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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
12/81

12 儂が死んでから何年経った?

 ちょっと考えてみた。


 同じ会話を繰り返した私とリグナス。徒労感ハンパなかったし、何度やっても同じ結果なら、残念だけど次の霊へチャレンジした方が良いのかも?


 ああでも一応訊いておこうか。


「ねぇ、リグナス。将軍の自分語り中、途中で質問挟んだってさっき言ってたけど」

「うん。いつからここに居るんですか? とか。どなたかを恨んではいませんか? とか。全部綺麗にスルーされたけど」


「そういう質問なのね」


 私は殿下を振り返る。


「問いかけるより琴線に触れるキーワードをぶつける方があの状態の幽霊には有効な気がしませんか?」

「と言うと?」


「さっき殿下のご提案で薔薇園のメネルト様に"サーレンシス"と告げてみたところ、とんでもない反応をなさったわけじゃないですか。心を患っている幽霊にあれこれ質問したり説得するより、精神に直接攻撃した方が向き合えるんじゃないかなと」


「なるほどな」


 殿下は膝を打つ。


「今度は将軍の自分語りの途中で生前の知り合いの名前とかねじ込んでみるか。家族は勿論、皇帝の名前も。その他、凱旋した時の戦の名前や―――。そうだ、戦略ミスで奪われた領土の名前なんか特に効くかもな」


 奪われた領土の名前かー。

 なるほどそれは効くかも。


 でも、それって。


「いいね、やってみる価値あると思うよ! よぉし、早速!」


 リグナスも同意して、今まさに指を弾こうとする。


「ちょおっと待ったあ!」


 私は制した。

 気勢を削がれたように私を見る殿下とリグナス。


「なんだよ」

「なーに?」


「万が一。万が一ですよ? 現状穏やかな幽霊やってる将軍が、生前のそれらのワードを聞いて、色々とんでもない感じになっちゃったら嫌だなって。特にその奪われた領土の名前。―――薔薇園のメネルト様はもともと怖いご様子だったとはいえ、サーレンシスと聞いただけで更に怖いご様子になったわけですよね? 将軍が奪われた領土名を聞いてアレな感じになったら私、嫌だなって」


 そう言うとリグナスは肯いた。


「ああ、うん。可能性は無いとも言い切れないかなぁ」

「なので! 次の会話役、私はパスでいいですか? いえ、後ろから生暖かく見守ってはいますんで。次の会話役はリグナス、どうぞ」


 するとリグナスは、


「ライラちゃん。何言ってるの?」


 哀しそうにフッと笑う。

 女の子にそんな危ない事させるわけないよ―――とでも言うのかと思ったら、


「僕だって怖いんだから、ここはコイントスでどうよ」


 違った。


「私はあくまで幽霊狩りの助っ人。命まで賭ける気は無いですし」

「僕、薔薇園の女官にはマヂで腰抜かしかけたんだって!」

「悪魔が腰を抜かすような恐怖を12歳女児に押しつけるとかこの悪魔」

「うん、悪魔だから。悪魔に人の心を求めないでくれる?」


 言い合っていると、


「まあ、待て」


 殿下が私達の間に割って入る。


「ライラ。要するにこいつは幽霊にもビクつくような低級悪魔なんだろうよ」


 言われたリグナスは目尻を吊り上げる。


「ひっどいなー、何だよそれぇ」


 殿下はリグナスをチラッと見て鼻で笑うと、改めて私に向き直る。とてもとても誠実そう―――をいかにも演じてまーすって感じのわざとらしい笑顔で。


「ことこの件に関しちゃ俺は戦力外だからな。お前とリグナスに頼るしかねぇわけだ。しろよ、コイントス」

「ですが殿下、さすがに12歳女児が担う仕事としては重すぎるかなと」


 えへへと笑ってみたけど、殿下は誠実ヅラを崩さない。


「ライラ。リグナスとのコイントスでお前が負けちまった場合、ひとつ願い事を聞いてやろうじゃねぇか」

「願い事、ですか」

「ほら俺、これでも皇子サマだし? ある程度の事はしてやれると思うぞー?」

「ねがいごと…」


 私の願いと言ったら、生涯平穏に暮らして天寿を全うしたいってだけですし。万が一悪霊化した将軍の霊に息の根止められたらどうしてくれるんだって話。そこまでいかなくても精神に深いトラウマ抱えたらどうしてくれるんですかって思うしさ。殿下のお手伝いをするのは吝かじゃないけど、うん。命までは賭けられないですネ。12歳女児の恋心なんてそんなモンですよ。


