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陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
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第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 二十七

琥珀の罪



 伽羅が久世親王の悪霊を見事封印し、翡翠と二人で淑景舎へ帰って来た日から一週間経った。


 あの日以来、伽羅はまだずっと淑景舎に居た。

 実は伽羅が無事戻って来たとの知らせを受け、父や兄、二の皇子、頼子姫と大江学士、藤尚侍まで顔を見せ、皆、伽羅の帰還を喜んでくれた。

そしてその夜から安心したのか傷のせいなのか、伽羅は三日間熱をだしてしまったのだ。

 その間、事件の事後処理の忙しい合間をぬって頻繁に伽羅の元へと来る翡翠と伽羅の甘い雰囲気に、同じく度々伽羅の見舞いに来る実重は怪訝な顔を隠しきれないようだった。


 あの日目覚めた帝を始め新左大臣や藤右大臣など高位貴族の人達は、幸い特に何の後遺症も無く、体の回復を待って次々と家へと帰って行った。

 瑠璃姫とその父の兵部卿の宮も四日後、翡翠には何も声を掛けず帰って行った。

 眠っている間、ずっと何者かに悪意を向けられ、あるいは恐ろしいモノに追いかけられ、打たれたりといった悪夢を見続けているような状態だったと皆がうなだれていた。

まだ気分はスッキリしなさそうだが、体力が戻ってくるとそれらも薄らいでいくだろうと伽羅は思う。

 誰もが眠っている間の話を聞き、源陰陽師と東宮に深く感謝して帰って行った。

 あの時、橘蔵人とともに遅れて帰って来た琥珀の遺体は、死の穢れがあるために大内裏に入る事は許されず、宮城のすぐ外に建つ法観院に運び込まれ、供養の後、荼毘に付された。


 そして大怪我を負い重体だった安倍次官もやっと床上げし、最後に淑景舎へ伽羅のお見舞いに来てくれた。


「伽羅殿、体調はいかがですか。」


「ありがとうございます。安倍殿こそ、大変な目に遭いましたね。

傷はもう大丈夫なのですか?」


「ええ、何とか。まだまだこれからですが。」


「でも本当に生きてらして良かった…。」


「本当に…。

私は陰陽寮でも伽羅殿のような陰陽師ではなく文官なので、今回初めて死の危険を感じました。

そしてしみじみ思ったのです。

源天文博士様が常々仰っていた、人の短い一生をより良く生きるために星を占う(よむ)という言葉の意味を。

我々陰陽寮の者は亡き者や異形のモノの声を聞き、生きる者が平穏に暮らせるよう、これからは私ももっと精進しないといけないですね。」


 伽羅は安倍次官の言葉を聞き、琥珀の事を思い出していた。

 最後は伽羅を守る形で亡くなってしまったが、伽羅がもっと早くに琥珀の本当の気持ちを分かっていたら、もっと違う今があったかもしれない。

 暗い表情の伽羅に安倍次官は静かに語る。


「中務卿の宮様の事聞きました。

とても残念なこととなりましたが、例え不幸な生い立ちで悪霊のせいだったとはいえ、私自身が受けた仕打ちやたくさんの方々の命を脅かした事、罪は罪です。許されることではありません。

