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陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
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第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 二十二

流血とグロテスクな表現に注意です。



 静かに夜が明ける。


 朝、伽羅が監禁されている部屋の戸が開き、中へ入ってきた琥珀は縄を解いた状態でいる伽羅を見て顔を顰めたが、何も言わず再び両手を縛り直した。

 そしてここに来てから初めて外へと連れ出した。

伽羅は再びあの凶行があった水越口の塚の前に戻って来た。


「さあ、残っている封印を解いてもらおう。

久世様を完全に復活させるんだ!」


 琥珀は伽羅を祠の前にひざまづかせ、両手の縄を小刀で切り、そのまま伽羅の背中に切先を突きつける。


「やれ!」


「できません!」


 封印を解いてしまうと、人の心を疾うに失っている悪霊など、もはやその力は災いでしかない。

伽羅が全力で立ち向かったとしても祓えるかはおぼつかない。

 頑なに拒む伽羅に業を煮やした琥珀は小刀を振り上げた。

その目は暗く濁りもはや正気ではない。


「久世親王様の依代となれ!」


そう言って振り下ろされた刀は、咄嗟に頭を庇い避けた伽羅の左手の甲を切り裂き赤い血が飛び散った。

 琥珀の狂気じみた笑い声が辺りに響く。


 突然強い風が吹き、強烈な腐臭とさらに濃い瘴気が漂う。


 伽羅は左手の鋭い痛みを堪え見回すと、塚の上、地中から染み出すように黒い靄が立ち昇り、まるで土の中から屍が這い出してくるようにだんだんとはっきり人の形となった。

 歳をとっている者や若い者、いずれも貴族の衣装を纏っており、中には袿姿の女もいる。

その中でひときわ豪華な衣装を着た美しい女と、その隣には皇太子のみが許される禁色の黄丹袍を纏った若い男が立っていた。


「まさか、久世親王…?」


 伽羅の呟きにこちらを見た男と目が合った。

何の感情もこもらない暗い瞳に囚われたように体の震えが止まらない。

琥珀は何かに憑かれたようにふらふらと前へ出た。


「ようやくお目覚めになられましたか。

お待ちしておりました。

私が久世親王様をお呼びいたしました、中務卿宮是久王にございます。

どうぞこの女を依代にお使い下さい。

そして私めにそのお力をお貸し下さい。」


(琥珀様、だめ!このままでは危ない。)


 伽羅は体を動かそうとするが、強い威圧を受け動くことができない。

そしてふらふらと久世親王に近づく琥珀は何かを見つけたように立ち止まった。


「はっ、母上…⁈ まさか母上なのか?」


 男達の中に上品な袿を着たほっそりとした美しい女が居た。

 女はしずしずと琥珀の前まで来てその両腕にそっと触れ、優雅に微笑んだ。


「母上!!」


感極まった声を上げ、女に縋り付く琥珀に伽羅は恐怖を覚えた。


(おかしい…そんな訳無い…琥珀様の母君はすでに亡くなっているはず。

この者達は一体…?)


「ギャァアアッ!!」


 突然の叫び声にその声を上げた琥珀を見ると、母と呼び抱え込んでいた女が琥珀の首に獣のように喰らい付いていた。

 琥珀は無理矢理女の身体を引き剥がして突き飛ばし、首から血を流して後ずさりする。

女は口の周りを赤く血で染め、虚な目でニヤリと笑った。

伽羅は思わず琥珀に駆け寄り、流れる血で赤く染まる首を手で強く押さえる。

 琥珀は恐怖と混乱で顔を歪め震える声て叫ぶ。


「母上!どうして母上が!」


「しっかりなさいませ!アレはもうあなたの母君ではありません!」


伽羅は琥珀を揺さぶる。


「アレはあなたの歪んだ妄執によってこの世に蘇らせてしまった怨霊です!

自分があなたの母だったことも忘れてしまっている怨みしか持っていない悪霊です。

久世親王もここにいるモノ達全て!

あなたの人を妬む、恨む黒い負の心につけ込まれ操られて静かに眠っていた悪霊の封印を解いてしまった。

もうどうする事も出来ない!」


 伽羅は肌をビリビリと刺すような強い瘴気と息をするのも憚るような腐臭に気が遠くなりそうな心に気合いを入れ、両手で印を切る。

 途端に今まで血に汚れた口で妖艶に微笑んでいた女の顔がドロドロと溶けるように崩れ始め、美しかった頬は枯れ木のように干からび、眼球は溶けて無くなり黒い穴だけとなり、袿はボロ布となって肉のほとんど付いてない骨の見える体に纏わりついている。


「ひっ…!!」


 恐怖で顔を引き攣らせ動けない琥珀は情けない声を上げた。


 周りにいた男達もほとんどが同じようなボロ布を纏った白骨となり、よく見ると片手や片足のない者、体があらぬ方向に折れ曲がった者、ズルズルと地面を這う者もいて、かつて苛烈な拷問を受けた痕跡であろう。

 先頭に立つ久世親王とその母の皇后らしい女も同じく、黄丹袍と豪華な唐衣もボロボロとなり、屍となった体に赤く濁った目で伽羅と琥珀をギラギラと睨みつけていた。


(苦しい…苦しい…)

(憎い…憎い…)

(恨めしや…)

(殺せ…殺してしまえ…)


 舌も腐り果て喋ることのできないモノ達の怨みの思念だけが頭の中に伝わってきて、ジリジリと近づいてくる悪霊達に伽羅は琥珀と二人分のいつまでもつか分からないが、懸命に結界を張った。






琥珀の狂気



お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

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