 てなわけで、


「願い事とか特には無いのでお断りします」


 私はにっこりと笑い返した。

 すると殿下がスンッと真顔になる。


「てめぇ、けっこういい性格してんなあ」

「そんな…。私はただ命根性が少々汚いだけで」

「臣下は主君の為に命張れよゴラァ」

「殿下、こんな事に躊躇わず命を張る臣下は無能です」


 しばらく応酬が続いた結果、折れたのは殿下の方だった。


「うん、まあ。冷静に考えたら小娘にやらせるのは酷か。俺とした事が…」


 殿下は親指で額を抑えてしばらく考え込んだ後、リグナスを見る。


「てな訳でウンと年上の悪魔のお前が潔くやれ」

「ええー!?」

「命令」

「くうっ」


 リグナスは悔しそうに頬を膨らませたけれど、仕方ないなぁとばかり指をパッチンと鳴らした。






 相変わらず英雄門の前に佇んでる将軍の背中。

 そこから3リメトルほど離れた位置で打ち合わせをし、

 その後、私と殿下に見守られながらリグナスは歩き出す。


 リグナスが将軍のすぐ背後にまで近付くと、

 将軍が振り返る。


 そうして、


「おお、少年、この皇宮では初めて見る顔だのう」


 前回同様に話し始めた。


 リグナスが「僕とは今日だけでもう4回目だよー」と言っても、将軍は意に介した様子もない。


「少年。君の歳はおいくつかな」

「数えてないんで判んないなぁ」


 そんなことより、とリグナスは言う。


「ガンダール・エクスノヴァ、質問していいかな?」

「儂は幼い頃から身体が頑丈に出来ておってのう」


「ガンダール君、"エルシード戦役"で大活躍して、その記念に皇宮に英雄門を建てられたんだってね」

「その頃の儂は暇さえ有れば愛馬に乗り、草原を駆けておった」


「晩年、戦略ミスで"スイディン地方"を敵国に奪われたのは痛かったねぇ」


 将軍の人生唯一の敗戦とその結末。

 私が怖れていた"ワード"、出ました。

 さぁ、将軍に変化はあるか!?


「軍に入隊してからは戦戦(いくさいくさ)の繰り返しでのう」


 不発ぅ。


 エルシード戦役、

 スイディン地方。


 将軍の生前の光と闇だ。どちらか一方にでも多少なりと反応があるかもって期待していたけど将軍に変化はない。淀みなく今までと同じ自分語りを続けている。


「奥さんの名前はメアリアン。可愛いね」

「最後には大将軍と呼ばれたものじゃ」


「息子の名前はコルドヴァル」

「得難き奇蹟のような人生だとは思うておったが」


「孫の名前はガーネイズ」

「それでも少年時代、愛馬と駆けたあの日々の輝きには」


「えーと。故郷はアガロス地方」

「なーんて悦に入っておったら最後の最後で大ヘマをやらかしてのう」


 何も変らない将軍。

 だけど、


「主君にして弟子のマグナキア56世」


 リグナスが300年前の皇帝陛下の名を口にすると、


「……っ」


 将軍が初めて言葉を詰まらせた。

 動揺したように身体を大きく震わせて、

 首の乗っていない肩を前後左右に揺らす。


 これまでとは違う反応。


 リグナスも手応えを感じたらしく、意気込んで言葉を続ける。


「マグナキア56世はガンダール君を刑死させた事を生涯悔やんでいたよ」


 しかし。


「……ああ、少年。驚かせてすまんがのう、実は儂は幽霊でね、もうずいぶん長い事」


 ああ、元に戻ってしまった―――と思ったら、


「、長い事、長い事、長い事、長い事、長い事、長い事―――」


 突如将軍がバグりだした。


 固唾を飲んで見守ってると、霊力ゴミの殿下すら何やら様子のおかしさを感じているようで息を詰めて見守っている。


「マグナキア。ああ、マグナキアよ」


 将軍が皇帝の名を口にする。

 ずっと繰り返されていた将軍の自分語りにとうとう変化が訪れたようだ。


「儂はなんで自ら処刑される道を選んでしまったんだろう。

 いいや、判っておる。

 格好を付けて酔い痴れていたのじゃよ。

 マグナキアが泣いて控訴しろと訴えとるのに、

 儂は自分の名誉の事しか考えられなかったのだ。

 大勢の者達が泣いておったのに、

 それを振り切って自ら処刑される道を選んだ。

 そりゃあ死ぬのは嫌じゃったが、

 儂のせいで大勢の兵士が無駄死にをしたのじゃぞ?

 責任を取らずして生きながらえるのはもっと嫌じゃった。

 老醜を晒す方がもっとずっと嫌じゃった。


 だが、いざ首を落とされてみたらどうだ?


 儂の死後、マグナキアが憔悴のあまり寝込みよった。

 儂の墓には毎日大量の花が捧げられたが、

 その花の数だけ、マグナキアは自身を責めたのじゃ。

 儂はやらかしたなあとほとほと困り果てたものじゃ。

 なんとか慰めてやれんかなと傍を彷徨(うろつ)いてみても、

 あやつ、霊感ゼロと来とるしの。

 夢枕に立ってやっても、あやつ、

 朝起きると綺麗に忘れとるではないか、アホンダラ。


 こうなったらあやつの臨終の時まで待ってから、

 一緒に冥府に逝こうと思っておったんじゃが。

 待ちわびている間にいつしか迷路を彷徨(さまよ)っていたような―――」


 将軍は小脇に抱えていた頭をひょいと持ち上げ、ご自分の両肩の間の乗せた。


「儂が死んでから何年経った? マグナキアはまだ存命かの?」


 淀んでいた瞳に光が宿っていた。

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