第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 十四
藤典侍ってツンデレ…?
「源陰陽師殿。」
伽羅は琥珀に支えられ、臨時の評定が行われるという内裏の温明殿へ向かう途中、急に呼び止められた。
声のした方を見ると、今日の評定のものなのか、たくさんの巻子を運ぶ藤典侍だった。
いつも翡翠にしな垂れかかり、なぜか伽羅に対して居丈高な態度をとる藤典侍のことを伽羅は少し苦手にしていた。
が、かるらも言っていた通り、仕事に関してはテキパキとこなしているようだ。
その藤典侍が伽羅に声を掛けてきた。
「昨日の事…。私の兄もそこに居たのだけど、例のモノに襲われかけて…。その、あなたって見かけによらず凄いのね…助かったわっ!」
それだけ早口で言うと足早に去って行った。
伽羅がポカンとしていると、琥珀がくすくす笑いながら
「また信者が一人増えたみたいだね。」
と、言った。
ますますよく分からないが褒められたのだろう。
そうして温明殿に入ると、そこには秀麗な顔に疲労感を漂わせた父と兄、貞行卿、橘蔵人、頼子姫と大江学士、何故か二の皇子基康親王も、あと数人の若手の男達がいた。
そして中央の一段高い場所に東宮となった翡翠が座っていて、琥珀に支えられて入ってきた伽羅を見て、微かに眉をひそめた。
「遅くなりました。源陰陽師殿をお迎えに行っておりましたので。」
と、琥珀はなぜか嬉しそうに言った。
兄の実重の顔が不機嫌そうに歪んだ。
伽羅が座ると隣にいた二の皇子が小声で話しかけてきた。
「どうしたお前、宗旨替えしたのか。」
「えっ?」
「なぜ琥珀の奴と…。」
なぜかこちらも不服そうだ。
「それより皇子様が来ていて驚きました。」
「それは…前に言っただろ。
俺はその時が来ればと。
父上と兄上を助けてやらなくもないけどなっ。
俺は優秀だからな!」
と、ツンとする二の皇子に伽羅はふふっと微笑んだ。
皆が揃ったのか、父雅忠が口を開く。
「これより臨時の評定を始めさせて頂く。
このたびの災いで、御上を始め大臣、公卿などの主だった方々が伏されている今、我々は東宮様の下、この困難を乗り越えていかねばならぬ。
そのために今日こうして集まってもらった。」
続いて東宮が、
「そうだ。源蔵人頭が申した通り、この状況において難を免れた我々で、伏している方々を助ける方法を探し、この危機を打破し立ち向かっていくしかない。
どうか皆の知恵を、力を貸して欲しい。」
と、東宮は集まった皆の顔を見回した。
「「御意に。」」
皆も頭を下げる。
「まずは今の状況を整理する。橘蔵人、これまでの報告を。」
「はい。現在、昨日の被害により意識が戻られていない方は御上を含めて九名、いずれも高位の方達ばかりです。
症状は皆同じで、あの黒い煙のようなものに包まれた後、意識を失い時々苦しそうにしながら眠っておられます。
医師によると外傷は無く、なぜ目を覚さないのか分からないとのことです。」
「このままでは昨年の神隠しに遭った私と同じように、やがては衰弱してしまう。
目覚めさせる方法は無いものか…。」
と、貞行卿が言った。
「伽羅、まず昨日のアレは何だ。」
と翡翠が伽羅に問う。
「はい。強い怨みの念を持った魂かと。
神獣様は悪霊と言っておられました。」
「やはり悪霊か…。源天文博士の星見の通りになったな。」
「でもどうしてこの時期に。
我が父を始め御上も、祟りを受けるような覚えは有りません。」
と、頼子姫が言うと、大江学士も、
「そうです。ここ近年、堂上に強い怨みを持って亡くなった者はいなかったはずです。
八十四年前の災いと同じかは分かりませんが、突然悪霊が現れるというのも不自然です。」
「東宮様、謎は残りますが、まずは伏せられている方々を回復することが先決かと。
伽羅、お助けする方法はあるか?」
と、源蔵人頭が問う。
「父上、お助けするためには悪霊の正体を突き止め怨みの原因を明らかにする必要があります。
あの時は何とか祓いましたが、完全に浄化できたとは思えません。
関連があるかは分かりませんが、八十四年前に何かがあった水越口に行かせて下さい。
それしか今は悪霊について手がかりがありません。」
「そうだな。伽羅、水越口へ行って調べて来てくれるか。俺も一緒に行きたいのだが、今は宮中を離れることが出来ない。」
と、翡翠が申し訳なさそうに言った。
「大丈夫、お任せくださいませ。」
「でしたら私が共に参りましょう。」
琥珀が焦茶色の瞳で伽羅を見つめながら微笑んだ。
伽羅は思わず頬を少し赤くする。
「では、安倍次官も一緒に。きっと役に立ちます。」
実重が被せるように言う。
「では早速だが、明後日行ってくれるか。
一刻も早く皆を助ける手掛かりが欲しい…。」
((この男、許さぬ!))
…男達の心の叫び。
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