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陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
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番外編 侍従の恋 一

久々の投稿です。

本編ではさらりと流してしまった橘侍従の結婚秘話です。

時系列としては第二章と第三章の間の話で、数話完結の予定です。

裏方に回ることの多い橘侍従ですが、初のW主人公の話となります。



 急に冬がやって来たかと思うような木枯し吹く師走の慌ただしい都の大路を黒い馬が颯爽と駆けてゆく。

 

 供もつけずに一人乗っているのは、がっしりとした体格に合うスッとした男らしい顔立ちに柔和な目元をした、一の皇子宗興親王の侍従をしている橘 光資(みつすけ)であった。



 俺は普段は皇子様のお側の淑景舎で宿直(とのい)をしているが、月に何度かは母の住む左京四条にある屋敷へと帰っている。

今回も母に呼ばれて久々に帰る途中だ。



「ただ今戻りました。母上。」


と、言って御簾を潜るとそこには昔、一の皇子様の乳母をしていた母と同じ屋敷に住む従妹の准子(なみこ)が正月の除目の時に着るための俺の新しい直衣を二人で縫っていた。

今日はその仮縫いのために呼ばれた。


「あっ、お帰りなさいませ光資兄様。」


「おう、葵か。いつもすまないな。」


この俺より三つ年下の従妹は大柄な身体にくるくる動く瞳を輝かせて、


「また一の皇子様と伽羅姫様のこと、お聞かせ下さいな。」


と、ニコニコと笑った。


 この屋敷には母と母の弟の叔父、そして「葵姫」と呼ばれている准子の三人が住んでいる。

 俺の入婿だった父親は、俺が産まれてしばらくして、母と何があったかは知らないが不仲となり別れたそうだ。

 それで母は橘の本家の伝手を頼り、自分の叔母の娘に当たる従姉妹で東宮妃だった式部卿の宮の姫様、後の一の皇子様の母君の藤壺の中宮様の侍女となり、皇子様がお生まれになってからは小さかった俺を連れて乳母になった。

 だから今年の春、初めて伽羅殿に会った時、皇子様の事を「本家筋の若様」と誤魔化したのもまんざら嘘では無い訳だ。

 そしてその頃叔父も婿入りした先で、葵の母親が亡くなったため、二人でここに出戻って来た。

それで母親を亡くした葵を、母は俺と共に育てた。

 元々橘の家の者は俺に母、叔父、葵も大柄な者が多く、武官の家柄だ。

叔父も兵部省の武官をしている。


 縫い物が一段落し、早々に母から小言が出た。


「光資殿、そなたその歳になってもまだ通い所一つ無いのかえ?

宮中には良い(ひと)も沢山いるだろうに。」


「母上、俺はまだ…。皇子様を見届けてから…。」


「本当に、皇子様にも早くどなたか良い女性(かた)がお支え下さらないものか…。」


母は自分がお育てした皇子様が何より一番なのだ。

 俺も母が急がすように、そろそろ良い女性(ひと)を見つけて…と、思わなくもないが、しょっちゅうヘタレな皇子様と奥手な伽羅殿のじれじれとした初恋を近くで見ているせいでいつも腹いっぱいなのだった。


「葵も他人事ではありませんぞ。

そなたも十八、遅すぎるぐらいじゃ。」


「えっ、ええ、伯母様。

でも誰か相手がいることですし…。」


次は葵が矛先となる。


 確かに年齢を考えると遅い方だが、葵も以前、男と何度か文をやり取りして御簾越しに会うまではいったのだが、大柄な体格と引っ込み思案な性格が災いしてか、それっきりということが何度かあった。

 今は伽羅殿のような小柄で儚げな様子の女性が好まれている。

 葵も実際会ってみると気立てが良くて愛嬌のある顔かたちをしていると思うのだが…。

上手くいかないものだな…。


 光資がいろいろ考え込んでいるうちに母の話は次へと移っていた。


「ねえ葵、年の暮れまでに華敬寺に代理で参籠に行ってくれないかの…

近頃、気候のせいかずい分と腰が痛くてねぇ。

ほんと歳には敵わないわねぇ。」


と言う声が聞こえた。


 華敬寺は都の北東にある霊験あらたかと有名な寺だ。

多くの人が病気平癒や御利益や悩みの払拭などを求めて一晩中祈り参籠する。


「分かりました伯母様。では明日にでも早速参りましょう。」


と、葵はにこやかに笑った。




 その日の夜、葵は仄かな灯台の明かりで後宮で女房をしている友人に借りた草子を読み終え、静かに閉じてほおっと息を吐いた。

 外からは庭の木々を揺らす強い風の音が聞こえるのみである。

 草子には「(すく)しの姫君の物語」との題箋が貼ってある。

内容は奇しき力を持つ男装の美しい姫が麗しい皇子と共に怪異を打ち祓い恋をする話だ。

宮中に仕える女房達の中に幾人かの書き手がいて、今、一部の者達の間で流行っているらしい。

葵の数少ない友人が宿下りしてきた時に貸してくれたもので、薄い草子ではあるがこれで三冊目だ。

これら全て写本して大切に読んでいる。

 葵のように外に出ることもめったに無く、訪れる男君もいない者にとっては、雅やかな宮中とそこに集う華やかな高位貴族の男女の方々の話はどこか遠い世界の夢のような話で、葵の唯一の楽しみでもある。

物語の中では葵は話に聞くだけだった煌びやかな宮中行事に参加し、主人公の姫君となって悪い者達をやっつけ、女性達の理想を体現したような凛々しく麗しい皇子と恋をした。

 それとともに、たまに帰って来るたびにその草子の模型となった皇子様や姫様達と日々過ごし、一緒に仕事をしている光資兄様が話してくれる宮中やお二人の様子を聞くことが葵にとって最大の喜びであった。


「分かってる。自分自身が一番…。」


 昼間の伯母の言葉を思い出し、思わず独り言が口から出た。

 もちろん伯母が心配してくれていることも、自分の容姿があまり好まれないことも、せっかく会う事になった男君に気の利いた返事すらできなくて去られてしまったことも。

 このささやかな暮らしも、男臭くて武骨で、これから皇子様のお側でどんどん出世していくだろう従兄(にいさま)がいずれどこかの女君と結婚して家刀自(いえとじ)としての今の自分の役目が要らなくなるまでの間だけだと心に言い聞かせた。


橘侍従、結婚までの道のりは遠いかも…。



お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

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