表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
64/82

第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 十八

何やってんだ翡翠。



 「ねえ、翡翠お兄様、こちらの香りはどうかしら。」


 翡翠は朝から瑠璃姫の滞在する後宮の梨壺にいた。

 目の前には愛くるしい様子でニコニコと香の調合の道具を並べて微笑む瑠璃姫がいた。

 翡翠も伽羅達が帰って来ないとの報告を聞き、昨晩はほとんど寝付けなかった。

 朝から瑠璃姫に呼ばれて来たが、疲れた様子を心配されて癒しの効果があるといわれる香を調合され、感想を聞かれているのだ。


「えっ、ああ…。」


上の空で返事をする翡翠に、


「もう、お兄様ったら!よっぽどお疲れなのね。

ではこちらでお休み下さいませ。

(わたくし)お側に付いていてあげます。」


と、少し拗ねたように口元を尖らせた瑠璃姫が甘えるように擦り寄った。


 翡翠は宮中が未曾有の恐怖と混乱に右往左往している今の状態なのに、どこ吹く風といった無邪気すぎるこの年下の従姉妹の態度にため息がでた。

 ただでさえ唯一の手がかりを求めて水越口に赴いた伽羅達の行方が分からないのだ。

 朝から瑠璃姫に呼び出され、何事かと駆けつけたが、こんな香合わせのようなお姫様の遊びに付き合っている自分に不甲斐ない思いがした。


 瑠璃姫は翡翠にとってただ一人の女の従姉妹だ。

幼い頃、母を亡くした瑠璃姫を後宮の貞観殿に住んでいる皇太后である祖母が憐れみ手元に引取り育てていたことがあった。

その時、同じく母を亡くし淑景舎にひっそりと暮らしていた翡翠の元をたびたび訪れ、幼い二人はすぐに仲良くなり、まるで兄妹のように育った。

 明るくてそのくせ泣き虫で愛くるしい少女はやがて高位貴族の姫としての教育のため、父の住む本邸へと帰って行ったが、立太子の礼の時、久々に会った瑠璃姫はたおやかな美しい少女へと育っており、見事な筝の演奏を見て、まるで妹の成長を喜ぶ兄のような気持ちになった。

 そうして翡翠は突然の怪異に遭い気を失って倒れた瑠璃姫を梨壺まで運び、介抱し、怯えて縋ってくることやたびたびの呼び出しにも気を配ってきたつもりだった。

無邪気に甘えてくる様子も可愛いとさえ思っていた。

 でも先日、梨壺の前で伽羅と瑠璃姫が何か揉めている様子を見た時から何となく違和感を覚えた。

 その後、瑠璃姫は伽羅に意地悪をされ、怖い思いをしたと縋ってきた。

 あの素直で何事にも一生懸命な伽羅が陰でそんな事をするとは思えない。

瑠璃姫は、自分が翡翠に大切にされているから妬まれているのだと言う。

確かに妹のように大切にはしているが…。


 そんなことをぼんやり考えていた翡翠は、橘蔵人の慌てた声にハッと思考を中断される。


「失礼いたします。東宮様はこちらにいらっしゃいますか。」


「俺ならここにいる。どうした光資。」


御簾を上げて入ってきた橘蔵人は、瑠璃姫を左腕に巻き付けているような翡翠の姿を見て苦い顔をした。


「先ほど水越口に向かわせた検非違使より火急の連絡が入りました。」


「それで何と!」


「はい、宮城を出て大川沿いの農村の河岸で、住民達が騒いでいる場に出会い、不審に思い見に行くと若い貴族らしい男が岸で倒れていると。

一昨日の雨で川が増水し、川上から流されてきたようで、背中に大きな刀傷を受けていたとのことです。

幸い死んではおらず、微かに息をしていましたので、牛車を手配し、宮中(こちら)に運ぶよう向かっております。

男の特徴からどうやら安倍長良次官のようです。

意識はありません。」


「そうか…。伽羅は、伽羅は無事なのか。」


「いえ、検非違使の何人かが水越口まで確認のため向かっておりますが、今のところ伽羅殿と中務卿の宮様の消息は不明です。」


 翡翠は口の中がひりつくような焦燥感を覚え、深く息を吸いこんだ。

こうしては居られない。すぐに温明殿に戻らなければ。

安倍次官のことも確認したい。

伽羅達は何らかの事件に巻き込まれたとみていいだろう。

 翡翠は急いで立ちあがろうとして、左腕がぐっと引っ張られた。


「翡翠お兄様行ってしまうの?

私とっても怖いわ。どうかもうしばらく一緒にここにいて!」



「瑠璃…いい加減にしろ。」


「なっ。お兄様…?」


瑠璃姫の大きな瞳が涙で潤んでいる。


「どうしてそんな酷いことを言うの。

あの者はただの陰陽師だと仰ったじゃない!

あの方は私より大切なの?」

 

翡翠は瑠璃姫を振りほどくように立ち上がり、冷ややかな目で見下ろした。


「ああ、大切だ。」


そう言い捨て、そのまま振り向きもせず御簾を潜って梨壺を出て行った。


 後から悲鳴のような泣きじゃくる声が響いていた。

 


 



瑠璃姫のざまぁ回?



お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