番外編 侍従の恋 四
葵の以外な特技
葵の心ここにあらずといった様子に不安を感じた光資は、急いで陰陽師達の七条の家を出て下町を離れ、やっと貴族の屋敷もちらほら立ち並ぶ落ち着いた街並みの場所まで帰ってきた。
あの家を辞して以来、葵は固く口を引き結んでいる。
光資も無言のままだ。
俺は先程の葵が言った、演技や嘘とは思えない結婚がしたいといった悩みに衝撃を受けていた。
確かに何度か婿取りの話が無くなってしまったことは気の毒に思ってはいたが、そのことに対してなぜかホッとしていた気持ちに気付いた。
いつも母の世話をしてくれ、朗らかに家事をしていた葵がそんな事を考えていたなんて…。
急に葵のことがいじらしく思え、いつも屋敷に帰るとにこやかに出迎えてくれて妹のように可愛がっていた従姉妹が今までとは違う女に見えた。
そう思うと何だか気軽に声をかけづらくなってきた。
「大丈夫だ」とも違う、「気にするな」でも無く、「婿なんか取らなくてもいい」ではますます傷つけてしまいそうで上手く言葉が出てこない自分の至らなさがもどかしかった。
先程の女陰陽師の奇妙な話といい、「霞」との関連も手掛かりも無く、何かを考え込んでいる葵を見て、考えることは多そうだとため息が出た。
その時、隣を歩いていた葵が急に立ち止まり、光資の顔を見上げて不安げに呟いた。
「同じ人だった…。」
「えっ?」
「間違いない。
さっきの紫津女様と呼ばれていた陰陽師も弟子の男の人も華敬寺で参籠した時、私に不思議な体験談を語ってくれた海運業者の息子と下男と言っていた人達と同じ人だった。
最初、弟子らしい人を見て同じ場所に、左目の下に小さな傷があってあの時の下男だとすぐに気づいたけど、下男だったら参詣の時だけの日雇いで、次は新しく陰陽師の手伝いとしてここで働いていることもあり得るかもと思った。
でも、帰る時に御簾がずれて中にいる陰陽師の顔が見えた。
あの時の話をしていた若い男と同じ顔だった。
女の格好をしていたし、下男も二人とも全く見た目は違っていたけど間違いないわ。
だって私は絵を描くもの。
どうしてあんなことをしていたかは分からないけど…。」
俺はハッとした。
そうだった、葵は小さい頃から特に習ったわけでもないのに驚くほど上手く絵を描いていた。
今は趣味で借りた草子を写本する際、自分で登場人物の姿を扉絵や挿絵として描いていた。
俺もよく葵から皇子様や伽羅殿の姿を聞かれて描いた絵姿を見せてもらったことがあったが、びっくりするほどよく似ていた。
普段から絵を描くために人の顔などよく見ていたのだろう。
それで葵は巫女と弟子の男の顔を見てあんなに驚いていたのか。
でもまだ「霞」と関係あるかは分からないが、非常に怪しいことは確かだ。
例えば占いで知り得た情報を霞に流していたりすれば…。
「葵、先程の者達が霞と関係あるかは今のところまだ分からない。
でもあの者達は何か怪しい。
だからさっき言われたことは気にするな。
本気にするんじゃないぞ。
それと勝手なことは絶対にするなよ。
分かったな。」
「ええ、でも…。」
「分かったな!」
「はい…。」
葵はちょっと不服そうだったが分かってくれたようだ。
それで俺は葵に先程会った者達の普通の格好をした絵姿を描いてもらい急いで宮中へ戻った。
一方、相談に来た二人を見送った後、御簾の後にいた紫津女と呼ばれた女が胡座をかいたかと思うと長い髪をずるりと引っぱった。
ばさりと落ちたのは長い髢だった。
「あー疲れた。
今回も上手くいったかなぁ、お頭。」
弟子の男も覆面を外しながら答える。
「まぁな。女は信じたようだがちょっと気になるな。
どうも俺らの顔を見て驚いていたように見えたが…。」
「まぁ、急に風が吹いて几帳が倒れたからだろ。
俺もお頭の変装も完璧だったし。
でもあれでよかったのか?
方違えさせて屋敷に忍び込んでゴッソリじゃなくて。」
「ああ、確かあの女は参籠に来ていた橘氏の娘だろ、本家ではなさそうだが。
橘氏といえば武門の家だ。
下手に押し入ったら返り討ちにされかねん。」
「そうか。まぁ、たっぷり脅しておいたんでたんまりお宝を持ってくるだろうな。」
若い男はいやらしく笑った。
「ま、だがあの従者と言った男、只者ではないぞ。
何か勘付かれたか…。
でもまあ、そろそろ潮時だ。
たんまり稼いだし、あの女が持ってくるお宝を最後にいただいて、バレる前に都を離れるか。」
「そうだな。
近頃都でも「霞」って噂にもなってるしな。」
その夜、夜闇に紛れて七条の市の近くの瀟酒な家から、静かに荷車と数人の男達が去って行ったことに気付く者は居なかった。
上手い話には…
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