第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 二十九
恒例 大宴会
しとしとと降り続く雨も、今日は中休みといった感じの汗ばむ陽気の朝、伽羅は二月前、あの久世親王の怨霊の事件の場となった水越口に再び来ていた。
水かさが増した谷川の音を聞きながら緑濃い林の中を進む。
以前と違い道が綺麗に整備されていた。
林を抜けると、そこには小さいながらも白木が目に美しい社と盛土され整えられた塚が見えた。
「宇道帝」と諡された久世親王の新しい墓は陵と格上げされ、母皇后と合葬された。
本日伽羅は陰陽師としてその陵墓の鎮魂祭を行う。
真新しい垂に玉串を供え、荒ぶる御霊を鎮めるために祈りを捧げる。
(どうか永遠に安らかにお眠り下さいませ。)
そして鎮魂祭を終え、牛車に乗りもう一箇所向かう所があった。
都を囲む山の東の山裾、その一帯は古くから葬送の地となっている。
ただ埋められただけの簡素な庶民の墓から立派な玉垣で囲われた貴族の墓所など数多く立ち並ぶ中、真新しい大きな石碑の前に伽羅は立った。
その碑の文字には、父中務卿の宮の名と母の妃の名、そして今回亡くなった是久王の三人の名が刻まれてあった。
伽羅は今回の褒美を帝に問われた時、新たに三人の合葬を望んだ。
そしてその隣にはうやむやになっていた在原一族の墓も建てられた。
(琥珀様、父君母君様、一族の皆様と一緒に安らかにお眠り下さい。)
伽羅は額ずいてその墓にシャガの花束を供える。
爽やかな一陣の風が吹き、微かに茴香の花の香りがした。
その日の夜、淑景舎では東宮による慰労の宴が開かれた。
伽羅も少し前に三条の家に帰り、時々陰陽寮に出仕し、その度に何かと理由をつけて覗きに来る翡翠と、兄が笑顔で謎の圧を掛け合って、安倍次官に苦笑されているという日常に戻ったため、久々の淑景舎だ。
いつもの庇の間に今回兄とともに入ると、そこには翡翠とニの皇子、橘蔵人、大江学士に頼子姫、安倍次官と平舎人に藤典侍もいた。
そして真白、かるら、玄丸の神獣三人が人の形で待っていた。
宴のはじめ、先ずは翡翠が挨拶をする。
「今回のこと、皆のおかげで無事災難を乗り切ることが出来た。礼を言う。
それから知っていると思うが伽羅が我が妃として入内することが決まった。
皆にはこれからもよろしく頼むぞ。
今日は楽しんでくれ。」
少し照れて顔を赤くした翡翠の合図でたくさんの膳が運ばれてきた。
山海の贅を尽くした料理に酒、以前翡翠が好物だと言った鶏肉と冬瓜の夏らしい冷たい羹もあった。
そして涼しげな葛を使った水菓子や贅沢に氷室の氷を使った削り氷も用意されていた。
皆、大いに食べ、飲み、翡翠が琵琶「十六夜」を持ち出すと、それに合わせてニの皇子が笙を、橘蔵人が高麗笛、藤典侍が筝を持ち出し、賑やかに「陵山」を演奏し始めた。
異国の響きに合わせてかるらが旋舞を始め、玄丸が身軽にくるっとトンボを切ると盛大な拍手と笑いが起こった。
宴もたけなわとなり、思い思いに島ができる。
こちらでは大江学士と安倍次官が、全ての知識に精通すると言われる神獣「白澤」である真白を両脇からガッチリ挟むように熱心に何かを尋ねている。
あちらでは酒に弱いのか、実重が真っ赤な顔をしてオイオイ泣きながら玄丸に絡んでいる。
またこちらでは橘蔵人と平舎人がなぜか直衣の袖を肩までたくし上げ、二人で仲良く腕の筋肉を見せ合い、良い笑顔で笑っている。
(うーん、もしかしたらこういうのも需要有るかも知れないわね…。)
そんな偉丈夫な二人の様子を熱い眼差しでじっと観察しているかるらがいた。
(ま、オススメはこっちよね。
私は姫様の正統派推しだけど。
しっかり目に焼き付けて同志に報告よ!)
と、目を向けた先には、二人で静かに酒を酌み交わす翡翠とニの皇子の種類の違う美形の兄弟がいた。
時々ふっと笑い合い、この空間だけ妙にきらきらしい。
そして最後は伽羅、頼子姫、藤典侍の三人が唐菓子と白酒で女子会よろしくヒソヒソと盛り上がっている。
こちらも種類の違う美女三人、華やかだ。
「えっ、そうなのですか、郁子様。」
目を丸くする伽羅に藤典侍が続ける。
「確かな噂よ。貞行卿ったら熱心に、梨壺に居座って東宮様にフラれて泣きながら帰って行った兵部卿の宮の大姫様に文を送っているそうですわ。
ほんと、伽羅様にも言い寄ってたのではなくて?
軽いお方ですこと。」
「ああ、あの瑠璃姫にか。ちょうど良いのではないか。」
と、頼子姫がフンと鼻で笑う。
「でも典侍殿も東宮様を狙っていたのでは無いのか?良かったのか。」
「ええ、始めは兄や登華殿の叔母上達にせっつかれて家のために東宮様を狙ってはいましたが…。
あの東宮様の拗らせぶりを見てるとねぇ。
伽羅様のこと、思っているのがバレバレですのにウジウジして瑠璃姫様にいいように振り回されて…。
だからすっぱり諦めましたわ。
元々故右大臣家はニの皇子様狙いでしたし。
これからまた頑張ってみますわ!
でも頼子様こそ、よろしいのですか?」
「ああ、私も同じだ。
あの優柔不断殿を見てるとなぁ。
それに私は伽羅殿を見て、自分がやりたいことを見つけた。」
「えっ?」
驚く伽羅に、頼子姫はにっこり笑い、
「女が家のためにできる事は子を産むことだけではない。
そなたのように私も出仕しようと思う。
次の秋の除目で中務寮の文官になることが決まった。
そして大江学士を我が婿に取ることにした。
あの者もまんざらでもなかったぞ。
きっと賢い子ができるだろう。」
と、ちょっと照れたのか目元を赤くした。
「まっ、皆、落ち着く所に落ち着くのだな。
良かったな、伽羅殿。思いが通じ合えて。
幸せになれ。」
「はい。ありがとうございます。」
そう言って、伽羅は花が綻ぶように微笑んだ。
ちらりと翡翠を見ると、濃い緑色の瞳と目が合った。
そして二人幸せそうに微笑みを交わした。
翡翠、ディスられてます。
かるら達の薄い本が出る?
次回いよいよ最終話
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