第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 二十三
別れ…。
流血表現注意です。
東の空が白み始めた黎明の都大路を、騎乗にて駆け抜ける黒い一団があった。
黒い武官の闕腋袍の衣装を身に纏い、腰に青龍の剣を佩いた翡翠の馬を先頭に、小舎人童姿の玄丸を後ろに乗せた橘蔵人と、大弓を背負った平舎人とその配下の屈強な者達、その黒い集団の中、一段と目を引く白い狩衣に長く垂らした総髪姿の真白もいる。
皆一様に表情は硬く、言葉はなく一旦南下して東を目指す。
馬で駆けながら翡翠は思う。
目的は分からないが、久世親王の怨霊をこの世蘇らせるために、琥珀は最初から伽羅を狙っていたのだろう。
いつの間にか伽羅と琥珀が親しげにしているのを見て、心に暗い感情、嫉妬にイライラする自分の気持ちに気がついた。
(伽羅を誰にも渡したくはない。
次、会えたらしっかりとこの気持ちを告げよう。
それまでどうか無事でいてくれ…。)
明け方、伽羅を探しに行く東宮と一団を見送り、蔵人頭である雅忠はずっと帝の枕元に控えていた。
時折苦しそうに眉を顰める以外は静かに眠っている帝の精気に満ちているはずの顔は青くやつれている。
そんな帝を見つめながら、雅忠はじっと大きな不安に耐えている。
どれくらい経ったのだろう、急に帝の呻く大きな声が聞こえた。
「ううっー! ああっ!」
共に控えていた基康親王と帝を伺うと、びっしりと汗をかき、呼吸が荒い。
その時、突然の青白い閃光とともにバリバリと轟音がして雷が落ちた。
まるで内裏を狙っているかのように、二回、三回と、立て続けに雷が落ち、建物を震わせる。
大内裏のどこかの大屋根に落雷し炎上していると、舎人が急ぎ報告してきた。
慌てて清涼殿の廊へ出て雅忠は肌が粟立つ。
先刻は無かった黒雲が都の空一面に広がり、遠くに稲妻と雷が落ちる音が聞こえる。
季節外れの野分のような強い風が吹き荒れる。
(これはもしや…。伽羅達の身に何か…。)
雅忠は近くに控える者達に大声で下知を伝える。
「急ぎ医師と陰陽師を清涼殿に呼べ。
宮中の内道場と大官寺に護国の誦経を行うよう至急伝えよ。
大内裏の全ての門を固めよ。衛士に退魔の弦打ちをさせるのだ。」
内へ入り、父帝の手を取りながら不安げに雅忠を見る基康親王に静かに伝える。
「皇子様、最悪の事態になったかも知れません。
悪霊が、久世親王の魂が蘇ったようです。」
「何か手の打ちようは無いのか⁈」
「今は…。伽羅が無事に封印してくれる事を待つのみです。」
伽羅は首から血を流してうずくまる琥珀を庇うように立ち上がり、襲い掛かろうとする怨霊達に対峙していた。
怨霊達は瘴気を撒き散らし、伽羅達に掴み掛かろうと手を伸ばすが、どうやら結界に阻まれて近付けないようだ。
髑髏の剥き出しの歯をカタカタと鳴らして悔しそうに取り囲んでいる。
(憎い…憎い…)
(口惜しや…)
(殺せ…殺せ…)
そんな様子に焦れたのか、久世親王がゆらりと怨霊達の間を割って近付いてきた。
そして赤い目がニヤリと醜悪に歪む。
腐臭を含んだ風が強くなり、垂れ込めた暗雲より青白い閃光とともに耳につんざくような轟音がして雷が近くの大木に落ちた。
思わずかがみ込んだ伽羅の頭の上にバリバリと音を立て、裂けた木が倒れてきた。
あっと思ったが、かがみ込んでいたために、咄嗟に動くことが出来ない。
伽羅は死を覚悟した。
ところが倒れてきた大木が伽羅の頭の上スレスレの所で、伽羅は背中を強く押されて前のめりに倒れ込んだ。
木の倒れるドオーンという大きな地響きと、舞い上がる土煙が収まり、伽羅は顔を上げる。
そこには大木の下敷きとなり、俯きに倒れている琥珀の姿があった。
身体の下には大きな血溜まりができていた。
「琥珀様!!」
伽羅は駆け寄り必死で倒れた木を退かそうと力を入れるが、とてもとても、伽羅の力ではびくともしない。
「もう無理だ…。逃げろ…。」
琥珀は顔を横向け、口から血を吐いた。
「喋らないで。どうして!どうして!」
伽羅は諦めず爪から血を滲ませながら土を掘っている。
そんな伽羅をもう虫の息の琥珀はじっと見つめる。
「悪かった…。
もっと早くに…君と…出会えて…いれば…よかっ……た……」
そう呟いて、琥珀は焦茶色の潤む瞳をゆっくりと閉じた。
「琥珀様っーーー!!」
伽羅の泣き叫ぶ声が強い風の中に響いていた。
急いで翡翠!
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