第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 二十四
伽羅と翡翠、最後の戦い
「マシロの兄キ、アレは…。
我のしっぽがビリビリする!」
玄丸が童姿のままで後ろから二本の黒いフサフサした尻尾を揺らしている。
凶々しい瘴気が峠道の上に渦巻いている。
「ああ、そうだな。クソッ、間に合わなかったか。」
水越口近くの峠の入口で、神獣達は何かに気がついたようだ。
「どういう事だ、真白。
もしや伽羅に何かあったのか。」
騎乗のまま翡翠は不安げな顔を真白に向ける。
「東宮、封印が解けて瘴気が立ち昇っている。
伽羅に何か起こったようだ。急ごう。」
一団は更に速度を上げ、黒雲が垂れ込める頂上を目指す。
峠のてっぺんに近付くと、さらに濃い瘴気に玄丸が鼻を押さえて騒ぎ立てる。
その時、黒雲の間に稲妻が走りドーンと音を響かせ向こうの林の中に落ちた。
「急げ、あそこだ!」
真白と玄丸が青と赤の炎を纏った白と黒の神獣の姿となり駆け出した。
続いて翡翠が
「続け!」
と叫び、平舎人と橘蔵人を始めとした男達が神獣達の後へと続いた。
「あれは!!」
林を抜けた先の開けた場所に、大きな木とその側に座り込み琥珀の名を呼びながら泣き叫んでいる伽羅と、その周りを取り囲むように群がるボロを纏った異形のモノが見えた。
「伽羅ーっ!」
と、叫ぶ翡翠に
「伽羅が危ない!」
速度を上げ、異形のモノに向かい大きく飛び掛かった真白と玄丸、平舎人は立ち止まり強弓をギリギリと引き絞り矢を放った。
今にも伽羅に掴み掛かろうとしていた怨霊達は真白と玄丸の鋭い爪に切り裂かれ、平舎人の放った矢に貫かれ粉々に砕かれた。
そして伽羅は後ろからきつく抱き起こされる。
「伽羅、もう大丈夫だ。」
耳元に聞こえる力強い翡翠の声と、懐かしい橘の花のような香りに膝からくずれそうな安心感が伽羅を包む。
「翡翠様…!」
「すまない。遅くなった。」
目の前の真白と玄丸、そして自分を抱える翡翠を見て伽羅の涙は止まらない。
翡翠は倒れた木の下に、大量の血と事切れている琥珀を見つけ怒りで顔を歪ませた。
そして左手で伽羅を抱き寄せ、右手に握った青龍の剣の切先を久世親王に向けて怒気を含んだ声で言い放つ。
「久世親王とお見受けする。
我は当代の皇太子、宗興親王だ。
古の怨みでこの代を乱すことは許さない!
神妙に永の眠りにつけ!」
そして初めて久世親王の顔に怒りのような強い表情が浮かぶ。
(我を咎めるとは何事ぞ!
我が何をした。母上が何をした。祖父様が、この者達が何をした!!
赦さぬ…
赦さぬ…
我らを陥れた者どもを
憎い…
憎い…
全て滅びればよい!)
まばゆい光と耳をつんざくような音とともに再び雷が落ち、木がバキバキと倒れる。
逃げ損ねた白骨がグシャリと潰れた。
それを気に留めるふうもなく、怨霊達は一斉に襲いかかってきた。
ふわりと翡翠の構える青龍の剣が金色に輝く。
平舎人や橘蔵人、男達が一斉に剣を抜く。
伽羅は口の中で呪を唱え、結界の白い光が翡翠を始め男達の上に降り注いだ。
あの時と同じ、久世親王が放つ黒い球のような瘴気の塊りが結界に触れジュッと音を立て弾かれ消滅する。
白骨と化した怨霊達が鋭い牙と爪をもって襲いかかるが、青白い炎を纏った白澤の姿の真白と赤い炎を纏った二尾の妖狐の姿の玄丸の激しい炎に焼かれ、切り裂かれ次々と黒い灰となっていく。
琥珀の母であった怨霊も、翡翠の金色の剣に刺し貫かれ、白い光の粒子となって消えていった。
どうやら青龍の剣は浄化の力を持っているようだ。
男達も次々と襲いかかる怨霊を倒していき、とうとう今、立っているのは久世親王と母皇后のみとなった。
伽羅はこの時とばかりに衿に押し込めてあった尊勝陀羅尼の呪符を取り出し、呪を唱えようとした時、急に長い髪を引っ張られ、そのまま引きずられていき強い力で拘束された。
何と屍の細く枯れ木のような腕にもかかわらず、皇后がガッチリ伽羅を捕らえ長い爪を伽羅の首元へ突き立てた。
すぐ横に立つ久世親王が冷たく言い放つ。
(動くな!この女がどうなってもよいのか!)
動きを止めた翡翠達に見せつけるように皇后の尖った爪が伽羅の首に食い込み、赤い血が流れる。
このまま力を入れれば伽羅の細い首など簡単に折れてしまうだろう。
「伽羅!」
翡翠がうめくように叫ぶ。
(ではこの女を我が依代に頂こうか。)
久世親王が伽羅の顎を掴み、まるで口付けるように顔を近づける。
伽羅は全力で逃げようともがくが、ますます首が締まって息が苦しくなるばかりだ。
その時、
「ピーッ!」
と、高い声がして、金色の長い尾を持つ大きな鳶が急降下してきた。
そして嘴に咥えた金色に輝く木の枝を落とす。
その勢いのまま伽羅を拘束していた皇后に鋭い嘴と爪で襲いかかった。
伽羅は突き放されて倒れ激しく咳き込んだ。
その伽羅の目の前に金色の枝がくるくると回りながら落ちて来た。
「迦楼羅!!」
思わず拾い上げ、立ち上がった伽羅の手の中で、その金色の枝はそのまま金色に輝く細身の短刀となった。
呆然とする伽羅の背後に、琥珀が持ってきた小刀を拾い振り上げた久世親王を青龍の剣で食い止めた翡翠が叫ぶ。
「伽羅、今だ! 封印しろ!」
青白い炎を吐き、皇后の動きを止めた真白も叫ぶ。
「伽羅、胸の真ん中を狙え!」
「分かった!お任せくださいませ!」
伽羅は呪を唱え、左手で印を切る。
「赦さない!悪霊よ、六道輪廻に従い在るべき所へ帰れ!」
「オン!!」
気合いとともに伽羅は呪符と金色の短刀を久世親王の胸へと突き立てた。
その瞬間、そこから眩しい白い光が辺りを包み、弾けるように白い光の柱となって黒い雲を突き抜け消えていった。
圧倒的な眩しい光と空気を震わすような神々しい力にそこに居た全ての者が立っていられずひざまづいた。
ヒーロー登場!
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