第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 十七
どうして…。
「キューッ キュッ キュッ キュッ キュッ」
遠くで杜鵑の鳴く声が聞こえる。
その声を夢うつつに聞いていた伽羅の意識が浮上していく。
早朝の光に見知らぬ部屋が目に入った。
昨日頭を殴られた箇所がズキズキと痛む。
「ここはどこ…?」
体を起こそうとして、自分の両手と両足が縛られている事に気がついた。
どうやらこの縄にも何か力を封じ込める呪がかかっているようだ。
自分は捕らわれたということか。
あの後安倍次官はどうなったのか。琥珀は?
久世親王のこともすぐに知らせないといけないのに、一体誰が…。
懐に小刀と人形があったはず、後手に縛られて動けない伽羅はどうにかして縄を解けないかガタガタと体を揺らした。
その時、部屋の戸が開いて見知らぬ若い女が入って来た。
「お目覚めですか。」
女は朝餉らしい盆を持ち、伽羅の前に膝をつき、口の中に強飯を突っ込み、水筒から水を飲ませて無言で去って行った。
「待って!ここはどこ。どうしてこんな事をするの!」
「それは私から説明しよう。」
女と入れ替わりに入って来た男を見て伽羅は絶句した。
「琥珀様…。」
「少し手荒な事をしてしまったが大丈夫かい。」
と、焦茶の瞳が暗く笑う。
「なぜあなたが…ここはどこ。縄を解いて!安倍殿はどうなったの!」
「ああ、ここは水越口近くの山荘だよ。
私が雇った従者と下女が見張っているから逃げることはできないよ。懐にあった刀と呪符はもらっておいた。
安倍殿には気の毒だったけど、知られたからには生かしておくことは出来ないからね。」
「なんてことを!酷い!あぁ、安倍殿…。」
伽羅は縛られて起き上がれないまま顔だけ上げて琥珀を睨みつける。
琥珀はしゃがみ込み、伽羅の顎を片手で掴み冷たく言い放つ。
「せっかく手に入れたんだから、君にはもう少し役に立ってもらうよ。」
指でスルッと伽羅の頬を撫で口元を少し上げ琥珀は部屋を出て行った。
外から鍵を掛ける音が聞こえる。
一人になった伽羅は深い絶望感と恐怖に打ちひしがれていた。
(なぜあの優しかった琥珀様がこんな酷いことを。
どうして!私は騙されたの…?)
何度考えても納得のいく答えは見つからなかった。
(それに私は一年のうちに二度も捕らわれの身になるなんて。
今度は誰も知らない所で。)
そう、昨年の秋、一の皇子の毒殺の容疑をかけられ牢に繋がれた時も、かるらが毎晩忍んで来てくれて情報を伝えてくれた。
家族とも連絡を取ることもできた。
最悪の場合は自力で逃げ出すこともできたのだ。
今はただ一人、どことも分からない場所で動くことさえ出来ず捕らわれている。
伽羅は自分の無力さと愚かさに泣きたい気持ちで唇を噛む。
(ああ、あの時と同じだわ。)
心の中に強く思い出すのはあの濃い緑色に輝く瞳。
もう二度と会えないかもしれない。と、心が痛む。
どうして離れてしまったのだろう。
何も告げず、勝手に失恋して。
もし、生きて再び会うことが出来たなら、はっきり思いを伝えたい。
たとえただの陰陽師としか思ってもらえ無くてもいい。
たとえたくさんの妃の中の一人で滅多に来ない訪れを待つ身であってもいい。
(翡翠様のお側にいたい。)
それだけを強く願った。
一方宮中では、翡翠を始め父や兄達が一晩経っても帰って来ない伽羅達を案じていた。
「父上、一体伽羅達はどこへ行ったのでしょう。
水越口ならゆっくり行けども二刻あれば着くはず。
一晩何の連絡も無く帰って来ないなんて、何かあったに違いありません。
探しに行かせて下さい!」
イライラと歩き回る実重を雅忠がきつい口調で咎める。
「落ち着け実重。朝一番に検非違使を水越口へ向かわせた。気持ちは分かるが報告があるまで待て!」
雅忠とて伽羅が心配で昨夜は一睡もしていない。
(確かにおかしい。伽羅なら大概のことは対処できるはずだ。三人もいて護衛もいるというのに。
何の連絡も無いとは…。)
雅忠も心の中では実重と同じように、自身で探しに行きたい気持ちでいっぱいだった。でも今の状態で帝のお側を離れる訳にはいかず、ただ連絡を待つしかなく、千秋の思いで深くため息をついた。
(伽羅、どうか無事でいてくれ…。)
伽羅の後悔
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