だから伽羅殿が自分を責める必要はないのです。

どうか思い詰めないで下さい。」


 そう言って静かに笑い安倍次官は帰って行った。



 次の日、伽羅と翡翠は帝から呼び出され、橘蔵人と三人で清涼殿の昼の御座へと赴いた。

 伽羅にとっては帝が目覚められて以来初めての拝謁となる。

 中へ入ると父と兄、安倍次官、ニの皇子、大江学士と頼子姫もいた。

琥珀を除く、帝達が倒れられた後、一緒に奮闘した者達が集まっていた。

 平伏する伽羅に、


「香子よ、今日は皆に内々に集まってもらった。楽にせよ。

どうだ、体調は戻ったか。傷はまだ痛むか?」


「ありがとうございます。もう大丈夫です。

御上こそ、お身体は元にお戻りでしょうか。」


「ああ、大丈夫だ。

香子よ、今回もまた世話になったな。よくぞ皆を救ってくれた。礼をいう。」


「もったいなきことにございます。

これもここにいらっしゃる皆様のお力があってのこと。

私こそ、皆様と東宮様に助けて頂きました。」


と、伽羅は左手に巻かれた包帯を撫でつつ皆を見回しニコリと笑った。


「さて香子、こたびのこと源蔵人頭と東宮からおおよその話は聞いたが詳しく話してくれるか。

あの怨霊の正体は弘順帝の皇子、久世親王で、その御方を呼び出したのが中務卿の宮是久王であったと?」


「はい。さようにございます。」


「でもなぜ…どうして是久がその様な大それたことを…。」


 帝は暗い目でうめくように呟く。

帝にとっては琥珀は、母を同じくする仲良かった弟、故中務卿の宮のたった一人の子、甥なのだ。


「中務卿の宮様は、多分、お淋しかったのではないでしょうか。

そして東宮様のことを妬んでおられました。

その負の心に悪霊が取り憑いたのではないでしょうか。」


「ではどうして宮様は正史には記されていない久世親王のことをご存知だったのでしょうか。」


中務寮の文官であった大江学士が疑問を口にした。


「それは…」


 伽羅は琥珀が語った八十四年前の出来事を語り始める。


 東宮宣下を受けた弘順帝の第一皇子であった久世親王が無実の罪で、第二皇子の恒平親王と母の中宮の藤原氏の女とその一族によって失脚させられ、母皇后と母の実家の在原氏の一族の多くの者が命を失った。

 久世親王も東国へ遠流になる途中、水越口で自らの命を断ったこと、その結果怨霊となり、時の帝を始め恒平親王とその母、それに加担した藤原氏の者達を呪い殺したことを話した。

 そして歴史から消されたこの真実を生き残った在原氏の子孫達、琥珀の母の一族が密かに伝えてきたことを語った。


 あまりの内容に誰も言葉を発しない。

意を決したように頼子姫が口を開いた。


「不自然な家伝書の記述の裏にこんな真実があったなんて…。

我が一門の黒い歴史だな。

でも中務卿の宮様が何故そこまで…。」


伽羅が静かに口を開く。


「宮様は東宮様のことを酷く妬んでいらっしゃいました。

同じような境遇で育ったのに、今は東宮におなりになり、青龍の剣を手に入れ、皆がいつも周りにいることも。

そして私を手に入れればご自分がその地位に取って変われるとお思いになられたのです。

もうそんな事考える時点で悪霊に取り込まれていたのでしょう。

でも思い通りにならなかった。

そしてご自分の母君を始め悪霊達を蘇らせてしまい…

でも最後には私を庇って亡くなられた…。」


 いい終わり、伽羅は俯き肩を震わせる。

静かに翡翠が伽羅に寄り添って肩を抱いた。

 そして顔を上げ、毅然として言い放つ。


「確かに琥珀のことは私と似た境遇に同情するところはある。

だからといってやった事は正しいとは思えない。

伽羅を巻き込み傷つけたことも。

俺に言いたいことがあるんだったら直接言えばよかったんだ!」


 憤る翡翠に帝は静かに目を向ける。


「そうだな宗興。そなたの言いたいことは分かる。

是久がああなったのは過去からの忌わしい呪縛と、またその過ちを繰り返してしまった我々の愚かさなのかも知れない。

あの者の淋しさに気付いてやれなかった俺の責任だ。

全ての者に真実を明らかにし、戒めとしよう。

そして正史を正しく直させよう。」


 帝の言葉にそこに集まった者達が深く首を垂れた。


 この八十四年前の真実は後に「同承の変」として正史に記される事となる。

伽羅の後悔



お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

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