表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
8/82

第一章 陰陽師姫神隠しの怪に遭う話 八

最後の男は語る



 神隠しといわれている行方不明の事件の最初の被害者である大江 秀正に話を聞いた次の日の午後、伽羅と翡翠と橘侍従の三人は、神隠しに遭ったとされる最後の男、近衛府の武官 平 季通(すえみち)のに会うため大内裏の西にある広大な宴の松原を歩いていた。


 この宴松原には松林が広がり、昔から怪異に遭ったとされる噂が絶えない寂しい場所であるが、今は早春の午後のうららかな陽気のためか、三人はとりとめもない話をしながら歩いて行く。


 やがて右近衛府の建物が見え、三人が案内されたのは弓の練習をする射場であった。

 その一番奥で、背の高いがっちりとした体格の若い男が弓を放っていた。

この男が平季通のようだ。

男は三人の姿を見つけ、弓を置き汗を拭いながら駆け寄って来た。


「お待ちしておりました。

このような所までかたじけない。

平 季通と申します。」


と、頭を下げた。

 

 平季通は射場の隅に置いてあった床子を三人に勧め、自らは古い櫃に腰掛けた。


 橘侍従が挨拶を返す。


「こちらこそ手を止めていただきかたじけない。

我らは一の皇子様の命で神隠しの件について調べている。

平殿の話を伺いたいのだが。」


「承知しました。

 私が神隠しといわれる摩訶不思議な体験をしたのは、二月ほど前の正月過ぎの夜のことです。」


「その日の勤務は遅番で、大内裏(ここ)を出たのは真夜中近く、十六夜の月が昇っておりました。

徒歩(かち)で、左京の六条にある家へと帰る途中でした。

供は子飼の童が一人。物騒な時勢ですがこれでも武人ですので…。」


と、疲れた様に微かに笑った。


「それからしばらく歩いていると、何処からか琵琶の音が聞こえてきて、気がつくと供の童の姿は無く私一人で、見たことない立派な異国の様な屋敷のあずまやのようなところに立っていたのです。

そこには若い美しい女が座っていて…。 

…。

それからのことを全く覚えていないのです…。」

 

 平季通はそこまで語り、考えこむように首を捻った。


「でも、それからが大変でした。

その夜から二日後に右京の下町の道端で倒れているのを見つけてくれたそうですが、私が目を覚ましたのはその四日後だったそうです。

たった六日間のうちに酷く痩せてまさしく精気を吸い取られたような有様に、妻には激しく浮気を疑われて、どこかの女とよろしくやってたんだろうと散々なじられました。」

 

 そして顔をしかめ、


「違う!よく覚えていないと、正直に話したのに、妻はますます激高して泣き喚くやら暴れるやら…。

いやー、それから宥めるのが本当に大変で。

言葉を尽くして、掻き抱いて、隅々まで奉仕して…」


「うっ、ううん。」


 橘侍従は妙な咳払いをする。


翡翠は美しい眉をひそめ、伽羅は少し顔を赤らめ俯いた。


「え?あ…失礼しました。」


「でも、本当に自分でも不可解なのですが、何というか、愛しいというか…。

顔もよく覚えていない女なのに…。

魂があくがれるように気がつけば心がここに無いみたいで…。」


「やっぱりこれは妻が言うように浮気しているのでしょうか…?」


と、平季通は筋肉の落ちた大きな体でうなだれた。


 翡翠は伽羅に向き直り尋ねる。


「伽羅、これも同じと思うか?」


「ええ、同じ臭いがします。

魂がまだ囚われたままかと。」


「祓えるか?」


「はい。お任せ下さいませ。」


 伽羅はいつものごとく小さな呪符を取り出し、口の中で小さく呪を唱え息を吹きかける。


ぽかんと見つめる平季通の額にそれをかざすと、白く光りはらりと落ちた。


「女官殿は陰陽師だったのか…!」


「はい。もう悪しき気配は消えましたが、ご気分はいかがですか?」


「あ、ああ…。何か頭の中がスッキリしたような…。」


 気の抜けたような顔をした平季通に、小さく微笑む伽羅を見て翡翠もふっと笑いを漏らした。














 

 

お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