第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 十五
悪役令嬢 伽羅。
次の日、伽羅は再び宮中へと足を運んだ。
帝のご容体を伺うためだ。
清涼殿の奥深く、帝は静かに眠っておられた。
たまに悪い夢でも見られているのか、精悍な顔を歪め、苦しそうなご様子だ。
側に付き添う父にも疲労の色が見える。
「どうだ、伽羅。」
「ええ、嫌な匂いがします。
悪しきモノに魂が捕らわれている状態です。
強い呪い、怨念のような気配を感じます。」
「解呪できそうか。」
「…。何とも言えません。
以前、東宮様を解呪した時のような直接的な怨みというか悪意を感じません。」
「そうだな。昨日頼子殿が言ったように、祟られる、悪意を受ける理由が無い。
それとも気付いていない何か訳があるのか…。」
「今は分かりません。とにかく明日水越口へ行ってみます。何か悪霊と解呪の手掛かりが掴めるかもしれませんし。」
「頼むぞ伽羅。気をつけて行くがいい。
こちらでは正史に無いなら陰陽寮や他の部署の記録も当たることにしよう。」
伽羅は父の元を辞し、東宮に会うため淑景舎へと向かった。
途中、昭陽舎(梨壺)に差し掛かった時、ふと思う。
(ここには確か、まだ瑠璃姫様がいらっしゃるのね。)
三日前のあの事件の時、気を失った瑠璃姫を抱き上げ、翡翠はここに運んだと聞いた。
梨壺は後宮にある殿舎の一つで、過去に多くは東宮妃が居住するのにあてがわれている。
瑠璃姫の父、兵部卿の宮が悪霊に襲われ意識が戻らず、内裏の春興殿で伏せっているため、瑠璃姫もずっとここにいるらしい。
それでかるらも嫌味を言うほど東宮も忙しい仕事の合間をぬって梨壺に行っているとの事だった。
伽羅が通り過ぎようとした時、後ろから鈴を振るような声が響く。
「あなたは源陰陽師様?」
振り返った伽羅は、そこに儚げな様子の美しい少女を見た。
「瑠璃姫様…。」
「お父様が、私のお父様が目をお覚ましにならないの…。あなたは陰陽師ですわね。どうか早くお父様を助けてあげて欲しいの!
私、心配で心配で…。」
「ええ…もちろん努力はしておりますが、今のところお助けする方法が分からないのです…。」
「そんな…!お父様は苦しんでおられるのに、どうして…。どうして意地悪なさるの!」
「決してそのような!本当に分からなくて…。」
「ではなぜ!あんな恐ろしげな獣を従えて、女のくせに異形のモノに剣を振るう人とは思えない力を持っているあなたが分からないなんて…。」
「そんな…。」
「だから東宮様もあなたの事は陰陽師としか思ってらっしゃらないと…。」
その時、
「どうした?伽羅、瑠璃。」
と、頼子姫を伴い翡翠がこちらに向かって来た。
「あっ、翡翠お兄様!」
瑠璃姫は怯えた目で伽羅を見て、翡翠の胸に縋りついた。
「この方が…。私に…。とっても怖かったわ…。」
瑠璃姫は大きな瞳に涙をいっぱいため、翡翠を見上げ肩を震わせた。
翡翠はちょっと困ったような顔をし、瑠璃姫を抱えながら伽羅を一瞥し、無言で梨壺へと去って行った。
残された伽羅は呆然とするしかなかった。
(どうしてあそこまで言われないといけないのかしら…。私の事、女夜叉か何かだと思っているのかしら…。)
気持ちが一気に落ち込んだ伽羅に近づく人がいた。
「頼子姫様…。」
「伽羅殿、大体の話は聞こえていた。
一体何なんだ、あの方は…。
私と同じく東宮様の妃にと送り込まれた者であろう。」
「え?妃に送り込まれた…。」
「ああそうだ。私を始め高位貴族の娘の多くは将来、妃となるため様々な事を学ばされ、また努力してきた。
私の家は男兄妹がいなかったために家伝書を読むことが許され、女は見るだけでもはしたないとされる漢籍などを読むことも黙認されていた。
私は男と同じように学問をし、知識をつけ、将来は国の役に立つ人になりたいと思った。
だが、女の身では無理だった。
だったらせめて、妃となり東宮様を、この国を陰から支えていこうと思った。
藤典侍も同じであろう。
家の期待を背負って東宮様を誘惑する手管を仕込まれてきたのだろう。
妃は一人とは決まって無いしな。
まぁ、案外仕事は出来るようだが。」
と、頼子姫はニヤリと笑った。
そして伽羅の目を見て続ける。
「でも初めて伽羅殿に会った時、私は衝撃を受けた。
女だが男に混じって陰陽寮で仕事をし、陰陽師として認められていることに。
今までなら貴族の娘は家に縛られ、婿を取って子を産むか、入内するか、女官や侍女をするしか道は無かった。
でもそなたは違った。
だから女でももっと違う生き方を出来るのではないかと…。」
「それにそなたは陰陽師になるために、小さい頃より色んな努力をしてきたのだろう?」
「はい…。普通の貴族の娘とは違いますが、陰陽師となり東宮様のお役に立てるよう努力はしてきたつもりです。」
「そうか。ならその才を誇れ。
そなたは当代一の陰陽師だ。
人の努力を貶す者を私は認めない。
まぁ、女として男に媚びる努力をしてきたと言われれば嫌う訳にもいかないがな。」
と、言って頼子姫は笑った。
冷たい美貌を温かく溶かすような笑顔だった。
「それにもう、私は妃になりたいとは思わない。」
「えっ、そうなのですか?」
「ああ、私は私のやり方でこの才を生かしていくつもりだ。」
「頼子様なら何だって出来る気がします。」
伽羅も笑った。
「ま、私はそれほど野暮ではないからな。
それにそなたは気付いておらぬようだがな、容姿も負けてはいないぞ。」
「え?」
最後の言葉の意味はよく分からなかった。
頼子姫が男前です。
惚れてまうやろー!
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




