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陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
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第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 十六

楽しい遠足…じゃない!



 約束の日となった。

伽羅は琥珀と急きょ同行する事になった安倍次官と三人で牛車に乗り込み水越口へ向かっていた。

内裏より水越口までは一刻半ほどの行程だ。

 碁盤の目のように整備された宮城の南の入口の羅城門を出るとそこよりは田園が広がり、ぽつぽつと人家が建つ長閑な風景に変わる。

 夜ともなれば野盗などに遭うこともあるかも知れないが、陽は高く牛車を守る従者もおり、少し汗ばむほどの陽気に物見遊山に行く貴族のような気楽な雰囲気が漂っている。

しばらく行くとキラキラと水が流れる大きな川が見えてくる。

 都を囲む山々の向こうには湖国と呼ばれる地に大きな湖が広がる。

そこから流れ出た水は小さな流れを合流し、やがて大きな川となり都を潤し遠く海まで流れていく。

 その川に沿って道は続き、やがて都と東国を隔てる峠道となる。

 風光明媚なこの地には貴族の別邸や山荘が数多く建てられており、それほど険しい山道ではないが、支流である川は狭まり渓谷となっている。

その峠のてっぺん近くが目指す水越口である。

 伽羅も初めて来る山の風景に少しばかり浮かれていた。

牛車は緩やかな山道に差し掛かる。

大きく開いた牛車の物見の窓から外を見た琥珀が呟く。


「シャガの花…。」


 伽羅も覗くと山の斜面の木立の陰に薄紫のシャガの群生が見えた。

それに気づいた琥珀が


「ああ、亡くなった母が好きだった花なんだ。」


と、ボソリと答える。

 その目には一瞬暗い影が宿ったような気がした。


 しばらく後、牛車が止まる。


 従者に到着したと言われて三人が降りたところは、山間(やまあい)の低くなった所を通る広い峠道の少し開けた場所であった。

昔は関が置かれていたようだが、今はその跡もなくただ草が茂っている。


「ここが水越口…。何も無いですね。」


と、安倍次官が呟く。


「いいえ、その左手の道からそれた林の奥、とても強くて凶々しい瘴気が…。

何かがあります…。」


 安倍次官と琥珀には感じられないようだが、伽羅は袖で鼻を覆いたくなるほどの嫌な腐臭のような臭いがしていた。


「行ってみましょう。」


と琥珀が言った。

 念のため、伽羅はその場にいた人達に瘴気から守る結界を張る。

 護衛の従者達を先頭に、林の中を道を作りながら進む。

 少し進むと前方に谷川の流れる崖のような少し開けた所に出た。

 そこには伸びた草に覆われて分かりにくいが小ぶりな塚のような土が盛られた場所とその前に朽ちかけた小さな祠が建っていた。

 強い瘴気はそこから黒い靄のように立ち昇っている。


(間違いない。ここに何かある。)


 伽羅と安倍次官がおそるおそる祠に近づく。

長年の風雨に晒され痛みは激しかったが、前面にある扉は明らかに最近壊されたような跡があり、錠前が脇に落ちていた。

 中には墓誌のような木の札があり、古い呪符が貼り付けてあったのか、破かれた残骸が残されていた。

 恐々木札を手に取った安倍次官が裏返すと、墨で何か書かれている。


「久世親王 弘順帝第一皇子 母在原氏女 同承七年 十六才」


との文字があった。


「これは!!」


伽羅も安倍次官も驚きのあまり顔を見合わせ声も出ない。

 ややあって安倍次官が呪詞のように呟く。


「久世親王…弘順帝の皇子…同承七年…」


「これが私達の探していた消えた記録…。

ではここは墓所なの?どうしてこんな所に…。」


「伽羅殿、これが久世親王の墓だとすると、誰かが最近故意に暴いたということでしょうか…。」


「ええ、確かにここからは強い怨みの念を感じます。もしかして、悪霊の正体は…。

でも、完全に封印が解けた訳では無いわ。

過去にこの場所で鎮魂をしたという賀茂氏定の呪印の残滓を感じる…。

でも改めてもう一度封印をしなおさないと!」


「では、急いで内裏に戻りましょう。」


 この事を伝えるために、伽羅達は急ぎ宮中に戻る事にした。


 琥珀を先頭に草を掻き分け牛車へと戻ろうとした時、一番後ろを歩いていた安倍次官が


「ギヤァァーッ!!」


と、鋭い悲鳴を上げた。

 振り向いた伽羅はそこに血のついた太刀を握った従者と、背中を切られよろめく安倍次官が足を滑らせ崖から落ちて行く姿を見た。


「安倍殿!!」


伽羅が崖下を覗き込むと、夜半に降った雨により増水し、濁った川に流され沈んでいく安倍次官の狩衣が見えた。

 突然の凶行に混乱する伽羅の後頭部に鋭い痛みが走り、伽羅の意識は暗転していった。

 

 

どうなる伽羅⁈

注 一刻半 約三時間


お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

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