿下と会えなくなるのは淋しいけど、自分の些かおかしい性質―――殺意―――に気付いてしまった事だし。とっとと離れて殿下の事は忘れた方が良い気がしてる。会えなくなれば気持ちも薄れるだろうし、時間が解決してくれるでしょう。
でもリグナスとの契約が継続なら、とりあえず殿下が満足するか飽きるかまでは殿下に会えるわけで。
私的にはどちらがいいのかな。
命根性的には契約解除、
乙女心的には契約続行、か。
理性は契約解除を願っているけど、理性と乙女心はなかなかうまくは混ざらないのが困る。




