番外編 侍従の恋 三
葵の意外な悩みと女陰陽師の話
その次の日、叔父から葵の参籠の時の話を聞いた光資は四条の屋敷に帰って来た。
この一ヶ月の間に起こった強盗事件は全部で四件、ほぼよく似た手口で何らかの方法を使って家を空けさせたり、家や店の者しか知り得ない金庫や宝のある場所を的確に把握して盗み出していた。
そして犯人達の姿を見たであろう者は全て殺されたためどのような奴らかも分からない。
強盗は数人の男らしいとは分かっているが、この強盗団のことを世間では「霞」と呼んでいた。
掴みどころが無いという意味である。
「葵、叔父上から参籠の時の話は聞いた。
お前の考える通りかもしれないな。
そうすると唯一の手掛かりはその女陰陽師だな。
不自然な事が多すぎる。
その女の居場所とかは聞いているか?」
「はい。確か右京七条の市の近くだと。」
「なあ葵、そこに一緒に行ってもらえるか。
俺が一人で行くのは不自然だ。」
「はい兄様、もちろんです。」
こうして二人は次の日その女陰陽師の家へ行くことになった。
次の日、曇り空の下、七条の下町にある西の市は年の暮も近いためか大変な賑わいであった。
たくさんの屋台や筵に商品を並べ、それらを買い求める人々や行商人も多く騒然とした中を初めての場所に葵は瞳を輝かせてキョロキョロしている。
今日は正体がバレないように、貴族の姫様とその護衛の従者という態で二人は店の人に道を聞きながら目的の場所へと着いた。
その家は板塀をめぐらし小ぢんまりとはしているが、下町にしては瀟酒な、裕福な商家の隠居所か高位貴族が秘密の恋人を住まわせるための屋敷といった風情だった。
入口で用件を告げると奥へ案内してくれた。
曇天の下、薄暗い部屋へ通される。
中には御簾が下ろされ、向こう側に人がいるのが分かった。
一人は女のようで、御簾の隙間から透けて見える長い髪と葡萄茶色の袿が鮮やかだ。
葵と同じく座った感じは大柄なようだが、はっきりとは見えないが額つきから美しい女のようだ。
もう一人は男で、片側の御簾を上げこちら側に向き直った。
浅葱色の水干に蓬髪を垂らし、顔半分、鼻から下に覆面をつけ、神仏などの儀式で自分の息がかからないようにするためのものでいかにも陰陽師の弟子といった感じの男であった。
「ようこそ参られました。
こちらは巫女であり陰陽師でもあられる紫津女様でいらっしゃいます。
故あってお姿を現すことは叶いませんが、そなた様の悩みや願いなどを全て見通すことができる力を持っていらっしゃいます。
安心してお任せ下され。
さて今回のご相談はこちらのお嬢様で?」
と、男が口上を述べた。
葵は何故か怪訝な顔をして固くなっている。
代わりに従者のふりをした光資が答える。
「はい。こちらはさる貴族の姫様で山吹様とおっしゃいます。
本日はよろしくお願い申し上げます。」
と、咄嗟に光資は葵のことを橘(柑橘)の姫、山吹姫と答えた。
「では、山吹姫様、どうぞお話し下さいませ。」
固くなっていた葵が男に声を掛けられてびくっと顔を上げる。
その心ここにあらずといった様子は、何か悩みを抱えて疲れているように見えた事だろう。
急に話を聞かれて葵も内心ドキドキしていたが、ややあってぽつりと一言漏らした。
「実は私…結婚したいのです…。」
「私はこのような見た目と性格で、殿方とはご縁が無くて…
皆、心配してくれてはいますが、もう周りの負担になりたくないのです。
どうか、良きお方と会えるようご教示下さいませ。」
しばらく間があいたが、弟子の男はハッとして、
「もちろんでございます。
紫津女様が姫様に相応しいお方とめぐり逢えますよう占ってくれるでしょう。」
と言った。
女が御簾の奥へと移動し、御幣を激しく振る姿が透けて見える。
それとともに低く呪を唱える声と、炉に何か焚べたのか抹香の匂いが部屋の中に広がった。
そして鋭い叫び声が一声上がり、紫津女と呼ばれた巫女が倒れ込んだのが見えた。
しばらくして女は弟子に抱えられて再び御簾の前へ座る。
弟子の男が御簾の中から出てきて神妙な顔で葵達に告げた。
「御神託が下りました。
紫津女様が視たものは、姫様のお屋敷には乾か巽の方角に蔵は有りますでしょうか?」
「ええ、確か乾の方角に古い蔵があります。」
「正しくその蔵です。
その蔵の中には失礼ですが、貴重な物、例えば金や財宝など入っているでしょうか?」
「えっと、私は中に入った事が無いので詳しくは存じませんが、多分何かはあったかと…。」
「それです!金や財宝といった物の多くは人の汚れた欲や執着が纏わりついております。
それらが穢れとなり姫様のご縁の邪魔をしているのです。
それらの凝り固まった穢れはいずれ姫様だけでなく、ご家族の方達へも災いとして降りかかるでしょう。
そうなってからでは遅い!
ご家族が不幸に見舞われる前に穢れを浄化する必要があります。」
「えっ!それは大変。私はどうしたら…。」
「大丈夫です。紫津女様が御神託を授かっておられます。
まず、白い丈夫な布の袋を用意し、その中に穢れた金や財宝を入れて下さい。
姫様の願いが大きいほど、ご家族をお救いになりたいと思う気持ちが強いならばそれに見合う出来るだけたくさんの量の穢れたものをお入れ下さい。
そしてそれを二日後の十三夜月の夜までに都の北東にある瑞谷寺跡の境内の北にある宝篋印塔の前に埋めて下さい。
でもその姿を人に見られてはなりません。
姫様お一人で行うのです。
そうすれば必ずや山吹姫様の願いは聞き届けられ、ご家族に降りかかる災難も除く事が出来るであろう、との仰せです。」
そう言って弟子の男は葵を見つめて力強く頷いた。
何かを深く考え込んでいる葵を促して光資は言われた通りの妥当な見料を支払って、二人に礼を言い部屋を出ようと戸を引き開けた。
その時突然強い木枯らしが吹き、室内にあった几帳が風によりバタンと倒れて御簾をずらした。
そして御簾の内側に座っていた紫津女と呼ばれた巫女の姿を顕にする。
ほのかに透けて見えていた通り、長い髪の整った顔立ちの若い女だった。
「あっ。」
小さく驚きの声を発して立ち止まった葵を急かすように光資はその場を辞して家の外へと連れ出した。
注 葡萄茶色 ワインレッド色
浅葱色 青みのある薄緑色
乾(西北) 巽(南東) 家相学ではこの方角に蔵を作ると吉とされる
なーんか聞いた事ある話ですね…
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




