第一章 陰陽師姫神隠しの怪に遭う話 九
今回少し短めです。
武官の平季通に話を聞いた次の日の夕刻、いつもの淑景舎の庇の間に集まった伽羅と翡翠と橘侍従の三人は、昨日の平季通の話ついて話し合いをしていた。
先ずは橘侍従が口を開く。
「今まで話を聞いた三人については、覚えている程度は違ってもほぼ同じ内容でしたね。」
「ああ、三人とも十六夜の月の夜に神隠しに遭っていた…。
それと異国風の屋敷に謎の美しい女…。」
と、柱に背を持たせ掛けて座り、腕を組んだ翡翠が答える。
「それに皆様、それぞれ神隠しに遭った場所は違うのに見つかった所は同じく右京の下町でした。」
と、二人を見ながら伽羅も続ける。
「でも、なぜ三人の方たちだったのでしょうか?
共通しているのは若い男というのみで、見た目や身分、雰囲気さえも全く違うように思われましたが…。」
「それともたまたま無作為に選ばれただけなのか…。」
「でも三人とも、その初めて会った女のことを愛しいと思うだなんて、何かの幻術に掛かったかとも思うのですが、そんなに簡単にかかってしまうとは…。
精気を吸い取られたような状態でしたし、本当にたまたまでしょうか?」
「そうだな。今はまだ分からないが、あの三人と異国の女とは何か特別な関わりが有るのかもしれないな。」
「やはり改めて調べる必要がありますね。」
伽羅も翡翠もうなづく。
「それに琵琶の音についても気になります。」
「琵琶か…。」
「琵琶を弾くというのはやはり貴族のような上流階級の家の方でしょうね。
でも三人が発見された右京の下町にそのようなお屋敷があるのでしょうか。」
首を傾げる伽羅に、しばらく考え込んでいた翡翠がはっとした顔を向ける。
「伽羅、右京の下町には何がある?」
「え、右京の下町にですか?
私はほとんど行った事の無い場所なんですが、
うーん、確か、護国寺があったかと…。」
「そう。護国寺だ。」
と、翡翠はイタズラっ子のように笑う。
都の一番南端に、都の入り口を悪しきものより守護する意味もこめて建立された護国寺はこの地に都が移された時よりある古い大官寺である。
古くから多くの留学僧を送り出し、受け入れ、今もなお大陸との交流を持つ。
「あるぞ、琵琶が。
七十年程前、時の皇帝より遣わされ、海を渡ってきたという伝説の名器、銘は十六夜だ。」
大きな瞳を更に大きく見開き伽羅は翡翠を見つめる。
翡翠は満足そうに頷いた。
「明後日、護国寺へ行くぞ。伽羅。
光資、手配を頼む。
次の十六夜の月は五日後だ。あまり時間が無い…。」
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。